16、お茶会は教育実習の現場です。
第3章のあらすじを作品のあらすじに追加しました。
目も覚めてすっきりして、けれど残念ながらまだまだ長い道中ですので、思い出話の続きでも致しましょうか。
幼い頃から、お茶会という名の実習現場で、敵意ある令嬢という名の教材を相手にマナーと貴族令嬢の勉強をして、
我々皇帝の子孫たちの為に一定数残しておいている政界の狐狸という教材を相手にゼクトおにい様が処世術を教えてくださり、
学院に通う前から勉学に秀で過ぎると家庭教師という教材が尻尾巻いて逃げていく事を身を以てダイルにい様が伝えて、
何も知らずに私に近づいてきた貴族や平民の男性達の瞳孔の開き具合や言動からどう処分するべきかを大叔父様が学ばせてくださり、
国の成り立ちや歴史やその脆さを実物を使ってトーリおにい様がみせてくださり、
それらの全ての応用で、どうやって人間を自分の考える通りに転がすのかをセインおにー様が実演してくださいました。
……え?皇女が学ぶものとしては物々しい?そんなわけないでしょう。これ以外にも舞踊とか刺繍や詩歌もきちんと独学で勉強致しました。魔法や乗馬はおにい様達が教えてくださいますが、その他は男性には求められないものです。そのため淡々と書を読み実物を見て実践して学びました。侍女たちやおにい様方のお母さまに最終チェックだけはしていただいて、出来も良いはずです。実際、王国でも完璧な公爵令嬢と評判でしたから。
……まあ、私はそんな訳で、肉体の年齢と精神が見合わない皇族らしい人間になっていったので、周りの同世代の貴族の子らとは少々……ズレが生じます。
令嬢方は余程面白くなかったのでしょう。ある茶会で、おにー様が私から離れたほんの一瞬の隙に魔法で風を起こしました。風下にいる私の方に、偶然にも吹いた風がカップを倒して私にお茶がかかってしまった。……という状況を作りたかったのでしょう。そうすれば私は退席しますが、茶会が始まったばかりなのでおにー様達がすぐに退席する事はないからです。私がいなければ、おにー様達に近づく事ができる。……そんな思いからでしょう。何とも、愚かな。
加減を間違えたのか、それともわざとか、カップは倒れるどころか私の顔めがけて飛んできました。……もちろん、そのカップは私にぶつかることも、また中身の一滴も私に当たることは叶いませんでしたが。
カップも、中身も空中で停止しているのです。やったのは私ではありません。私はその時そんな些細な魔法を使うだけの余裕はありませんでしたから。
唖然とした令嬢令息達の中で、1人、焦りを見せた令嬢がいたので、その周りの魔力を固めて動けぬ様に拘束しました。……私ではなく、おにー様が。
「……私が離れた隙に、カティアにこんな熱い茶をかけようとした不届者はどうしてくれましょうか」
私の目の前で止まっていたカップに溢れかけて停止していた中身が全て戻って、その上でおにー様の手元に収まりました。その眼は鋭く光って見えました。ああ、今この人は怒ってる。
茶をかけようとしたくらいで殺されんばかりに睨みつけられている令嬢をよくよく観察すれば、確か彼女はおにー様の婚約者に、と売り込みに来ている伯爵の娘ですね。色々な意味でお気の毒に。おにー様は私の番だと判明しているのです。伏せているだけで、実際もう売却済なのですが。
そんな激怒状態なおにー様に、恐れ多くも側近候補の令息が、風が吹いたことを言ってしまいました。……あらら。逃げ道を塞いでしまいましたわね。それを言う前なら、誤ってカップを手放してしまったと言えなくもなかったのですけれど。まあそもそも、私用にお茶は淹れられておりますけれど、仮面をつけたままなので、私は飲みません。なので手に取るはずもないのですけれど、ね。
「……風が吹いた。それは確かですね?」
「はい!」
「そうですか。では、私が離れた事で護衛が不十分になったカティアの目の前で魔法を使った事になりますね」
空気が凍りました。私と同じ年頃でも知っている事ですが、許可もなく皇族の前で魔法を使う事は禁止されています。何かのコントロールミスで、万一怪我人……それも皇族に怪我をさせてしまうことなど、あってはならないからです。
「お、皇子。失礼ながら、風が吹いたのであって、魔法が使われた訳では……」
「この場で風が吹いたと言うなら、それは間違いなく魔法です。この茶会の会場は、カティアが結界を張っているため、雨や風なんてものは吹くはずがないのです。それがあったと言うことは、魔法で誰かが意図的にやったということです。
カティアが出席するすべての場には、誰がどんな魔法を行使したのかをすぐ把握するための魔法騎士達を配置しています。彼らが私を急いで呼びに来た時点で、魔法が行使されたことは明白ですよ。
そして、意図はともかくとして、私がこうしてカップを止めなければ、中身はカティアにかかり、その湯や陶器で彼女の肌に傷が付いたかもしれません。
それは間違いありません。
……さて、今日の茶会はこれでお開きです。カティアを害する意思のある不届き者が平然として参加する茶会など、二度としたくは無いので……この一件は周知します。以上です」
その言葉を締めくくる際に、セインおにー様の手の中にあったカップの形が崩れ、塵となって手から崩れ落ちて行きました。数カ所から軽い悲鳴が上がりました。……怖いですよね。あの時は流石に私も驚きました。カップに罪はありませんのに……。
まあ、そんな一件で自覚しました。セインおにー様の、私への執着心を。
「……あれは酷かったよね。お茶会だって出て行ったと思ったらカティアを抱き上げてすぐ帰ってきて、そのままずっと抱きしめたまま置物みたいにじっとしてて、セインはあの後カティアにべったりで。……カティアは鬱陶しそうだったけど」
「いつものセインおにー様のご様子と違うので、お医者様を呼んでほしくて、ゼクトおにい様に助けてと言ったら命が惜しいと言われて逃げられたのを覚えています」
「うん。ごめん。でも今でもあの判断は間違ってなかった。あれは自分でもかなりの英断だったと思うんだ」
「その時のセイン兄さんはカティアに指一本でも触れようものなら切り捨ててやると言わんばかりな上に、離されてなるものかと殺気をまとっていましたよね」
「トーリおにい様がそろそろ私が離して欲しそうだと言ってくれなければ、離してもらえませんでした。本当にありがとうございます、おにい様」
「まあ離すといっても抱き締めるのをやめただけで隣に座らせて腰を抱いていたのであまり変わりませんでしたが」
「抱きしめられたままではおにー様の気が済むのを読書などして待つこともできませんでしたから、私としては上々でしたわ」
「(セインの独占欲と執着心に対するカティアの怯えに善人のフリして潜り込んでカティアの好感度を上げていったんだね……。我が弟ながら遣り方が超効果的で下卑てないかな……。
それにカティアも、怖いとか思いつつセインに甘くない?完全に、拗ねた子供が落ち着くまで待っててあげた様なものだよね?余裕すぎない?)」
「「何か仰いましたか?兄上/おにい様」」
「ううん!なにもっ!!」
何か面白いものないかなー!と窓の外を覗いているゼクトおにい様ですが、まだまだ目的地は遠いです。
アルバムを捲っていくと、現皇帝……大祖父様と大祖母様の写真もありました。
「……大祖母様は大祖父様の番なんでしたよね」
「ん?……ああ、そうだね。
大変だったみたいだよ。大祖母様が大祖父様に嫁ぐ時、まだ番という存在が明確に認知されていなかったものだから、……反対派の何人かが表立って批判してね。まあそのせい……というか、自業自得でそいつらは大祖父様が即位と同時に物理的又は隠喩的に首切られたり、毒にも薬にもならない土地に飛ばされたりしたんだよ」
「大祖母様は子爵家の出身なうえに、最終的に先代が滅ぼした国からその直前に亡命してきた貴族の子孫だそうですから、その辺も含めて色々言われたのでしょうね」
「まあ大祖父様が色々してくれたお陰で、番っていう概念と、……それが爆弾的な存在である事が、国内外に広く認知されたから、そこは感謝しないと。ね?
帝国の皇帝や皇族は番関連で他国にも関わる大ごとを起こして来たから、貴族や平民はともかくとして、王族や国政のトップ達は、歴史的な番というものをきちんと勉強して理解しているはずだから、番関連で何か起こることは無いと思うよ」
そう言ったゼクトおにい様の肩に少し力が入ったように思いました。トーリおにい様も。……どうやら何かありそうですね。まあ、暇つぶしになるなら私は良いのですけれど、それでおにい様達が迷惑されるのなら、全力で叩き潰しますわ。家族ですもの。おにい様方の不利益は私の不利益。
……番という概念が、私にとっては悩みの種になっているので、それを下手につつくような方々は丸っと排除致します。
「……大祖母様も最初は婚約にすら乗り気じゃなかったらしいよ?」
私が何か考え込んでいると思ったのか、ゼクトおにい様がそう言いました。
「大祖母様は大祖父様に婚約を申し込まれた時、最初断ったんだって。それで暫く大祖父様の猛烈な求婚が始まって、大祖母様はあらゆる手を使って逃げた。
城に軟禁された時は変装して周囲の目を欺いて見事に家に自力で帰ったし、変装道具が取り上げられて常に侍女をそばに置かれるようになったらその時一番最善の脱出方法を魔法で実現して逃げ果せた。その時にかなりオリジナルの魔法を創り出したみたい。
それが結構な期間続いて、大祖父様が即位と同時に色々処分して、それで迎えにいった時にやっと、首を縦に振ったらしいよ。
だからティアも散々振り回してやればいいよ」
「?」
「ティアはその時にどう思うのかで決めていいよ。足りないせいで迷わせてる張本人にはいい薬だから」
……よくわかりません。ゼクトおにい様が意図的に言葉を隠しているのはわかるのですが。
「カティアは好きに生きなさいという事ですよ。我々家族がいる限り、間違った選択であったとしても、余程のことがない限り、貴女が不幸になる未来はありませんから」
大丈夫と言って私の頭を撫でる手を甘んじて受けながら、やはりトーリおにい様もゼクトおにい様も、言葉に乗る決意が普段より重い。私に聞かせるというよりは、自分達に自負しろと言い聞かせているようなそんな重みがあります。
……そうさせているのは何かしら。まあ思い当たりは有るのですけれど。
いつぞやのお茶会で、とあるお姫様のお話を耳にしましたの。大変素直なお姫様のお話を。
けれど知らぬふりをして、今度も楽しく遊びましょう。この長くて短い旅は、もうじき終わってしまうのだから。
第3章(終章)にしてようやくカティアちゃんの恋愛ターンです(恋愛だというのに相手が側にいないけど)。
王国での婚約破棄により解放され、旅の中で様々な愛を見たカティアちゃん。自分と正反対の激しい感情をぶつけるだけの少女に、彼女は何を思うのか。
ざまあは多分ないですが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
読了ありがとうございます。




