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騎士の志操

今日はおにい様視点です。



長い長い馬車の旅の中、また眠ってしまった従妹にブランケットをかけつつ、カティアの魔法が正常に働いているのを確認しておく。


眠っていても途絶える事のない結界は、彼女の命を守る。

万が一があってからでは遅い。カティアを失えば必然的に再従兄は壊れる。勿論私も嫌だし、そんなことがあった場合、迷わず世界を壊して彼女の供養として供物にしてから、私も後を追うだろう。

そのくらいの自信はある。

だからカティアには常に魔法を使い続けられるだけのコントロールと持久力を身につけさせてきたのだ。帝国から、かの王国に移り住むまでの12年間という長い間、ずっと。


誰よりも魔法を身近に、常に発動し続け扱いに慣れてきたのだから、王国での魔法成績が良かったのは当たり前である。

護衛が常についているのだから必要ないのではと思うものもいるだろうが、周りに守ってもらえると常日頃から思って生きているのと、自分の身は自分で守らねばと思って生きるのとでは、生存率が全く違うのである。


……まあずっと使わせていれば魔力は消費するもので、その日の体調によっては命を蝕むことに変わりはないので、カティアの調子が悪くなっているようなら止める。その体調の良・不良を判断するのが私だ。

彼女には王国を出るときから常に魔法結界を張らせてある。王国では碌に魔法を使っていなかったせいか、久しぶりの永続的使用で多少疲れているからか眠る回数は増えてるけど問題なさそう。


「……ねえトーリ」

「何です。カティアの睡眠を邪魔するなら永眠していただいて結構ですよ?」

「実弟が辛辣過ぎる……。お兄ちゃんにもっと優しくしてよ!」

「カティア以外にかける優しさというと……罠にかける時くらいですが、よろしいですか?」

「よくないよっ!……はぁ。……それにしても、よく眠ってるね」

「それなりに疲れている筈です。ただ魔法を使い続けるならまだしも、寄り道もありましたから。ダイルも、兄上を使い潰せばよかったものを、わざわざカティアに魔法を使わせましたし」

「ん?あれ?聞き間違い?今僕を使い潰せばっていった?僕は疲れてもいいの?ねぇ?」

「妖精たちに好かれてるお陰で兄上は魔法を使わずに"奇跡"を起こせたでしょう?重労働した弟と従妹を労ってください」

「うわー、笑顔で無視されたー」


優しくしてくれない、といじけていますがどうでもいいです。


「それで?先ほどの話の続きですが、帝国とは直接関わり合いのない国の姫が、セイン兄さんの番だと言い出したというのは本当ですか?」


この話はカティアの前でするにはまだ準備が出来ていない。噂と現実、事実・真実を突き止めた上で、敵を欺き陥れ、我々の勝利までの構想と確信、そして何より実行手段と人員が確保できるまでは、間違っても従妹の耳に入らないようにする。

何の対策も立てないまま焦って従妹に話を聞かせるなど言語道断ですよ。それでカティアが気を揉んだら?そんな無駄な時間と心労を彼女にかけるなど"騎士たる兄"として失格ですからね。


「うん。紛れ込んでる奴らが言ってたよ。それで帝国の貴族事情がおかしいことになられても困るから、とりあえずその姫君の妄言もしくは姫君はセインがタイプだってくらいの噂にして流すように指示はしてある。


問題は"12歳になっている王族"が、そんな事を言い出したって事だよね。

その歳であれば、最低限の歴史は勉強済みの筈だ。本当に番である場合か、余程のことがない限り、番という言葉を使うはずがない。

前者に関しては今回ありえない。

セインの番はカティアだ。それは間違いない。セイン自身がそう断言しているからね。カティアも何も言わないけど、普通、番でもない輩に魔力制御の面に触れさせない。


……実際、カティアを可愛がってる君ですら"仮面を取らせて"はくれないだろう?言葉と心より先に、身体が分かってるんだよ。そんなところに、この発言。カティアが聞いたら何をするか……」


王族として12歳というのは、その後の将来に関わる第1の分岐である。帝国(うち)は別として、大抵の国は12歳になると側近やお友だちを作るのである。国公認で。そして、お茶会はそれまでにかなり頻繁に開かれる。

……それがどう関わるのかといえば、王族は12歳までにその国の歴史や他国との力量差などを大まかに学んだ上で、国内の敵味方を茶会で判別・選別して、12歳で関わるべき人間を決めるという事である。

そこで選んだ友人達は必然的に注目される。時に彼らを守らなければならないし、だからといって過度に傾倒してもいけない。それを考慮の上で決めなくてはならない。

自分の未来だけではなく、他人の未来にも関係する判断を自分でする(あまり酷い場合は王などが決める)というのは、それなりに重要な事だ。

だから原則王族は、12歳までに男も女も関係なくきちんとした教育を受けている。第1の分岐の際に、自分の力で見極められるように。それが最低限の教育だろう。

ではその上で番だと嘘を宣う理由は?婚姻を結びたい?まあそれはそうだろう。容姿・頭脳・能力・地位。当然、全て最高クラス。超望ましい相手だろう(こちらとしてはその辺のどうでもいい人間と価値が変わらないので、話が来たところで門前払いだがな)。だからと言って、番が既に判明している男の番だと言い出す事など、我々としては単に喧嘩を売られている以外の何でもないのだが。


帝国は無礼者に対して容赦しない。寛容と許容は別物である。売られた喧嘩は倍どころか乗で返すのが私のポリシー。特に今回はカティアの幸せにも関わってくる話なので、容赦はしない。最低でも10乗にはする案件だ。(因みに小国に色々やった時は3乗くらいの気持ちだった)


「……」

「えっ、ちょっと。黙りこまないでよ。トーリ?カティアに頼まれても、その国潰しちゃダメだよ?」

「……はい?何言ってるんですか。私は二の轍は踏みません。もう潰したことすら勘付かせませんよ」

「うわぁ、何この子。なんでこんな子になっちゃったんだろう……」

「さて、冗談ではありませんがとりあえず、私は考え事をしていたんです。物騒な事は考えておりませんのでご安心を」


あくまで何乗にするかを決めただけで、具体的実行案は考えていなかったので、物騒には程遠いでしょう。


「……で?何の話をしていたんでしょう」

「えええ……?か、カティアに知られたら、何するか分からないからまだ内密にしておこうって話を……」

「ああ、そうでした。嘘つきにどのぐらいの報ふ……こほん、お仕置き……反省を促すべきかという話でしたね」

「やっぱり物騒じゃん」

「今回は最低でも10乗と決めました」

「単位は倍じゃないんだね……。2倍が度合いゼロだとしたらそれは?」

「上限なんてありません」

「……」

「黙りこまないでください。ダイルの時に碌に働かなかった分、動いてもらいます」

「カティアの監視とか?」

「必要ありません。私がいますから」

「……シスコン」

「それはどうも。そもそもの話、カティアは恐らく何もしませんよ」


眠っている麗しい従妹を見る。眠っていても可愛らしい。

私が言ったことに対して兄上はそうとう懐疑的です。でも私は確信している。カティアはこの件に関して、きっと話を聞いたところで結末が見えてくるまでは何もしないだろう。なぜなら"番"という、カティアにとっては迷子の原因が絡んでいるのだから。


「セイン兄さんによく似たせいで、無自覚なのに構え方も同じなのは兄上も重々ご承知でしょう。

自分以外に、番を名乗る人物が現れた。その番を名乗る人物は相当セイン兄さんに執着を見せており、自分はセイン兄さんに特に執着していない……と思っている。なら、……実はその人物がセイン兄さんの番かもしれない。今まで自分に向けられていたのは、かなり度を超えた家族愛だったのかもしれない。それならそれでいい。一先ず様子を見よう……そんな感じですかね?」

「かなり度を超えた家族愛を向けてくる相手が直ぐ側にいるけどね。しかもその相手にすら触れさせないものにセインが触れても拒絶してないのにね。どんだけ鈍感なの?」

「私はカティアを守る騎士なので勘定にははいりません」

「騎士、ねえ。その口調も、その一貫?あんまりセインに似過ぎてて、最初はちょっと驚いたよ。あんなに嫌って……いや、カティアの事を取り合っていたのに」


兄上が開いたアルバムの中では、カティアを間において仲良く読書をしている私とセイン兄さんの写真があった。実際には読書するカティアに色々教え込みながら笑顔で互いに睨み合いをしている写真であるが。


「君がカティアと一緒に帝国を出るまで、よく見られた景色だよね。出立当日にはもうそんな風になってセインとも握手して裏表なく接してたから、カティア以外は皆目を疑ったよ」

「敗者が何を言ってもただの負け犬の遠吠えに過ぎません。無様で見苦しいですからね」

「……敗者?負け犬?」


ええそうです。私はあの日、完敗したんですよ。唯一張り合えると思ったカティアへの想いの深さですら、勝てなかった。直感的ではあるものの気付いてしまえば負けを認めざるを得なかった。


「……帝国を出る前夜、セイン兄さんと話をしました。

散々カティアに執着していたはずの兄さんが、カティアが私についていくと決めた途端に姿を見せなくなり、カティアが不安そうだったからです。

問い詰めたらにいさんは言いましたよ。

カティアに、君は私の番。どこにいようと愛しい人。……そう言ったと」


何処にいようと。それは、単に場所だけの問題ではない。どんな場所で、誰と居ても。誰かと結ばれたとしてもという意味を含んでいる。過大拡張だと言うなら言えばいい。恐らくこの解釈は間違っていない。……つまりそれは、カティアに、選択肢を与えたことになる。


「そして出立の日までの数週間、カティアに会いに来なくなった。

カティアは分からなくなった事でしょう。(セイン)が日常からいなくなった事で、"選択肢"が増えてしまったから。最終的には番であるセイン兄さんと一緒になるという確定した未来以外の選択肢をセイン兄さんの言葉と行動が出現させてしまったから。


私はカティアを迷わせるなんて。と、怒りで我を忘れかけながら、彼を非難しましたけどね。……その時初めて、彼が泣いているのを見ました。顔はいつものように笑ってましたけど」


そこで思い出話はやめたが、私たちも少し休もうという話になり、馬車の中は静かになった。


今でも思い出せる。多分一生忘れないと思う。まるで誓いを忘れてはいけないというように、度々夢に見るのである。何となく今日も見ることになりそうだなと思いつつ、目蓋を閉じた。



数年前……帝国を出る、少しだけ前のことだった。

カティアと並んでも見劣りしないあの男は、静かで青白い月光の下で苦しんでいる姿すら、絵画のように美しかった。カティアに対してなぜそんな言い方をしたのかと問えば、彼は言った。


「番だから、愛した。……確かにそうかもしれないね」

「……なら、悪戯に彼女の道を増やした貴方より、僕の方がティアを愛していると認める?」

「ううん。それは無い」


それまでの冬の風に吹かれ今にも折れそうな枝のような雰囲気は一転した。

今まで見たことがないほどの冷たい目が僕を射抜いた。先程までの儚さなどどこにもない。その瞳の中にあるのは強い意志だ。絶対に譲らない。目がそういっている。背筋が凍る。恐怖で逸る心臓の音が警告音のように聞こえた。本能のようなものが今すぐ目の前のコイツから逃げろと言っている。けれど、それでも問わずにいられない。僕について来てくれる、僕を1人にしないでくれる従妹の為に……不安そうに自分の仮面に触れていた、彼女のためにも。


「っ……なぜ?」

「番だから、愛したよ。

でも同時に、番だから、愛せたんだ。


番だと確信しているから、私はティアを迷いなく愛していい。立場に縛られて彼女の敵になる事が絶対に無いと、言い切れるし証明できる。

カティアがもし他の誰かを選んでも、

……愛する事を、やめられない事の、免罪符にできる」

「!」

「私は、番故に執着した。

番という都合のいい免罪符故に、彼女を愛する権利を得たんだ。

理性の低い小さな頃は、自分の執着……それがどんなに普通と違っているか、分かっていなかった。カティアが怖がるのも当然だよね。

でも、番だから、唯一無二の、"僕が"諦めなくていい存在だから、愛していい人だから、愛せるんだ。愛しているんだ。


……まあ、それすらも、ティアからすれば、番という前提があるからって話かな」


その炎のように激しい意志を灯した強い視線が逸らされると同時に僕を襲っていた息苦しさが消える。それは僕の持っていた怒りも共に連れ去ったのか、重たい敗北感だけが残った。


「……いえ。この話をカティアに聞かせないんですか」


先程までの威嚇する獣のような瞳はなりを潜めた。そこにいるのはいつもの再従兄だ。


「私を選ばないなら、……それでいいよ。

カティアが幸せなら、それでいい。

でも優しいあの子は、私が好意を持って常にそばにいたのなら、たとえ恐ろしく思っていたとしても、私のそばにいてくれるでしょう。私を選んでくれるでしょう。

私が、私の身勝手で、愛しい人の自由を殺すんです。

だから選択肢を増やした。それくらいしか、してあげられないから」


言葉として紡がれる事は無かったが、その理由は間違いなく、"愛しているから"だろう。

……分かっている。それでも、胸の内の敗北感を抑え付けて言いたかった。


「それこそ、国を滅ぼしてでも奪えばいいだろ!番関連で滅んだ国は沢山ある。それをカティアも知っている。僕なら……。……僕、なら……?」


言っていて気付く。国を滅ぼしてでも、自分の番を愛しているから、そばにいて欲しいから、手に入れる。"番"と同じ事を、僕はするだろう。"番"ではないというのに。

"番ではないからこそ"使える、ティアへの気持ち故の行動。歪み気味ではあるが、純度100の愛故だと、ティアには分かってもらえるだろう。

だが、……目の前の再従兄は、ちがう。

それをしても、"番"だからという前提が、ある種当然だと判断させてしまう。


なら、本当に愛しているのだと、伝えるには……?この人は、どうすればいい?


「……きみなら、ね。でも、私は番なんだ。あの子は、それを望むかな?


……愛故に、理性で本能を、執着を押さえ込み、忍び続けるしかないと言ったら、君はどう思う?無様だと言うかな。憐れと嗤うかな」

「……いえ。すみませんでした」


ああ、認めよう。これは敗北だ。

再従兄は従妹を愛している。その為なら自分を殺せるほどに。番という恐ろしい程に狂った執着を、番が怖がるからという理由で抑え込んでいると、理解してしまった。

今更ながら、勝手な事を言ったものだ。感情的に言葉を紡いでしまった。皇族として、それは相応しくない。

政略結婚であれ、恋愛結婚であれ、立場ある者は一線を弁えなくてはいけない。時にそれは相手を傷つけるだろう。けれど、再従兄はそうではない。そうしなくていい。

そうあっていい再従兄が羨ましくもあり、そうあって貰える従妹の幸せを嬉しく思う。


「……セイン兄さん」

「なにかな?」

「僕はあくまでもティアの気持ち優先ですからね」

「!……ありがとう。行ってらっしゃい」

「はい。行ってきます」


ありがとうと応えた。それはつまり、僕の意図を理解したという事だろう。ティアへの気持ちという面で完璧に敗北した僕が出来る事は、ティアの望みを叶えることだ。それが僕がいかにティアを大切に思っているかを伝える為にする事であり、同時にしばらくの間彼女を想いつづけるだけしか出来ない再従兄がその無力を呪う事を止める助けになる。


いつか、ティアはこの愛に気付くだろうか。

その時彼女は何を選ぶだろうか。何を思うのだろうか。

それが誰との婚約であれ、婚姻であれ、彼女の気持ちを優先しよう。

僕は彼女の1番身近な騎士として、存在し続けよう。


その為には先ず行き先の王国で悪い虫が付かないようにしなくちゃ。再従兄の為、従妹の為、何より僕の為に。


……行った次の日に王子(悪い虫)から婚約の申し込みがくるなんて、その時の僕は知る由もなかった。


読了ありがとうございます。

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