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愛と番と鼬ごっこ(7)

もう直ぐ2月も終わりなんですね。

いやぁ〜、……終わりが近いですね。



幼い頃から、皇女の身の上としてその未来がどうなるかなどは知っていました。

生まれた時から呪いのような繋がりをその身に持っていることを知っていて、

それに抗おうと思ったことも、ましてや忌み嫌ったこともありませんでした。

その鎖を単に恐ろしいと感じただけで、

あの人がくれるものが当たり前かつあの人自身の私の為の全てが鎖に誘導されたゆえの行動であるとしたらと思うと悲しかっただけで。


不自由意志な想いが怖かっただけ。

……そうではない心が、欲しかっただけ。

簡単なようで、多分私達のような番持ちには鳥が先か卵が先か証明するのと同じくらいに難しい。

だからこれは私からすれば、最高の我儘。

物ならお金をかければすぐに手に入ります。

心も人も、例外はあるけれど基本的に権力になら傅きます。

けれど、本心からの想いを、自分の意思だと示す方法などどこにあるのでしょう。それが遺伝子レベルで仕組まれた物ではないと、どうやって証明できると言うのでしょう。

"番"はどうあっても惹かれ合う様に出来ていると言うのに。


私もまた、私自身があの人への鎖の様な想いを抱いている事に気付いてしまった。私にもまた、その因子はあるのだと。いつもの私が、……"私のために生きる私"というお兄さま達の最高傑作でありたいし、そうあろうとする自分が絶対にやらないことをやってしまったから。

ただの独占欲の醜い嫉妬故に、リスクを承知で私こそがあの方の番なのだと主張する……"番の私"を、優先したから。


今の私が、再従兄に望んでいい我儘なのでしょうか。

自分を(いさ)めて私を籠から出してくださった彼に、言ってもよいのでしょうか。


欲しかったのは、王族としては得ることの出来ないはずの、"未来を選び取る自由"などではなく、"番として以外の愛"だと。

肯定するだけの、情熱が欲しいのだと。


それをいう事は、許されるでしょうか。



夕陽も落ちてしまい、帰り道すらも暗闇で覆われてしまった森の中。

月の光も遮る木々の影は私の中の昏迷にどこか似ている様に思えてなりません。


この寂しく悲しい場所で、私ができることといえば、おにいさま達が迎えにくるまで倒れぬ様にしっかり足元を踏み締めて、すぐ近くで燃えている薪の火を絶やさぬ様に適度に枯れ枝を継ぎ足すことくらいですわね……。


まあ、炎魔法が使えるので、火が絶えるはずはありませんけど。


「はぁ……」


皆さまご機嫌よう。……あら?私が誰かもうお忘れになったの?最近は私が自ら状況を説明することがなかったからといって、忘れるだなんてあんまりではございません?

ええ、ええ。私も、事件の当事者であり主人公の私に語らせてくれないとは思っておりませんでしたわ。何をしているのでしょうね、責任者は。


……え?そんな事より誘拐された私の安否が気になる?まあ!心配してくださるの?ありがたい事ですわね。

けれど……ご心配には及びませんわ。

想定通り、お迎えが来た様ですから。


「……カティ、民衆を統べ高みから世界を見下ろすその孤高さもまた君と言う存在の至高さの象徴だし、

無垢で可愛らしい君が君臨すれば、それが令嬢達の中であろうと荒廃した城の中であろうと、そこが最上の場所として私の目には映るけれど……

なにもそんな座り心地の悪そうな人垣を王台代わりにしなくてもいいと思うんだ」


私の現在地は森の中のとある氷像の上です。……誘拐犯達と本来ならここに居ないはずの盗賊達、計40名弱を閉じ込めた氷の台の上。……夏場に餌として北国の動物達に氷で覆われた果物をあげるでしょう?アレと同じですわね。勿論、顔だけは外に出してありますわ。窒息されても困りますので。


おにい様ったら、焦ってらっしゃるわ。……確かに男性を(間接的に)踏みつけているなんてはしたないのでおにい様達が来る前に降りようとしておりましたのに。見られてしまいましたわ。お恥ずかしい……。


「あら再従兄様(おにいさま)方。思ったよりもお早い到着ですのね。……こんなところを見られるだなんてお恥ずかしい。降りたくありません。迷路があるなら閉じ籠もりたいわ」


散々馬を走らせて足場の悪い森の中を抜けてきたのでしょうに、息一つ切らさない私の再従兄様と、少しお疲れの様子の従兄様の姿が見えました。

さらに遠くからいくつもの灯りが見えますから、後を追ってきた護衛やら捕縛の為の兵士たちかしら?


「兵士の方々が来てからに致しますわ。逃げられては困りますし。……恥ずかしいですし」

「大丈夫、恥ずかしそうには見えないよ。

物理的に人の上に立っている君も相変わらず凛々しくて綺麗だから」


きゃ、おにい様ったら。と、恥ずかしがるフリをして俯いて、扇子で顔を隠します。そうしないと、目を合わせてしまいそうだったの。こうして視線を遮っても余計な物など目に入らないという様に私だけを見つめるあの紫の瞳と。

この私が怖気付くなど、屈辱的ではありますが、その瞳を見つめ返す勇気はありません。

焦がれている相手と見つめ合うのは恥ずかしくて、どれだけの我慢を強いてきたか分かっているから申し訳なくて、……応えてしまったら私が私ではなくなってしまう様な気がする為に恐ろしくて。


しかし、痺れを切らしたのはセインにー様の方が先でした。


「カティア、御託はいいから降りなさい。椅子が欲しいなら私の膝に座ればいいから」


顔を扇子で隠しているために遮ることのできなかったよく馴染む声が、私の心を揺らしました。

セインにー様は一歩前に出ると、見上げる形で私に手を差し伸べます。

それでも応えない私に、にー様は一層優しい声で、ただ、私の事を呼びました。


「カティ」


気付けば私は台の上から飛び降りて優しい腕の中にいました。


「いい子。おかえり」


その声に、温もりに、縋りたいと思った心を押し込んで目も合わせずにじっとしていると、おにー様は私の頭を数度撫でて、トーリおにい様の方へ寄らせます。

すぐ様おにい様が怪我はないかとか、あんなもの踏み付けて気分が悪くなっていないかなど、細かく声をかけてくださいます。


「セイン殿下!姫君もご無事で、何よりです」


後を追ってきたこの国の衛兵隊長と思われる武人が兵士たちを連れて到着。私たちを見て安堵の溜息、そして氷漬けの犯罪者達を見て冷や汗。


「どこが無事な物ですか。カティアの手首に痕が付いてます。盗賊達も含めて凍傷で痕が残ってしまえばいい。一晩このまま放置しましょう。絶対逃げられませんし、なんなら獣に襲われるかもしれないという不安感は極刑前のいい前座になる事でしょう」


トーリおにい様が私の手首をなぞります。……縄で縛られたので、跡は残っていますけれど一応傷にはなっておりませんのよ?1時間もしないうちに跡形もなくきえますのでご安心を。


「また回収しに来るのは非合理的ですわ。このまま引きずっていきましょう?」

「……いえ、置いていきます。ただ氷は腹より上の部分だけ解除して、丁寧に並べて置きましょう。各々のリーダーだけ回収します。残りは明日で良いでしょう」


セインにー様がそんな事を言い始めます。……私関連で仕返しがしたいトーリおにい様なら分かりますが、にー様が非合理的な事を言うなんて珍しいですわね。


「……おにー様?」

「わかってるとは思うけど、私は君の番なんだからね?」


笑顔のセインにー様。対してトーリおにい様は苦笑い。……何故でしょう。トーリおにい様がかわいそうなものを見る目で未だ気を失ったままの誘拐犯達と盗賊達を見てご愁傷様と呟きました。


城へ戻るとのことなので、手早くにー様達の指示通りに巨大な氷像を分割、腕を含む下半身だけを氷漬けにした状態にします。すると兵士の方々がおにー様の指示に従い盗賊達を並べて、盗賊・誘拐犯達を起こします。そして私の耳をトーリおにい様が塞ぎました。セインおにー様が意識を取り戻した彼らに何かを言っている様なのですが、聞こえません。……心なしか先程全身氷漬けにした時より顔が青白くなっている様な。私は氷漬けにしてやっとだったのに、おにー様は言葉だけで相手を震え上がらせられるだなんて。ちょっと悔しいです。

お話が終わったのか、トーリおにい様の手が外れ、戻ってきたセインおにー様に抱き上げられました。そのまま馬に乗り、城へ向かうようです。

後ろにトーリおにい様が、更に後ろに隊長様がついてきます。


「……どうしてあんな身勝手な人間を、助ける様な真似をしたの」


十中八九、あの王女を庇った理由が気になるようです。……気付いているのでしょうに。

私に触れる腕に一層力が篭り、それに安堵します。

私は横向きのままおにー様の前に抱えられているのですが、それを幸とばかりに視線を合わせないように努めました。そうしなければ、言ってしまいそうなのです。私が散々怖がっておにー様を傷つけた原因と同じ理由で身勝手に嫉妬したことを。

だから気付けませんでした。

おにー様が、嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔をしている事に。


……代わりにトーリおにい様が、叔父様の作品である"獰猛で屈強な動物だけ呼び寄せる笛"を吹いていた事には気づきましたけれど。




その後王城に着き、出迎えてくれた王達への挨拶も程々に、何か言いた気な王女やレイシア様の前を私を抱えたまま挨拶もせずに素通りして、用意された客室へ迷いなく入りました。トーリおにい様が残ってフォローしている頃でしょうが、……引き籠もりにならないといいけど。

部屋に入ればすぐ様侍女に預けられて、湯浴みへ。それにしても、セインおにー様が愛想笑いもしないとは、相当お怒りのご様子。……あの王女の顔が見られなくて残念ですわねぇ。おにいさまの外套で包まれていたのが気に病まれますわ。


あら、性格が悪いと言われましても。


……それに、私と立場の同じ王族の女性というのは、このくらいでなくてはやっていけません。どんなに嫋やかに、美しく、おおらかに見えても、一皮剥けば王子達と同様……いえ、性別で侮られるため、それ以上に狡猾なものです。余程平和過ぎて守られた物語の中に生きているお姫様以外、ふわふわやわやわではやっていけませんのよ?それを分かっていないから、お馬鹿さんと言われるのです。


そんな世界で生きているから、愛する者にはより甘い。より強く執着して、それは咎められる様なものではない。だから付け入る隙も無く、勝手に入ってこようとするのなら、それ相応の覚悟を持っていただかねば。


今回に関しては……。



「大前提として国交の停止、かな」

「は、はい?……元々帝国とこの国はそこまで大した国交は無いですが」

「……私が言っているのは」


「この国と、貿易をしている海外の国の国交でしょう?」


セインにー様はどうやらこの隣国に派遣している帝国の外交官も呼び寄せていた様です。

書類を睨みつける様な鋭い瞳は、私の姿を捉えると柔らかく緩みます。

外交官の方が私に気付くと慌てて最敬礼をします。楽にする様声をかけて、セインおにー様の側へ。


「貴方の預かっている国に属する商人は計算高いですが一応善良ですし、商人としては超一流です。彼の商会の品を預かり、この国の東の領地に卸していた隣国の町人たちも、善良でしょう。何せ、彼らは良い酒肴品の数々を輸出していたと思っているのですから」


どう言う事だ、と呟く様な声がしますが今は無視です。

セインおにー様が続きを促すので、そちらが優先でしょう。


「実際、酒肴品はきちんと、良い物が輸出されています。が、とある場所を過ぎると、酒肴品の入っている箱が小さくなるのです」

「……商品の抜き取りがされていると?」

「いいえ。商品自体は注文数通りに届いているのですから、抜き取られてはいません。

ですから、元々余計な物がその商品に隠れていると言う事です」


思い当たりがあるのか、息を飲むような音が聞こえました。


「商人は知らない、町の方も知らない。なら、その間。品物を詰める人間たちをよく調べた方がよろしいかと。そして、商品はこの東の領地にある騎士の詰所で1度検査されている……はずです。検査をする人間の名前はきっと……」

「今回、従弟(おとうと)たちが届けた盗賊たちを見張っていたはずの人間の名前と一致するはずです」


私がお茶を飲むために口を閉じれば、おにー様がそのまま続きを補います。むぐっ。……おにー様、お茶でさっぱりしたところにいいタイミングで焼き菓子を口に運んでくださるお心遣いは嬉しいのですが、タイミングが良すぎて話せません。やめてくださいませ。と、目で訴えましたが無視されました。むしろ嬉しそうに私の口に焼き菓子をタイミングよく運ぶ始末。……自分で食べられますのに。


おにー様は手を動かしながらも何でもないことのように話を続けます。


「私はこの国を支配したいわけでもないし、ましてや貿易港も要らない。必要ないからね。

しかし、ムダな争いの種を金と引き換えに振り撒かれるのは国として見過ごせない」


突然ですが、この国に運び込まれて、詰所で抜き取られた品物はどうなっていると思いますか?

色々、考えられると思いますの。

例えばこの国の貴族たちの中で秘密裏に取引されているとか、

何かの原材料として良からぬ輩達が利用しているとか、

必要としないためそれの重要さが判らぬ故に金儲けの為に他国に輸出している、……とか。


「……幸い、今回の品物に関してはまだ2回目な上にトーリ達に差し押さえさせたから、あちら側で完成はしていない」

「あちら側……?」

「……海の向こうの大陸で、魔法は一般的ではない。だから別の武力が発展している。武力によって国取りをしてるんだ。そんな大陸がわざわざ海の向こうの大陸から取り寄せる物が、平和的な物だと思うか?」


外交官は少しの間黙り込んで、まさかと呟きました。


「完成した状態で送れば、重さなどの違和感でバレる可能性は高い。だから組み立て式のものを密輸していた。しかも、数個分の同じ部品だけを、部品として。

取手だけなら取手のみ、弾丸なら弾丸だけ、のように」

「毎週毎週、一部だけを輸出していれば、万一見つかった時、あくまで部品だけですので、なんの部品かは判りにくいし、万一分かったところで、罪は多少は軽くなる。……というわけですわね」

「カティ?クッキーはお気に召さなかった?次はマフィンがいいかな?」

「自分で食べられますので、……そんな悲しいお顔なさらないでくださいな」

「カティアの可愛い口元に似合うのは綺麗な花や甘いお菓子であって、汚い言葉やガスマスクじゃないんだよ?」

「……口元どころか顔も隠れてるよ、セイン」

「カティアの可愛い顔を見るのは本当は私だけがいいから正直ガスマスクも仮面という分類的にはありかなと思ってる」

「あれれ、似合うのは可愛いお菓子や綺麗な花だといった再従兄はどこにいった?」


先程までの真面目な雰囲気が飛び去ってます。私だって愉しいことは好きですが、こう言ったお話は好きではないのに参加しているんですのよ?早く続きを話して、終わりにしたいです。

嬉しそうに私に着ける仮面やらそこから似合うドレスの型やらを考え始めたセインおにー様では話にならないので、先ほどまで空気と化していたゼクトおにい様に視線をやれば、意図を汲み取って外交官との話の続きに戻ります。


「……というわけで、どこの国に流しているのか分からないから一先ず海外との取引を全て停止させたい。

恐らくトーリが密輸に関わっていた騎士や衛兵を問い詰めて、直近の取引日や場所は判明するから、それを捕らえて処分、見せしめにして牽制をかける。

……もし、海外と取引を再開したいならその後にしてもらいたいね。

上手く伝えて」


多少の脅しは今回は仕方ないと思ってるよ。とゼクトおにい様。外交官の方が良い返事をします。大丈夫かしら。確か彼を一外交官に育てたのはトーリおにい様なのだけれど。やりすぎないようにねと声をかけておきます。あら、素敵な笑顔ね。……見なかったことにしておきますわ。


「盗賊たちは衛兵が証拠隠滅の為に逃したのでしょう。自国への最短ルートな上に、盗賊がいなくなったので誘拐犯たちがあの森を一時的な隠れ場所にするのは分かっていたから。

死人に口無し。お分かりでしょう?」

「……カティアの言うように、誘拐犯たちがその森を潜伏場所に選んだのは盗賊たちが居なくなったから。つまり居れば潜伏場所としては使えなかったわけだけど、それは結果論。密輸と逃亡に関わっている衛兵の件も含めて、この国は色々国として穴だらけだよ」

「無能な大臣たちしかいないのだろうね。だから姫1人まともに教育できない」

「まあ。そんな国に友人を置いていけませんわ」


と、言うわけで


「レイシア様を含め、彼女の公爵家の領地に属する全てをいただきたいですわね」

「それは彼1人では荷が重い。……仕方ない、トーリとゼクトも付けようか」

「セイン、それ実質領土支は「私はカティアに止められてるから交渉の場にはいかないが、その2つだけはよくよく伝えてくるように。……もしも上手くいかない、なんて事があれば出向くよ?」」


言っておくけど、カティアが帰ってきたからって怒りが収まった訳じゃないからね?


と、おにー様が続ければ、ゼクトおにい様は外交官とその背後に簀巻きにされて転がされた盗賊と誘拐犯のリーダーたちを連れて部屋を出て行きました。


これでお部屋の中には私とおにー様の2人だけ。


「……さて、カティア」

「……はい」

「少し痛いけど、我慢ね?」


向かい合ったおにー様の右拳がゆっくり上がっていくのを見て、私は静かに目を閉じました。

本日も読了いただきましてありがとうございます。

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