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10、"愛している"は平和をもたらす。しかし"愛されたい"は争いを招く。

ティアちゃんの従兄たちの呼び方ですが、意図的に変えてる時があります。

ひとまず、おにい様は2人、おにー様が1人、にい様が1人。


ゼルビア様(教主さま)は、呆然として私を見ました。……何故初対面の人間の為に相手の願いに沿う形で私が働くというの。事情も状況も何も知りませんし、情のカケラもございません。それに成功率や合理性はどの程度かという所も考えた上で対処するものですのに。

これは……あれかしら?周りの方は昔からゼルビア様の言ったことであれば常に忠実に命令に従ってきたとか?まあ、お顔も随分神懸かった綺麗さですから、下心で動く人間は万単位でいそうですけど。……え?私くらいの令嬢は大抵傀儡のように働いてくれるって?


ハァ?多少ちやほやされたぐらいで何自惚れてやが……こほん、こほん。ただ麗しいだけで私に惚れてもらおうだなんて、あまりにも傲慢では?


私の世界の中には、従兄弟や再従兄弟、遡っていって叔父や大叔父、父、祖父、大祖父様に至るまで、皇族としての能力まで完成した美人が選り取り見取りな上に、それを見て育ってるんですから、ゼルビア様がいくら麗しくても、それだけじゃ私をおにい様達のように思うようには動かせませんわ。私を動かしているのは、おにい様達からの"愛"ですから。

どこぞの王子のように、美しさだけで、私が躍るとでも思うなよ?

(後からおにい様から聞きましたら、教主様が驚いていたのは、見た目は儚げな私があまりに強気できっぱりと言葉を使う、教主様の知るような令嬢とは違うからだったそうです。あらまぁ……。私をそこら辺の貴族社会にわんさかいる令嬢と同じにされてはそれはそれで屈辱なのですが)


私を見て僅かに教主が目を逸らしかけました。図星でしょうか。自信満々、余裕綽々で構えてる相手を動揺させ壊していく作業ってどうしてこう楽し……。けほけほ。あーあーあー。今日は喉の調子がイマイチデスワネー。

おにい様が小さく悪い遊びを王国で覚えさせちゃったかな?と生温かい目を私に向けてから、教主……ゼルビア様に向き合いました。


「……従妹(いもうと)が失礼しました。協力は惜しみません。最善手を考えるのに時間も要りません、が、私の欲しい情報が足りないので、一先ず王城と連絡を取りたいです」

「それは構いませんが……。という事は、王城に一度向かう、と言うことですよね?……信徒に見られたら、貴方方も拘束される危険があるので、再度私と会えるかは……」

「問題ありません。今この場で、王城にいる帝国の貴族と、それから王を交えて話をします」


自分が動けば動くほど、リスクが高まるのなら、動かずに世界の方を動かせばいい。そう何の迷いもなく言い放ったおにい様は、数年前に"国"で遊んだ時と同じような笑顔を浮かべております。あの時物凄く楽しそうでしたものね。再従兄とボードゲームをしている時くらい楽しいと言っておりました。

教主様はどうやって?と首を傾げます。


「そこは我が天使が。ティア」

「お任せ下さい、おにい様。さて教主様、この通信機器は、魔力を流した者達での会話を場所や時間を問わずに行えるものです。間にどれだけの距離や遮蔽物があろうと、すぐ近くにいるかのような会話ができます」

「……こんな小さな物で……?」


私が飾りの石の1つを取り外して教主様にお渡しすると、非常に興味深そうにそれを見ます。

私が取り出したのは、超小型の魔術通信機器です。おにい様と内緒話をする時用に大叔父様が作ってくださいましたの。その代わり実験の供給魔力源としてこき使われましたけれど。

私でも持ち運びしやすいよう、髪飾りとして付けていられるものにしてくださいました。髪飾りの一部で、ぱっと見は髪飾りについている宝石にしか見えませんわ。


「会話中は魔力を流し続けなくてはならないので、多少の疲れは覚悟してくださいね。相手もこの石を持っている事が通信の前提ではありますが、王には近々行きますよという意思表示として贈ったのでそこの問題はありません」

「おにい様、私は難しいお話は得意ではありませんので、やればいい事だけ後で教えてくださいな」

「それは……構わないけど、ティアはその間何を?」

「せっかく観光でこの国に来たのですから、ちゃんと見て回ろうと思いまして」

「でも……」


斜め後ろで存在感を極限まで減らした侍女を示しつつ、何かあれば連絡しますと言えば、おにい様は折れてくださいました。心配はご無用ですわ。知っておりますのよ?この小型通信機器が私の追跡用に作られた事は。いざという時の誘拐・拉致・監禁対策だそうです。今の今まで使われた事はございませんが。


「大丈夫ですわ。お話を聞く限り、信徒の方々は帝国貴族や帝国に所縁のある人間は襲っているようですが、私達は"王国から"来た旅行者ですもの」


もし襲われたらその時は、王国やその周辺国で布教活動が出来なくなるのですから、最も損をするのは信徒の方々です。


「……危ない事はしちゃダメだからね?」

「はい」


致しませんわ。私の実力と相手方の実力を比べてそこまで差は無いと感じたら手を引きます。一か八かの勝負は本当の大一番でしてこそです。魚の小骨が喉に引っかかった程度の違和感で、喉を切って取り出すような大手術なんてしないでしょう?


そんな訳で、おにい様達と別れて侍女を連れて街に出たのが小1時間ほど前のこと。それからお店や帝国以外の国が出店しているお店などを回り、色々聞けました。中でも1番大きな収穫は、探し物がひとつ見つかったことでしょう。あるのとないのでは結果は全く違いますから、幸運でしたね。

歩き回って疲れたので、休憩を兼ねて料理店へと入りました。

……そして、どこから嗅ぎつけたのか、彼は現れたのです。


「欲の為に争うこと。それは愚かな事です。

手を取れる相手なら手を取りましょう。

同じ言葉を話せる相手ならば、同じ人間ならば、理解できるはずです。同質になる事は出来ずとも、受け入れあい、同等だと認める事はできます。

それを我らが神は教えてくださるのです」


意外でしたわねぇ……。いくら国民の90パーセントが信徒とはいえ、……というか、まさか貴族御用達の料理店で、堂々と相席した上で神様のお話を始めるとは、驚きましたわ。

どうやらここの店主や、客である貴族たちも信徒であるらしく、当たり前のようにその様子を受け入れております。……他国なら、今頃兵に捕まっておりますわ。


「隣人に、家族に、ただ1人の尊き存在に、

捧げる愛さえあるならば、神は我々をこの世界の横暴から解放して下さいます」


教主様を見て育っているだけあって、話し方や間の取り方はとても似て見えます。けれど、"ただ似ている"訳ではありませんわね。彼は、意図して似せている。自身が心酔する何かと同じであろうとしている。


"同じ"では、自分の為にも相手の為にもならないというのに。


そういう意味では、無価値でしかないというのに。


「……質問してもよろしいでしょうか?」

「はい。もちろん。互いに疑問を解消し合う事が我々の平和の礎には不可欠ですから」

「神官様は神様に……ディゼスフィア神に愛されたいのですか?」

「愛されたい。成る程、確かに私たち神官は神に仕える事を生業としていますが、皆が皆、そうではありません。

我らがディゼスフィア教は、深い愛により、慈悲深く世界に平和をもたらしたその精神に深く共感し、教えを広めることを目的としているのです。

神の愛を求めるもの、その存在自体を精神の拠り所とするもの。そういった方々は愛されたいのでしょう。否定するつもりはありませんが、残念ながらそれは欲です。常に相手が、自分が捧げる愛と同等のものを返してくれるわけがありません。無心にただ心を捧げ、"神"の御言に忠実で、その望みを叶える。そういった私の様な信徒もおります。

無論、その中には、神に対して教えを授けてくださった事への感謝の為に祈りを捧げる事を主とする方もいらっしゃいます。私はこうして誰かにお話をする時には、併せてその方……教主様のことも少しお話しすることにしています。かのお方は、敬虔でありながらも神への愛を求め、同等を捧げている訳ではありません。かのお方は、感謝の為に昼夜問わず、祈りを捧げているのです。ただ純粋に。心酔するわけでも、依存をしているわけでもありません。あれ程深く信仰していながらも、己という芯を常に持ち、縋るなどという醜い姿を持たない。なんという高潔さでしょうか。全ての信徒たちはあのお姿に敬意を払い、その御心のように、感謝の為に祈るべきなのです。


……自分で語っておいて、こんな事を聞き返すのは無粋かもしれませんが、外国の方にこの話をして、普通に聞き入れて頂けたのは、初めてです」

「だって貴方は、神を愛しているわけでは無いのでしょう?」


私の迷いのない一言に、神官様は言葉を返せませんでした。図星ですのね。そこは似ていらっしゃいますわ。先程、教主様が驚いてらした顔とそっくりです。


「今の話だと、貴方が愛してらっしゃるのは、隣人であり、家族であり、教主である方でしょう?いえ、失礼。貴方にとっては、神に等しい……最早その方こそが"神"なのでしょう?」

「……その理解は、どこからきたのですか」


彼は先程まで滔々として、あれだけ教主様を神聖視するような言葉を発していたと言うのに、急に怯えたように私に問いかけました。

この"愛"は、中々に理解されにくいものだ。深すぎる。と、気味悪がられる事も多々ある。……そう言いたいのでしょう。


「私にも家族がおりますもの。

その家族への憧憬、尊敬、崇拝。それを何倍にもしなくては、表現するに相応しくない"愛"を私自身が理解しているというのに、何故貴方の"愛"が理解できないと思うのですか?」


違わないはずです。違ってると言ってしまえば、それは彼自身も間違っている事になるから。

聞いていてわかったことは、教主様の弟は、私と同じような人間だと言うことです。

嘘すら本当にする覚悟がある人間です。


……まあ、だからと言って絆される私では無いのですが。皆様知っておりますか?自身と同じ性質を持つ相手に対して抱く嫌悪感の事を何というか。私は彼にそれを抱いた訳です。

所謂、同族嫌悪というやつですね。

何でって……そんなの、私の方が圧倒的に、"仮面"も"本性"も丸ごとおにい様たちを愛しているからに決まっているでしょう?


彼は私と似たような覚悟を持ちながら、その覚悟には前提があるのです。"教主としての教主様"ばかりを見ている。だから、教主様が彼にとっての教主様で無くなった瞬間、覚悟なんて物は(ゴミ)となります。手で払えば軽く消え去る塵に等しい。

私はおにい様たちの"仮面"を幾度となく見て、それを相手に研鑽を積んで、それでもなお、おにい様たちを"愛して"います。


だからこその同族嫌悪。……ねえ、神官様?


「"家族"を想う。その"愛"は、異常ですか?」


私自身は教主様に何の情も持っていませんが、"模倣"は得意です。その分野を私に教えてくださったおにい様に言わせると、私は嘘でやり過ごすというよりは、本物にかなり近い状態で過ごしているらしいです。

まあ、表現技法の嗜みですわね。

先程会ったばかりですが、目の前の彼がやっていたよりも完成度の高い"教主様"を演じて、上っ面などではない、心からの疑問をぶつけると、分かりやすく動揺してくださいました。


「……い、いえ。そんな筈は、ありません。"愛"とは、平和には欠かせないもの……尊ばれる……。何者も踏み荒らす権利などない、そう、"貴方は"、言いました……!」


俯いて耳を塞いで頭を抱えて、震える。

だから私は、それだけは。

うわ言のように、"それだけは、しなかった"と彼は言いました。

成功ですわね。初対面の人間の"模倣"。


「平和に欠かせぬものが"愛"だというなら、お前の愛故の行動は、ただ利己的で、それは欲と同じではないか?」


これもまた、否定できないでしょうね。

必死に言葉を探している彼に対して、私は残念ながら、飽きてしまった。

そろそろおにい様も心配するので、帰りたいです。


「では何故貴方は、救われるべき罪無き人間の愛をいいように使い、本当の罪人にするなどという"争いの種"を振りまいたのでしょうね?」


私の言葉遣いに、今相対しているのが誰かを思い出したようです。弾かれるように私を見て、その反動で目の淵に留まっていた涙が頬を伝いました。


「貴方は確かに、愛されたいのですよ。

他ならぬ貴方の"神"に。それは貴方の欲であり、欲の為に、貴方は……」


その目は、言わないでくれと縋る敗者の目。

今まで私が遊んできた相手と同じ。ただ、珍しく同種の人間だったので、今回は飽きてしまったけど、まだ何か楽しませてくれるかもしれない。青褪める神官を前に、私は笑顔でお別れを言います。またどこかで近いうちにお会いすることでしょう。

侍女を連れて、席を立ちます。


「貴方は、敬愛し崇拝する"神"を、そのお方を裏切った」


またの布教、お待ちしておりますわ。


読了ありがとうございます!

そろそろ明るく軽快に、ただただティアちゃんに楽しく相手を墜としてもらいたい……。

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