鳥が先か 卵が先か
お久しぶりです。
終章開始です。
私こと、カティア・セレスティーネ・エステランテは、由緒ある国の皇族として生を受けました。それも、初の皇女として。
「生まれてきた子が女の子ってだけで、悲壮感極まりなかったね。4歳の僕ですら大人たちの落ち込み具合が酷いことは分かったくらいだから」
皇族に姻族以外の女性が居ないのには、きちんとした理由があります。詳しく説明すると長い話になりますので、簡単に言うと……取り込める魔力が余りに大き過ぎるうえに、元から備わっている筈の魔力に対する対抗力が全くないせいで、衰弱死するからです。
まあ、自分で打った毒矢が返って自分に当たって死ぬような、そんな感じですわね。
「他人の身体の中にある魔力を調節するなんて、普通はできないし、あの場に彼がいた事も奇跡に近いよね」
「そこにいたことは奇跡でもなんでも無いと思います。奇跡ではなく、当然だったのでしょう。彼にとっては」
では何故私が生きているのか。それは敬愛するおにい様方のうちの1人……セインおにー様のお陰です。お陰というか、その執着のせいというか、……まあ、とにかくお陰様で私は生き延び、現在に至るのです。
私たち帝国の一部貴族は、他国にも爵位を持っているという話を覚えてらっしゃいますか?両親は国を行ったり来たりする仕事があり、私は帝国……しかも帝都の城から出されない。
「初の皇女だから大祖父様達も、僕らのお父様方も、実の親以上に過保護だったよね」
「実の親がそこまで保護的ではなかったせいでそう見えるだけですよ。彼らはティアへの愛情はありますが、……お忙しい方々で、側に居られる時間は、短い」
その為、私は親よりもおにい様達と過ごす時間の方が多く、物心ついた頃には既に肉親よりもセインおにー様やトーリおにい様のどちらかといる時間の方が長い状態でした。トーリおにい様は2歳差ですので、6歳差があるセインおにー様と過ごしている時間の方が長いでしょうね。
「もうセイン探すときはカティアの所に行けば良いって言われるくらい一緒にいたよね。途中からトーリも入り浸ってた」
「兄上はダイルで遊んでいたんですから、別にいいでしょう」
ええ、四六時中一緒でしたよ。公務扱いのお茶会におにー様が出席する時などを除けば。
だってただでさえ希少価値の高い皇族の中でも希少価値の高い人間ですからいろんな意味で狙われる事が多かったのも関係していますし、なにより番という点が最も関係していました。
セインおにー様(を含む皇子達)は、将来この国を動かす重要な方々。血統も才能もある方々なので、更にその次の世代にも期待ができるわけです。
……となれば、婚姻の相手には気を使うわけで、ついでに"皇族の因子"の問題もあるので、おにー様の番であると生まれた時から判明している私は、色々な意味で失えない存在な訳です。
だから国のお偉方はセインおにー様のその状況を容認致します。
……ですが、セインおにー様や私たちは番がいると公表するにはあまりに惜しい人材たちなのですよ。
血統、容姿、能力。どれも貴族たちにとっては極上の獲物なんです。
するとなんという事でしょう。国の貴族や高官達は挙ってアピールしまくりですの。……さながら光に群がる蝶の……けほん。あまり美しい例えではないのでやめておきます。
蝶という表現は特別汚くもない?
色とりどりのドレスを着た令嬢たちを表すのに相応しい?……あら、私、色とりどりの蝶だなんて言ったかしら?
どこかの言語では蝶という言葉しかないそうですわ。蛾も蝶も区別なく、ただ蝶と言うそうです。
権力に溺れて群がる蝶は何色でしょうね?
……さて、アピールしても我々が靡くはずがございません。
そうなると、どんな手を使ってくると思います?
……そう、間違いなく影で動く輩が出てくるのですよ。私達は端的に、その方々をこう呼びます。お魚さん、と。
それらを根こそぎ見つけて根絶やしにする為には相応しい餌なんです。おにい様方は。ですが番がいると分かればそれで釣れる魚は減ります。……魚釣りは、沢山魚を釣ってこそ、でしょう?
その為、番がいる事は伏せ、婚約者はとらないでおき、しかし、(まあ隠しようもないので)従妹にあたる私をかなり可愛がっているという現状を見せておいてるのです。
効果は上々でお魚さん達が罠に気付くまでまだまだ時間がありそうです。
……なんの話をしていたんでしたっけ?
自分の身の上話って疲れますのね。そろそろ休んでよろしいかしら?
……ああ、そうそう。セインおにー様が常に側にいる状況だったというお話ですね。
私の1番最初の記憶らしい記憶では美少女にしか見えないおにー様が、心底嬉しそうに笑っています。
多分あの時おにー様は10歳でしたかね?私より美人でした。
……思い出したらちょっと腹立たしく思えてきたので、帝国に帰ったら大叔父様におにー様の顔とお祖母様のドレス写真を合成してもらって、ゼクトおにい様の宝箱の中に入れておきましょう。ゼクトおにい様の事ですからきっと楽しく使うでしょう。
おにー様はずっと一緒でした。本を読んでくれるし、遊んでくれるし、移動するときは手を繋いで、疲れたら背負ってくれて、祝い事が無くても人形やお菓子や花を贈ってくれて……ああ、勉強の類も全ておにー様やおにい様方が、先生方から習った事を教えてくださいましたね。
私に接触しようとする人間は徹底排除した結果があれだったそうです。まったく、自分の息がかかった人間を送り込みたいならもっと頭をひねって方法を考えれば良いものを。
学問、武闘、舞踊に魔法。全ておにい様や大叔父様達から習い、接する人間もその方々が中心ともなれば、私の人格形成にもその方々が深く関わる訳です。
……ほぼ全員が全員、私至上主義の人間であれば、それなりに子供らしいわがまま、あるいは傲慢な子になります。私としては注意して欲しかったものですが、過ぎた事をどうしようもないので、諦めました。
6歳になり、初めて歳の近い子達とのお茶会に参加しました。その時はトーリおにい様とダイルにい様が一緒でした。
そこで見たのは、私の大好きなおにい様方に、令嬢たちが群がる姿と、小さいながらに既に始まっている大変貴族らしい足の引っ張り合い。
ああ、汚い。
欲しい物があれば自分の物だと主張し、
得られなければ親にすがるその醜い姿。
子供の我儘。貴族の醜態。
同時に、子供ながらに被った笑顔でにこやかにしながらも言葉は、腹の中は既に黒くて打算的な姿。
それを見て、思いましたの。なんと恥ずかしい。貴族ならば、面と本性が違う事なんてざらです。……けれど、それを悟られない程の面を被ってこその貴族です。こんなにもあからさまで、幼稚で、いっそそんな不慣れな仮面は外してしまったらと思うくらいの拙さ。しかも素で。それを自覚もしていない。ああ、なんて恥ずかしい。
あのお茶会で、私は、あんな令嬢どもと同程度の人間でありたく無いとすら思ったのですから。
……子供らしい、と受け入れて大きく構えて居られるだけの器をまだ身につけて居なかった私のそんな印象故に、私はあくまで貴族らしく、わがままを言うことにしました。
私は自分がこう言えばどうなるか分かっていて、その言葉を使いました。思えば意図的に言葉を使ったのは、これが初めての事でした。
「……ああ、気持ち悪い」
文字通り私の気分が悪いのか、それとも周りの貴族たちに虫酸が走ったのかはどうでもいい事でした。
ただ私がこう言えば、今日の茶会は即刻中止になり、来ていた貴族たちは城から追い出され、次回から参加者は僅かに絞られるというのは明らかであり、実際そうなりました。
まあ後々、この時参加していた令嬢達が私が兄たちを取られたくなくて嫉妬であんな事を言ったとか、醜い嫉妬だとか言ってるのを聞いたので、その時の様子とついでに茶会での様子を貴族の夜会で鏡に映してその親たちが慌てる様をこっそり見て気分を晴らした事があります。
そのあとその貴族たちがどうなったのか?興味ございません。大叔父様が嬉々としてそちらの貴族を訪問しておりましたけど。確かあの頃大叔父様は人体実験に夢中でしたわね。
……それはさておき。
従兄様達はその時の私を見てご満悦でしたので、おそらくあのお茶会も教育の一環だったのでしょう。
その為に集められた貴族達だと気づいたのは、割とすぐの事でした。お茶会の参加者を含む、帝国の貴族の家の格と派閥について翌日の授業で習ったので。
現皇帝である大祖父様の父親が前皇帝だったのですが、その方は番い持ちではなかった上に女好きでしたので、大祖父様の母親である正妃の他に、側妃を何人も囲っておりました。……まあ、それでも子供は大祖父様を含め5人ほどしか作らなかったそうですが。
流行病やよくある事故で結局残ったのは大祖父様ともう1人くらいで、そのもう1人も何と妃との子ではなく、侍女との子というスキャンダル。……それはそれでどきどきですわね。
……えっと、そのもう1人は皇位継承権もなかったので、成人してすぐ、異例のことではありますが伯爵位を与えられて、穏やかに過ごしたそうです。
問題はそこです。
……ああ、別に穏やかに過ごしたというところが問題ではございません。私も、私と周囲の事を害さないなら他人の幸せを邪魔したり疎ましく思ったりしませんわ。……今意外って思われた方は、速やかに出頭なさって。お茶でも飲みながらお話をしましょう?
……話が逸れ過ぎて私も疲れてきましたが、伯爵位を持って居たんです。ギリッギリ、公爵令嬢とも結婚できなくない地位です。つまりですね?余計な争い事を生み出しかねない爵位を与えてしまったんです。大祖父様のお父様。まあ、皇帝の息子が賜る爵位としては低い方ですけれど……。
大祖父様が退位を迫る際に、厄介ごとのほとんど全てを精算させましたが、そちらに関しては、大祖父様がまだ成人してすぐ……そのお父様が権威を大いに奮っていた時でしたので、手出しも出来ませんでした。……これ幸いと、キナ臭い公爵が後ろ楯になった事で大祖父様が皇帝になってからなんとかする事もできませんでしたし……。
……長ったらしく皇族事情を漏洩(説明)して参りましたが、察しのいい方は深読みまでしてくださったかもしれませんね。
ちなみにキナ臭い公爵というのは、大祖父様のお父様にごますりまくって甘い汁啜っていた公爵です。大祖父様が皇帝になってから、要職から外されて辺境に飛ばされました。
……大祖父様の腹違いの兄弟の子孫のその子辺りが丁度私と同じくらいの年頃で、尚且つ、その先祖が同じで、ついでに後ろ楯になった公爵が大祖父様に恨み辛みの絶えない人物……あのお茶会に居たのはそういう令嬢たちでした。狙って揃えたとしか思えないお茶会でしたわ。
……ついでに、何の因果か、大祖父様の腹違いの弟の子孫は女性ばかりですの。こちらとは正反対ですわね。道理で……男性への色目遣いと牽制という名の蹴落としが得意だったわけですか。ケッ……!
はぁ……。私はそれからまた従兄達を教師または教材として、花の育て方からマナーや気配を完璧に断つ技術までを体得し、度々予告なしの抜き打ちテストを受け、トーリおにい様に甘やかしてもらいつつ、他の従兄達から課題という名の愛を始めとして様々な感情を注いでいただきました。
それを享受するに値する存在である為に私は努力致しました。そうして、今の私が出来た。
一般的な語学や算術、マナーはゼクトおにい様とダイルにい様が教えてくださいました。
心理学や社会学や経済学はトーリおにい様が、魔法や薬草術と他全般は大叔父様とセインおにー様が中心になって教えて下さいましたの。
多分教えてくださった事柄で従兄達を三色で色分けすると、真白なのはダイルにい様。グレーなのがゼクトおにい様。トーリおにい様とセインおにー様は真っ黒でしょうか。
何を教えてくれたのかは色からご判断くださいな。分野は今お話しした通りです。
不足分や雑学などは城の本を読み漁って補填しました。従兄達は不必要とおもう情報を省いて私に教えるので、一見不要でも教養になる事柄が偶にあるのですよ。中でもセインおにー様の情報規制が一番酷かったです。
「セインは多分自分好みの女の子に育てようとしてたよね。番じゃなかったら大祖父様に縁切られて国から追い出されてただろうに」
……そう。かなり幼い私に引っ付いて自分好みの教育をして、公務そっちのけになっていてもセインおにー様が皇帝達に怒られない理由は、番だからなのです。
番だから、私に関する事ほぼ全てに口出し手出ししても許される。
「ティアの命を救ったのは、セイン兄さんだからっていうのも大きいと思いますけど?」
「それは結局後付けだと思うなぁ。番であること。それだけの理由だけど、それ以上の無い最高の功績だよね」
「……それでティア。その番であるセイン兄さんが君に向けている感情が愛かどうかわからないっていうのは、どういう意味かな?」
トーリおにい様が優しい声で私に問いかけました。
「おにー様は番であるが故に執着しているに過ぎないのではと思うのです。
愛、故の執着……などではなく、執着故に愛しているのではないかと。
鳥と卵の問題並みに解決しない問題で、私がそれを認めるかどうか。
それだけのことですが、……セインおにー様がくれる感情は愛だと、分かっていますが、……番でさえ無ければ、その愛は私に向けられることは無かった。私は得ることが出来無かった。
……愛とは、相互の感情です。見てもらう努力が必要です。私はおにいさまを見てきたから愛した。けれど、私はおにいさまに見てもらう努力を最初から省いてしまっている。
……だから愛だと知りながらも、それが本当に私という一個人に対する愛なのか、それとも番という鎖で縛られた存在に対する愛なのか分からないのです」
……後者であるなら、おにいさまは果たして本当に幸せなのでしょうか。私の事を、愛していると言えるのでしょうか?
疲れたのでそろそろ一旦休憩します、と言えば、馬車の揺れがより小さくなりました。クッションに身体を預けて少しだけ微睡む事にした私はその後、おにい様達が何を話していたのかは知りません。ただ、起きてすぐ、おにい様が妙に笑顔だったことだけは気になりました。
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可愛い従妹、カティアが眠っているのを確認してから、寒くないようにブランケットをかけてついでに寂しくないようにしっかり手を繋ぐ。うんうん。私の天使は今日も天使だ。
兄上はアルバムとティアを見ながら少し困った顔をしています。先ほどのティアの零した本心の、その憂いをどうするか考えなくてはいけないですから、当然と言えば当然ですが。
「うーん……そこを悩み続けても、結局事実としてセインはカティアを愛している事に変わりは無いし……番である事も覆しようの無い事実だし、……答えの出ない問題だよねぇ」
「だからといって放置出来ないから、カティアは悩み続けてるんですよ、兄上。
私達がカティアに施した教育が根幹をなしているなら、これで自分が選んだ道が最良だときっぱり考えてセイン兄さんを独占するでしょう。
となれば、やはりカティアに、一番影響しているのは」
「うん。セインだよねぇ。……セインは、カティアの命と意思が最優先だ。カティアさえよければ、なんでもいい。
その意思が自分にとって苦難を強いても、なんなら命を奪う事であっても、遂行する。愛しているからね。
そこは番だからか、教育の成果か、彼女の根底になってしまっている。彼女もまた、僕らやセインの幸せや利益を優先し、そのためならば身を切ることを惜しまない精神を持ってしまった。その結果が思い合う故の噛み合わなさと悩み事。鼬ごっことでも言うべきかな?……番っていうのは大抵似た者同士だから、あの2人はぴったりだけど、……歪なんだよなぁ。面倒くさい。
……あー、やだやだ。ダイルのとこみたいに、ある意味純粋に悩む事なく番として成立したうざったいくらいの普通のバカップルになってくれればそれはそれで楽なんだけどね」
やっぱり睨まれる事を覚悟でもうちょっと従妹に構えばよかった、と兄上は本気で後悔しているが、過ぎたことはどうしようもない。
かといって、あの再従兄が自分で行動を起こす事はないだろう。となればやはり私が何とかするしかない。
従妹の幸せのために。
私とて、従妹第一の人間なのだから。再従兄に敗北して、心に誓ったのだから。
ティアと出会ってから始まった幼い私と再従兄との長い頭脳戦と、本当に一瞬だった決着。あの日の事を忘れることは無いでしょう。あれ程までの完敗を。
「……選択を妨げている"臆病さ"を身につけさせたのはセイン兄さんですが、容認したのは兄上なので、ちゃんと協力してくださいね」
兄上がいつもの様に逃げ出そうとしているので、物音を立てずに腕を背中で拘束します。必要なのはスピードと躊躇いのなさ、そして後始末の巧妙さです。よく覚えておきなさい。
「その臆病さは選択を間違えない為に黙認したんだけど、まさかこういう所で効果を発揮するなんてね。いやぁー、誤算だった。
……逃げないよ、協力するよ。だからもう少し実の兄に優しくして」
「それは良かった。快く引き受けてくれてありがとうございます」
さて、それでは。
「セイン兄さんの番だと自称する姫君という何ともバカっぽい人間の話を詳しく教えてもらいましょうか、兄上?」
カティアの憂いは何としてでも取除く。
……たとえそれが、大事な妹の選択肢を減らす事だとしても、それを"彼女が望んでいなくても"。
私には、それこそが彼女に示すことのできる愛情だから。
…………愛するがゆえに再従兄には出来ない行動だから。
戻ってくるまで長くなってしまいましたが、待っていてくださった皆様には心から感謝致します。
第三章は笑い有り(どこが笑いどころか不明)涙あり(どこで泣いてもらえるか不明)な基本シリアスで参ります。
はたして鼬ごっこは終わるのか?
これが終章になりますので、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
どうかよろしくお願いいたします。




