表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/60

妖精の国の惨事(前編)


「……まだ、見つからないのか」

「申し訳ございません」

「……急げ。たかが令嬢の足だ、そう遠くには行けないはずだ」


急げと言った青年は、その顔に疲労の色を隠せずにいた。手入れの行き届いた身なりだが、着ている本人が残念ながら、その花の顔を台無しにするような顔色の悪さだった。


最後に王宮の執務室から出たのはもう何日前のことだろうか。彼はずっとこの部屋に篭りっぱなしだった。何故なら……。


「クラヴィス殿下ぁ〜」

「リリィ、殿下は今お仕事中で」

「だってぇ……。私が居なかったら、殿下もお寂しいでしょぉ?私、お手伝いくらい出来るもん」


ノックもしなければ、入室の許可も取らずに踏み入って来た、先日からこの王宮に理由もなく居座っている少女が原因だった。

自分が少しでも休憩や気晴らしに仕事から離れると、何処からともなく現れて付きまとってくるのである。見目麗しい令嬢ではあるが、迷惑以外の何者でもない。一応仕事をしている間は近くに来ないため、極力執務室に篭っていたのだが、それも限界らしい。


「殿下ぁ〜。お茶にしましょ?お仕事が多いのは、わかりますけれど、お休みも必要です!」


仕事を増やしたのは貴様だろう。と、恥も外聞も無く、無遠慮に言ってやりたくなったがなんとか飲み込んで、「先程休んだ。今から機密性の高い文書を取り扱う」と、言外に出て行けと言ったにも関わらず、令嬢は一体何の話ですかと興味深そうに聞いてくる。青年の苛立ちを、令嬢以外は正しく理解したらしく、速やかに彼女を室外へと追い出した。勿論、ご機嫌とりをしながら。


青年は膨大な書類に目を通しては溜息をつく。

とある令嬢……弟の元婚約者を、この国から追い出してから、多くの災害がこの国を襲った。

雨が降らない。作物は枯れ果て、水源も枯れた。それだけでもかなりの痛手であるというのに、他国から仕入れようにもこの国には現在金がない。弟の元婚約者が横領して、国庫に手を出したからだ。……と、愚か者共は言うが、実の所、国の財源が枯れていったのは、あの令嬢が居なくなってからだ。そしてこんなにも貧しくなっていっている理由も明白である。


現在この王宮に居座っている令嬢だ。


彼女が弟を篭絡したのは知っている。だが令嬢は一応侯爵令嬢。以前の婚約より、国の為になる事もあり、王家は酷い茶番劇も黙認した。……そこまでで済めばよかったものを(後から思えばこれを黙認した事で既に現在の惨状は確定していた)、侯爵令嬢は弟との婚約の打診を保留にしたまま、この王宮に入り浸り、終いには青年に色目を使う始末だった。

それを見た弟は更に熱を入れ、国の金は、国民の血税だと散々教えられて来たにも関わらず、その金で彼女に貢ぎまくった。……将来の自分の妃に贈り物をしていると言われて仕舞えば、こちらとしては何も出来ないのだ。王妃や側妃達の生活費は全てその血税から出ているのだから。


かつて妖精に愛されたと言われるこの国も、今はどう考えても妖精に見放されている。

青年や国王達は既に分かっている事だが、この国の惨事は全て、伯爵令嬢を追い出したことによって、妖精たちの怒りを買ったからだ。彼女の祖母の曽祖母は、妖精王の番だった。その血族を、ましてやその番によく似た姿の彼女が背負わせられた冤罪に、その妖精王が怒らないはずが無かった。


……何でそれが分かるかと言えば、散々被害が出て国民が毎日のように国に対してデモ行進を行うようになった辺りで、悩める王や国の高官たちが頭を抱える会議の最中に、その妖精王が現れたからだった。

そしてあっさりと、伯爵令嬢をいじめた上に殺そうとしたから、お前たちも死ねばいいと言った。慈悲を王が乞うと、少なくとも元凶を綺麗さっぱり処分しない限りは、この国に恵みは戻ってこない。そのうち砂漠に沈むだろうと言って消えた。


その最中で、会議に同席していた青年は、様子のおかしな弟の同級生を、皆の前で問い詰めた。すると案外簡単に彼は、自分が命令を受けて伯爵令嬢を殺そうとしたと答えた。すぐに捕らえて続きを促せば、殺す前に消えたという。忽然と姿を消したのだという。妖精の仕業だろう。誰の命令で殺そうとしたのかを問えば、弟だという。なんという事を。


弟に非公式の場で問えば、何故知っているのかと疑問に思ってから、あの侯爵令嬢が、伯爵令嬢に殺されると喚いたからだという。今すぐお前とあの侯爵令嬢の息の根をこの手で止めてやりたいと言いそうになって止めた。罰する際にこちらの殺気に勘付かれて逃げられると厄介だ。今は耐えよう。


……そんなこんなで、青年は伯爵令嬢の無実の証拠に証人、侯爵令嬢に嫌がらせなどをしたという真犯人などを探し出し、確保していた。勿論、危機に瀕した国の状況を救う為に東奔西走しながら。

あとはタイミングを見ていた。

何故なら、侯爵令嬢に骨抜きになっているのは弟だけではない。公爵子息や宰相の息子など、何故か高官の、国の重要な人物たちの息子ばかりなのだ。本人たちは一応有能なので、出来る事なら残しておきたいというのが国の意向だった。


侯爵令嬢1人を処分する良い方法は無いだろうか。そうして処分を先送りにした罰なのだろうか。


全て終わってから思った事といえば、送り届けられた書状は断頭台への招待状だったのではないかという事だった。


国王に弟共々呼び出され、我々兄弟は、その書状を読んだ。親愛なるから始まるその手紙は、来国を知らせるものだった。


差出人は、かの帝国の"頭脳"。

ダイル・グランデ殿下からだった。



彼……ダイル・グランデという男は、この大陸で最も力を持っているエステランテ帝国の現皇帝の曽孫にあたる皇子の1人だ。

現皇帝の曽孫は現在7名。うち4名は、外交官の役割を担っており、それぞれ担当国を持っている。


「我が国にはあの国から外交官は派遣されていないが、出入りの商人からはこの国の現状を聞き及んでいるだろう。今この国に接触してくる意味があるとすれば……」

「支援と引き換えに、何かを求めているとしか考えられませんが、……あの国が求める程の何かを、我が国が持っていると思いますか?」

「だが、差出人は"帝国の頭脳"だ。かの御仁は、苛烈な噂が多い帝国の中でも良心と名高い。通りがかりの、それも交流もない国やその民が困っている際には、見返りも確約せずに手を貸すこともあったという」


後々国が帝国に貢ぐにしろ何にしろ、ただの慈善活動なのだろうか。いや、現皇帝の曽孫の中で、出てくるなら、最も可能性は高いだろうが。


「……父上、まさかと思うのですが、……リリィ……マクラミン侯爵令嬢を狙ってという事はありませんか?」


そう声を上げたのは、青年……第一王子の弟だった。何を馬鹿なことを。そう思った第一王子と父の嫌悪など、弟はカケラも感じ取らずに、曇った目でそうだと決めつけて発言する。国王と兄は、一瞬目を合わせて、この話は弟を外してする事に決めた。


「リリィは平民の時、帝国にいたこともあると言います!もしやその時に皇子たちの誰かがリリィに惹かれ…………父上?兄上?聞いていらっしゃいますか?」

「…………だとすれば、マクラミン侯爵令嬢の事がお前は心配だろう。今まで通り彼女の近くで警戒を強めておくといい。

グランデ殿下がいらっしゃる間は王都を離れるか、もしくは離宮に隠れていた方が賢明かもしれないな」


最後の方は、最早自分でも酷いと思う程に無感情だったが、盲目的になっている弟は気付くこともなく、兄と父に断って退室していった。


「……どうしますか」

「国の状況が状況だからと断って、もしあの"良心"を得る機会を失えば痛手だ。一先ず出来る限りのもてなしをして、相手の目的を探るしかあるまい……」


帝国がこの国に外交官を置くほど関係を持って来なかったと同時に、こちらは帝国の心臓部の情報を持っていない。噂で知る程度の国との、初接触と考えて差し支えない。これは吉と出るか、凶と出るか……。その結果を、国王たちは身をもって知ることとなる。




彼らが来る1週間前、水不足と日照りによって苦しむ国民の前に、仮面を付けた女性が現れ、その人は雨を降らし、体の不調で倒れた人々を、1人残らず無償で救い、再び姿を消したという。集めた情報によれば、妖精に手伝ってもらっていた様子はなく、自分の魔力だけで人々を治癒していたそうだ。女神様と人々が拝み始めると、何故かげんなりした様子で去っていったらしい。「おにい様のお願いだから仕方ない……私はおにい様を愛する私の為にやったの……無償の奉仕じゃないもん……」などと呟いていたらしいが、真偽は不明である。持病まで治ってしまったというからどんな魔法を使ったのかは知らないが、そんな強大な魔力を持つ人物がいるのなら、是非城に招こうという事になった。


次の日、急いで国王の兵が仮面の女性を探していた為に国内の見張りが緩んだ隙を見て、何故この国が妖精から見放されたのかを、懇切丁寧に食料を配り歩きながら教えて歩く呪い師がいたらしいが、兵士たちがそれを取り締まる前に煙のように姿を消した。

「最初から壊れてる国を壊すのは趣味じゃないからなぁ」と、不穏な事を呟いていたらしい。

この国の高位貴族と王族の醜聞を流されたも同然のため、それらの貴族の私兵も呪い師を探し回ったが、すぐに見つかるはずもなく、そうして探し回った事で余計に信憑性が高まった事を私兵を出した貴族たちは分かっているのだろうか。


さらにその次の日、国民が噂の真偽を確かめんが為に兵士たちを引き留めてはしきりに話しかけて仮面の女性と呪い師の捜索はほぼ出来ない中、今度は枯れた水源が復活したという報告が上がった。水源に近い村の者たちが朝起きると、川に水が流れ始めている事に気付き、水源を見に行くと、高位の妖精を連れた美しい男性がいたという。彼は名乗りもせずに消えたそうだ。


国の財政以外は回復傾向にあるが、国民からの王侯貴族に対する信頼は地に落ちる寸前だ。というのも、正体不明の人物達が現れて国民を助けて何の見返りも求めず消えるを繰り返す傍ら、この国の貴族は食料を自領の民に配ることもなく、求められれば何かを要求した。……元来貴族はただ働きはしないため、当然といえば当然だが、この非常時においてはそれはかなりまずい事な訳で……。


そして極め付けはあの侯爵令嬢である。侯爵に何度となく苦情を送ったが、親心か何なのか、王家に全てお任せしますとの返事しかなく、引き取りに来ない。それが分かっているのか弟王子に宝石やドレスを強請るのは変わらず、弟王子もこの国の現状は知っているだろうに、買い与えるのをやめない。邪魔なので近くに侍ってろとは言ったが、貢げとは一言も言っていないのに。お陰で国の金は減る一方である。


「……お疲れのようでしたら、日を改めますか?」


兄王子はその言葉に、自分が仕事に身が入っていない事に気付いて、すぐに謝罪した。相手は気にした様子もなく、心配事が多いのは仕方ないですと優しく笑う。

ほっとしつつ、相手の様子を伺う。


自国の事ばかりが仕事ではない。本来兄王子の仕事は外交だ。この日訪れているのは、この国が日頃農業や養殖業の分野で技術や知恵を借りている国の、その分野の第一人者である貴族だ。彼は最初、荒れ果て枯れ果てるだけだった広大な土地を、市場に出せば買い手が殺到する程質の良い作物を始めとして、その国の食料庫と言わしめるまでの豊かな土地にした張本人である。

帝国の一団が来るまでに先日までの惨状をどうにかせねばと頼ったのがこの人だった。

農作業をするからてっきり体格も良く、日に焼けた肌をしているのかと思いきや、本人は貴族の女性よりも美しい顔立ちに白い肌。研究職に就いている貴族と言われた方が納得できる風貌だった。

兄王子の驚きに彼は動じず、自分はなるべく国の中にいた求職者達に声をかけて働いてもらい、時々魔法を使って助けながら、指示を出していただけだからと言った。

その物腰の柔らかさや王族を前に堂々と冷静さを保ち、まるで対等以上の存在感を持っているその姿は、一国の研究者というよりは、どこかの王か王子だと言われた方が納得できる佇まいだった。


「私の知識程度で宜しければ、お使いください。この国の隣国の、小国のその隅の研究者に過ぎませんが、かの帝国から意見を求められるくらいには、この知識は価値があると知っておりますから」

「……帝国?」

「はい。最近は突っぱねる事も多かったのですが、どこから聞きつけたか、私がこの国に技術協力をしているのを知っているようで……」


困りました。と、彼は言ったが、兄王子はそれどころではなかった。帝国がこの国に何を求めているのか、分かった気がするのである。


「すまない。やはり話は後日に!それまでこの城に滞在していただけますか?!」

「……ええ、構いませんが」

「ありがとうございます!」


失礼、と急いで部屋から出た青年は知らなかっただろう。残された部屋の中、人当たりのいい笑みを浮かべていた彼の深紫色の目が、……全く笑っていなかった事など。


青年は王に技術協力者の話をして、帝国の狙いは、この国の再建に助力する代わりに、その技術協力者に帝国にも協力を取り付ける又はその知識を伝聞することではないかと伝えた。

誰だか分からないが、国の資源を回復してもらった今、帝国に援助を求めるとするなら金の問題程度であるし、資源を豊富にする術は技術協力者から得られる。もう帝国の目的などに怯える事もない。

彼らはもてなしの準備に意気揚々と取り掛かった。

次回はティアちゃん視点です!


読了ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ