愛と番と鼬ごっこ(6)
お待たせいたしました。
今日分の投稿が遅れて申し訳ございません。
「我が国の唯一の姫であるカティア・セレスティーネ・エステランテが、この国の東の領地で拉致され、行方不明です。
国王陛下。我々の、大事な、姫君奪還の為にご協力いただきたいのですが?」
城の王座の間には王と王妃、宰相や軍の隊長達、王子と保護されてすぐと思われる顔色の優れない姫とそれ以上に今にも倒れそうな様子の女公爵という顔ぶれが揃っていた。
相対する様に堂々と立ち、それ以上に殺気にも似た冷たく鋭い空気を纏って、笑顔で相手を威圧しているのは、トーリとゼクトである。
彼らはつい先程、護衛達によって姫と女公爵が連れ帰られた直後、馬車でやってきたのだ。彼らがあの大帝国の現帝の曾孫にあたる皇子である事は帝国での夜会に仕事で参加したことのある人間なら知っている為に、速やかにこの場が整えられた。
彼らがここへきた理由はその少し前に護衛されて帰ってきた女公爵の話から想像がついたが故の迅速な対応だった。
女公爵からは、
姫が東の領地から連れ帰った他国の公爵令嬢を連れて祭りを楽しんでいた最中、賊に襲われ、公爵令嬢が連れ去られてしまったこと。そしてその公爵令嬢は、どうやら帝国の姫君であったらしいこと。
この緊急事態に帝国が動かないはずはないので、遅かれ早かれ使者が来るであろうという事は報告された。
王達は頭が痛かった。自領で、しかも敵対したくは無い国の要人が拐われたなど。これならいっそ自分の娘が拐われた方がまだマシだったかもしれない。
トーリ達はどういう経緯でカティアが彼女達について行き、そのまま拐われたかまで知りながら、素知らぬ顔でカティアが拐われたのはこの国に来た日であると宣った。……何故って……単に嫌がらせである。だってカティアが連れ去られたのは結局のところ、セインの番を自称する姫のせいだから。
「我々は帝国への旅路でこの国の祭りを見ていこうと東の領地に続く森の道を抜けてきました。盗賊が住み着いていたので、片っ端から捕まえて、東の領地の騎士の駐屯地に届けた所、何故かそこにいた騎士に我々が事情聴取を受け、その間に妹が姿を消してしまったのですよ」
「あの子は余程の事がない限り、我々に何の断りもなく消えることなどありません。無事であることと、暫く様子を見てほしいという言伝だけ侍女から聞きました。
……となると、あの子が断れない身分の人間かつ女性から声をかけられたと推測し、……今そちらにいる姫と女公爵あたりなら事情を知っているかもと思いました。……ですが……様子を見る限り、我らが妹を連れ去ったのはお二方ではないらしい。でなければ、お二人がここに居るのに、あの子が未だ行方不明な筈がありませんよね?」
レイシアはその言葉で、大体の状況を理解した。トーリ達はカティアが入国した後姿を消した為に、誘拐されたのはその時だと思っている。カティアを姫から紹介された時に危惧していた状況である。
自国の姫が他国の姫を誘拐した。という国際問題的状況を否定するにはカティアに証言してもらうほかないが、そのカティアはここにいない。
なぜなら、彼女は先程、賊に拉致されてしまったから。事実だけを簡単に言うとするなら、カティアは誘拐同然で連れ去られ、その後連れ出した本人たちのところから拉致されたという事である。
状況的には最悪を極めている。
「我々は妹の命の無事は分かりますが、彼女がどこにいるかまでは、分からないのですよ。大々的に探し回るにしろ、賊に下手に動かれない様にじわじわ追い詰めるにしろ、この国の協力無しにやるのは問題がありますし」
その言葉をトーリは余裕綽々と言っているが、内心は焦っている。勿論相手が一国の王族であるが故に、対応には細心の注意を払わねばならないからなどではなく、冗談抜きでカティアが誘拐されてしまったからだ。
正直この件で付随する国際問題などどうでもいい。問題なのは、トーリが焦っているのは、カティアが誘拐されてしまったという事実に対してだけ。生命の無事が分かっても、居場所が分からないことに対してだけ。ただそれだけだ。
「既に従僕たちに東の領地を調べさせているので、もうすぐ調査結果を持ってくると思います。それまでに、ご協力いただけるのか、それとも協力頂けないなら頂けないで、我々がこの国の中で自由に動き回る事を王の名で許可していただけるのか、決めていただきたい」
私も無駄に地図を書き換えるつもりはありませんが、従妹の命と他国との関係ならば、悩む間も無く前者優先です。……優しい従妹とは違ってね。と、トーリが笑顔で述べると王の顔が引きつった。うちの弟マジで怖い。と、ゼクトは知らん顔して同じくよく似た笑顔を浮かべたが。
「……き、協力するのは、吝かではないが」
「我が国が大々的に支援するには、少々関わり合いの浅い国です。……こちらとしては、協力したいのは山々なのですが、国の兵士を動かしたとあっては貴族たちが何というかわかりかねるものでして」
王が何かいいかけて、トーリとゼクトからの笑顔なのに凍った瞳に見られて言葉が詰まった。引き継ぐ様に宰相が、2人と目が合わない様にうまく視線をずらしながら発言した。
「……つまり、大義名分を寄越せもしくは旨味を持たせろと?」
「こらこらトーリ。あまりにも直接的すぎるだろ?そうだなぁ……。今この場で、交渉相手が僕たちであるうちに応じてくれれば、そこの姫君がうちのセインの番を自称しまくって得た利益については目を瞑ってあげる。
それから、……うちの姫君を僕らの不在中に連れ去った不届き者に関しても、カティアが無事に帰ってきたなら罪には問わない」
ふざけた事を言うな、と思わず宰相は2人の顔を見てしまった。彼らはもう笑ってすらいない。
「私たちは、カティアが高位の身分の人間について行き、その後見知らぬ誰かによって連れ去られたと考えています。それが誰であるかについても、大凡察しはついています。
……よくよくお考えください?
カティアの番である男がもうじき到着します。その時になっては、恐らく遅いですから」
その言葉に怯えを見せたのは、誘拐現場にいたレイシアと姫だ。婚約者であるレイシアに寄り添っていた王子だけがそれに気づいた。
考える時間を取るために、一度その場はお開きになり、トーリ達は客室へと案内された。
いい返事を期待しますね、と、終始笑顔でいた彼らだが、その姿が消えた後、王たちは脱力し、かなりの緊張状態にあった事を悟った。
カティアが拐われたのはお昼頃のこと。
そして、王たちの結論が出たのは、午後のティータイムも終わるころであった。
トーリ達はその時間に再度王の前に呼ばれて、内心は残念に思っていた。あと2時間もすればこの場にセインが到着し、待った無しで暴れてくれると思ったのに。と。
帝国と敵対すると分が悪すぎる為、
王国から帝国へと帰還の旅の途中でたまたま立ち寄った国の姫君と女公爵の案内の元、祭りを楽しんでいたところ、東の領地で賊に襲われ、カティアだけが拉致された。……ということにしたい王国側の人間たちは、カティアを助けて恩を売って、証言をしてもらうべく、協力すると告げた。
それはよかった。感謝しますとトーリが笑う。対外用の笑顔で。そして待っている間に届いた初期調査結果について、話すことにした。
「賊はどうやら、セインの弱点たる番を狙ってこの国に侵入していたようなのです」
「で、では……まさか、フランベルを狙って……?」
「……番だと名乗る人物を狙ってこの国に来たのは違いありませんが、彼らがこの国に実際に来て、それよりも価値ある人を見つけた為に、カティアが拐われたんです」
頭の軽い姫がセインの番なわけあるか。と、意味を込めて一瞬トーリは睨み付けたものの、すぐに笑顔を浮かべて、以前にも我が国にご質問いただいた時の回答の通り、こちらの国の姫君は彼の番ではありません。彼の番はこちらで把握しています。と回答した。
王は残念さを滲ませつつ、黙り込んだ。
「賊は、こちらの国に彼の番がいるという噂を聞きつけて、密かに潜り込んだようです。
それから協力者から得た情報で、その姿形から番を見つけた」
息を飲んだのは婚約者たる王子に支えられながら顔色を悪くしている女公爵だった。彼女は無能ではない。あの再従兄が言っていたのだから。つまりは大凡予想はついていたのだろう。……もしかしたら、誘拐現場でカティアがセインの番だと知ったのに、知らぬふりをしたのかもしれないが。
……そうトーリ達は思ったものの、彼女に対して特に何かを言う気はなかった。従妹が気に入った人物だから。従妹は多分今回のことを含めて脅し材料にして帝国に引き抜きをするつもりでいるだろう。指摘して罰せられたら連れて帰れなくなってしまう。
従妹至上主義のトーリとしては、彼女の望みを叶えられないことはしない。
「……今まで保護のために帝国内でも非公開としていましたが、セイン・ステファノスの番は、カティア・セレスティーネ・エステランテ……我が国の姫君なのです」
ことの重大さを分かっている王族達は青ざめていく。フランベルはやはり訳が分からずに疑問を浮かべるだけだったが。
「……分かるように事実を述べさせていただくなら、こちらの国の姫君がセインの番を名乗った事で賊がこの国に入り込み、本物のセインの番であるカティアが拉致された。……ということです」
「……拉致くらいでなによ。要人が誘拐されたってことでしょ?」
「ん〜。まあ、簡単に言えばそうなんだけどねぇ〜。
フランベル王女殿下は、番の重要性を理解しているかな?」
「運命の相手でしょ?」
「そうだよ。運命の相手。運命という名の呪いで繋がれたこの世で最も近しい存在。
互いが互いに惹かれ合い、
互いが互いの命のような存在なんだよ。
……ああ、分からない?つまり、極端な話だけど、
自分の番が死んだら、喪失感で狂って死ぬってこと」
は……?と、王女殿下の口から、まるで理解の及ばない言葉を聞いたとばかりの声が溢れた。
「仕方ないよねぇ。だって自分の心臓が無くなるんだから。そりゃ生きていられないさ。
喪失感に、孤独感に支配されて、失われた番の為に狂乱する。その姿は、あまりに哀れだ。
番が生きていない世界になど何の意味もないんだよ。そしてそれは何か別のもので埋められるような安いものじゃ無い。
……これがただの貴族程度なら、我々もこんな風に城にまで来ないのですが、連れ去られたカティアとその番であるセインは、我が国の中枢を担う、現在進行形で超重要な人間でして……。裏を返せば、帝国の今後数百年に及ぶ繁栄はあの2人なしには有り得ないのです。
我々としては、一刻も早く、……セインが我々からの報告を聞いてこの国に駆けつけてしまう前に奪還したいと考えております。
今回の拉致の一件に、こちらの国が警備状況や情報統制の面で関係していると判断して、我々はここまで来た次第です。……が、今の話を聞いた上で、王に尋ねたいことが御座います」
「私で応えられることならば」
「では、今回カティアと共にいたと思われるお二方は、何故今五体満足でこの場にいられているのか、カティアをそちらの姫君が連れて行ってからの事を全てお聞きしたい」
協力、してくださるんですよね?
笑顔で人を怯えさせるというのは、こういうことを言うのか。と、王子は初めて思ったそうだ。
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鬱蒼とした森の一本道を進む人影があった。
この森を抜ければ、隣国へと辿り着く。
かつてこの森を根城にしていた盗賊達はもうここにはいない為、今ここで暴れたとしても、誰も気づかないだろう。
いや、気付いたところで、それを報告してくれるような勤勉で真面目な兵隊はいないだけの話だろうか。
もうじき陽も落ちる。
人影たちは、どうやら今日はこの森に身を潜め、明日森を抜けることにしたらしい。
夜営の準備を始めた者たちを遠目に、両手首を背に拘束されて幹の太い木に縛り付けられた人影は確認し、見張りとして置かれた男や、先程の拉致の主犯格を見て、怯えを見せるどころか詰まらなそうな溜息をついた。
自分たちが入ってきたこの森の入り口からあまりにも慣れた様子で一目散に此処へ向かってくる人の気配を感じ取ったからである。
「気の毒な方々……」
やはり無知とは罪ね。だって、自分が利用されていることにすら気づけないもの。
そう呟いて、彼女は主犯の男に声をかけるのだった。
体調全回復です!
メッセージをくださった方々に深く感謝いたします。
読了ありがとうございます。




