とある令嬢の追想または後悔
彼女に初めて会った時の印象は、透明。
美しい佇まい、美しい容姿。どう見ても乙女ゲームなら悪役令嬢か主人公のライバルキャラになりそうな深窓の令嬢。
だいたいそういうキャラは腹に一物抱えているし、容姿が美しいからこそ、その性格は爆弾。
ほら、クリスマスのプレゼントやら誕生日のプレゼントって、美しく包装されてるでしょ?で、中身は何か分からない。出てくるのは美しくて嬉しいものかもしれないし、逆に嫌がらせ用のゲテモノかもしれない。そんな感じ。
彼女もそんなプレゼントのような人だと思ったし、実際複雑で面倒な感情や立場と、それに伴う当然でありながらも常軌を逸するレベルの賢さを孕んでいた。薔薇の刺どころじゃない。その刺に毒が塗ってあったと言われた方が納得すると思う。
初めて会った時に他国の公爵令嬢だと言われた時から、そのくらいの事は想定していた。
……それを知っていても、後から彼女の中身に触れても、毒々しく依存的で恐怖を感じる程の非合理的な面を見ても、やはり、初めて会った時も今でも、彼女の印象は透明だ。
……透明というより、反射だろうか?
鏡を見ている気分なのだ。
勿論物理的な意味ではなく、精神的な意味で。
自分が持っているものをぶつけると、同等で跳ね返ってくるような。
優しさをかければ、優しさが。
毒を吐けば、毒が。
感情をぶつければ、感情が。
同じ物質を同じように返してくる。
だから、姫様のように激しい言葉を向けた人間には、姫様にとって激しい動揺を誘うような言葉が跳ね返る。
言い方は全く違うのに、姫様は言われて動揺した。怯えた。まるで自分が浴びせかけた言葉を、その言い方を受けた令嬢達のように。
私が公爵としての権限で多少優位に物事を進めようと権力をチラつかせたら、彼女は容易く国際問題をチラつかせた。慌てて私が取り下げたら、彼女もまたあっさりと取り下げた。
当然といえば、当然。
敵意には敵意を向けるものだし、
善行には善行で酬いようとするものだ。
けれど、向けられて瞬時に同質同等のものを向け返すなど、常人の為せる技ではないのも分かっている。
だから彼女はやはり、秀でた人物なのだと思う。
鏡のように、そこにあるのだと思う。
祭を楽しんでいた最中。
護衛の騎士達と私達の間に民衆が入り込み、少し距離の離れてしまったその一瞬の後。
突然に銃声が響いた。
街の中は騒然として、叫び声と子供の泣き声、威嚇する犬の鳴き声や、屋台の物が崩れたり落ちたり壊れたり。
騒ぎの根源は、広場のステージにいた。
出し物を楽しんでいた私たちや客を急に体格の良い男達が取り囲んだ。まるで逃さないように。その男達の周囲に逃げそびれた民衆。さらにその奥に護衛の姿が見え隠れする。そして、ステージに立った男が、空に向かって銃を一発、放った。威嚇と注意を引くためだ。銃を撃った男の隣に、より体格の良い男が立った。この騒動の首謀者だろうか。
そして言った。
「セイン・ステファノスの番は誰だ」
……と。
明らかにそいつの目は私達の方を向いていた。私は怯える姫様を背に隠して遮り、客人たるカティア様がすぐそばにいるのを確認して、その手を繋いだ。
いざとなれば、彼女達を守るために魔法を放つ。それに躊躇いはない。
それも分かっていたのか、その男は近くにいた少女に手を伸ばした。少女の母親が少女の名前を呼び、すぐに手を伸ばすが、男に蹴り飛ばされ屋台に突っ込み、ぶつかったところが悪かったのか気を失った。
少女が母親を呼ぶ悲痛な声が響いた。
透かさず男は少女の首にナイフを当てた。
「動くな。この中にアイツの番がいる事は分かってる。わざわざ自分から、他国に知れ渡るくらいに居場所を宣言した間抜けが。
出てこなくてもまあいいが、……俺がこのナイフをこいつの首に当ててる理由、分かるよなぁ?」
私のせい?と、姫様が呟いたのが分かった。
ここまでの事態になってようやく、姫様は自分がセイン・ステファノスの番だと名乗ることで起こる最悪を理解したらしかった。今更嘆いても遅いのに。
何故そう名乗ってはいけないのか、そう問われた際に私は危険すぎるからだと答えた。それは本物の番が許さないだろうと思ったから。番関連で凶悪なまでの行いをするのは何も男の方だけではないのだ。番の女性の起こした逸話もある。
番というものに対する危険。そして、何より弱点として命を狙われるという事。
彼は為政者だ。敵は多い。その存在の絶大さ故に、色々な意味で命を狙われている。もしくは飼い殺しにしようとする輩がいる。一対一の、真剣勝負では勝ち目がない。ならばその弱点たる番を盾にすれば?意のままになるだろう。番を人質に出来ればの話だが。
そんな所に、のこのこと彼の番を自称する女がいたなら、利用しない手はない。
姫様はセイン・ステファノスの番を名乗る優越感と引き換えに、無駄に命を危険に晒す事を選んでしまった。
……恐らく姫様が本当にあの男の番であったなら、こうして実際に命が危険に晒される前に、……隣国で出会った時に、あの男が囲い込んでそばから離したりしなかっただろう。
気づいていながら、私は言わなかった。
幼い姫様の可愛らしい恋心を、その素直すぎるほどの素直さを、少しだけ、羨ましいと思ったから。姉心に、憧れを潰すのは忍びないと思ってしまったから。
姫様が震えながら声を上げようとした瞬間に、両手で彼女を止めた。
「っ、おねえさま……!」
「ダメです」
それだけはダメだ。最悪、私が身代わりになってでも、姫様達は守らなくてはならない。
そう思っていたのに。
「さあ、出てこいっ!
あの冷血帝国人の番って姫はどこだ!?」
「私ですわ」
何事もないように冷静に、平然として言い放ったのはカティアだった。その様子には何の感情も浮かんでいない。
ただ世間話をするかのような穏やかさで、彼女は人質を取る男へ言い放った。
姫様はあまりの事に声を上げて、彼女の手を掴んだ。
「あ、貴女何をいってるの!セイン様の番はわたくむぐうっ!?」
私は急いで物理的に姫様の口元を手で覆った。最善を考えろ。確かに身代わりになるなら、私だったが、ステファノス殿を調べた時に入ってきた情報を思い出して、それは無理だと思った。何せ、かの人の番は、銀色の髪。私の髪色とは似つかない。こんな事になるなら家を出る前に魔法をかけておけば良かった。
今更遅い後悔だけど、誤魔化せないのなら、姫様だけは守らなくてはならないのだから、彼女が名乗り出て囮になると言ってくれた勇気を無駄にしたくない。
「(失礼いたします姫さま。ですが今はお鎮まりを。カティア様が身代わりになってくださるといっているのです!御身はいち王族です!他国の令嬢が拐われるというのもかなりの問題ですが、御身の無事を1番に考えてください!この場はどうかお静かに!)」
「(っけど!)」
姫様はどうやら自分の撒いた種で起きたこの事態に対する自責と、
こんな時ですら庇ってくれた彼女に対する変な敵対心で正常な判断が出来ていない。
思わず舌打ちをしたくなるけど我慢して、処罰を覚悟して気を失わせようとした時。
カティア様が、立ち上がった。姫様の手がその反動で外れる。
カティアは仮面をつけているが、その目が姫様を見ているのは分かった。
「フランベル様。これはあなたのためではありません。私の為ですわ」
その言葉には、恐怖もなければ迷いもない。
仮面の下の感情を見る事はできないけれど、間違いなく、彼女は、こうして名乗り出たことが、彼女自身の行動として正しい事だと絶対の自信を持っていると直感した。
「貴女が本当にあの方の番なら、失われてはならない。そんな事があれば、あの方は死んでしまう。あの方が番を失うことを望むはずがない。私は、彼の方が苦しむ姿を、見たくない。あの人から希望を奪いたくない。失えば殺すしかなくなる程、あのお方はきっと、壊れてしまう。
そんな事を、私は望んでいない」
番持ちだから万が一が起こるとすれば、どんな事態になるのか容易く想像がつくのだろう。だからこそ、自分も番持ちでありながら、何故名乗り出たのかと疑問に思った。
……いや、卑怯者の私は、その言葉を聞いてその可能性に行きつき、咄嗟に疑問に思ったようなふりをした。
……その可能性を、既に直感していながら、知らぬふりをして、自分の行動が無知が故だと言い張れるように疑問に思った、などと言い表して逃げざるを得ない私自身が情けない。
「……セイン様は、……私の大切な お再従兄様は私が守ります」
「待って!あなたまさか……!」
姫様は恐らく、文字通り、彼女があのセイン・ステファノスの妹である、つまり皇女であると理解した。私もその事実の方に驚きつつも、……驚愕と同時に、納得していた。
姫様は理解しなかったであろう、その言葉に込められたもう一つの意味。私の予想通り、そして最悪の状況。
彼女は、あのステファノス殿下の番だ。
「おい!ごちゃごちゃ何をいっている!」
「友人との別れの言葉を遮るなど、無粋な事をなさいますのね。……いまそちらへ行きます」
カティア様は堂々として、その男の前に出た。仮面を外した顔は、やはり恐怖や焦りは微塵も浮かばない、毅然とした皇族の佇まい。
「銀の髪、青の目、この世のものとは思えねえその顔。確かな筋からの情報通りだ。間違いねえな。あのセイン・ステファノスの珠玉の姫、番のカティア・エステランテ、だな。
この計画立てたときはアンタがいると思わなかったが、来てみたら法螺吹き王女なんかよりも俺らが捕まえたかった女がいて驚いたぜ?
……黙ってりゃよかったのによ。そっちのガキが嘘吐いてたのは知ってただろ?俺らとしちゃあ、この国かあの男のどちらかに泡吹かせられればそれでよかったんだからよ」
番が誰か知っていて、姫様では無いことも分かっていて、襲った?
しかも、目的はこの国か、ステファノス殿下。
……姫様が捕われた場合、被害を被るのはこの国だけ。けれど、カティア様が捕まれば、待った無しの国際問題に発展。ああ、やってしまった。こんな失態、ただでさえまだ敵の多いこの国の貴族たちから責められる予感しかない。
こうなればもう、せめて、姫様だけは守りきらなければ。
「そんな事はどうでもよろしい。どちらにせよ、目的は私でしょう。関係のない方々は返しなさい」
「はっ!そんな事聞く義理は……っ!」
そう、ここにはまだ姫様もいる。姫様とカティア様の両方を捕らえたいことだろう。
それは分かり切っている。ここからどうやって逃げ果せるか。カティア様が名乗り出てくれたのに、その行動すら無駄にしたら、私は本当に無能になってしまう。
そんな事を知ってか、知らずか。
彼女は、自身の周囲に一瞬の間に氷柱を出現させた。一つでは無い。無数に。しかもそれは円錐を形作り、先端の鋭さは言うまでも無い。見事な魔法。そして、その円錐の先が向くのはカティア様自身。
「私は、逃げませんわ。逃がさないと言うのなら、私は今ここで命を絶ちます。私が死ねば、帝国にある魔力で形を作った像が割れるので、私の死を隠して交渉することは不可能です。
……さあ、どうなさいますか」
淡々と微笑みながら、自身に凶器を向けて平然と、ただ美しく佇む。
その様子は狂気に満ちていて、
彼女の番を彷彿とさせて、
けれどやはり、透明。
鏡のような在り方。
「ちっ……!小賢しい……逃してやれ」
「皆様には私の結界を張っておりますから、私の目から離れたところで襲おうとしたらすぐに分かります。その場合、私は容赦なく命を絶つ所存です。お忘れなきよう」
男が捕まえていた女の子も解放され、気がついた母親と共に逃げていく。
私たちを取り囲んでいた男たちは人々を逃し、その混雑に乗じてカティア様を連れて消えていった。
遅れて護衛たちが漸く側まで来る。姫様は遅い。と従僕や護衛にいつもの様にキツく言葉を向けながらも、その顔色は悪い。当然のことだけど。
「……急いで城に戻り、報告をします」
災いになる前に、カティア様を助けなければ。
読了ありがとうございます。
先週は更新が出来ず申し訳ございませんでした。
そしてさらに申し訳ございませんが、作者体調不良中につき、来週もお休みさせていただきます。
皆様もどうかインフルエンザにはお気をつけて……!
それでは失礼いたします。




