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9、おにい様、目を逸らさないでくださいませ。紙の無駄だと思っても。



それは私がおにい様と共に、王国を出る前のこと。

あの王国での騒ぎの後、伯爵令嬢を王子の婚約者にしてしばらく経ちますが、どうやら思ったよりも順調に教育が進んでいないらしく、おにい様がお疲れ気味です。まだマシな精神をしてる真っ当な令嬢を選んだのですが、……これは、少々お話をする必要があるかもしれませんわね。おにい様の不利益は私の不利益ですもの。


本日は気晴らしに、おにい様が私のドレスを新調したいと仰いましたので、揃ってミセス・マリアンの所へ出かける予定なのです。手紙に目を通しながら、そろそろ時間だと分かりつつも目を離せなくなった"手紙"に、私が困っていると、おにい様が来てしまいました。


「ティア?出かける準備は出来ているかな?……って、この紙の束は……?」

「お手紙ですわ」

「……軽く辞書が出来そうだけど。……"彼"からかな?」

「はい」


おにい様は入室するなり、私が机に広げていた手紙を見て驚きました。書類の山にしか見えませんものね……。

すぐ片付けますと言いつつ、私が手紙の続きを読みたい気持ちが強いのが伝わっているようで、苦笑しつつもミセスとの約束の時間までまだあるから大丈夫だと言ってくださいました。申し訳ございません、おにい様……。


「……よくこんなに口説き文句がいくつも出てくるものだね。彼の語彙力はどうなってるんだろう。相変わらずの熱の入れよう。私の氷美の天使も流石に溶けそうかな?」

「ち、ちが、………………ちがいます」

「声が小さいなぁ。分かりやすい。可愛いね、ティア。……これ、そんなに面白いのかい?」

「……前に、その、……愛の言葉ばかり並べられても、困りますとお返事したら、……色々な史実や出来事を書きながらそれに絡めて、……言葉をくださるようになりましたの」

「はぁ、成る程。考えたものだね。面白い話や為になるような事なら、君はしっかり読んでくれるし、気に入れば再読もしてもらえる。流石我が再従兄」


伯爵令嬢の正妃教育が進まなくて暇だから、私が面白いと思った話を聞かせてと言われました。

私はまさに今読んでいるそれが面白いと思ったので、要点を纏めておにい様に伝えることにしました。時間があると言っても、お茶を楽しむほどの時間はありませんので。


「あるところに、悪魔と呼ばれた少女がおりました」


彼女の周りでは多少不幸なことが起きる事が多かった。幼少の頃は彼女が転ぶと周りにいた人間が後日怪我をしたり、彼女の大事にしていたものが傷つけられると後日誰かが原因不明の病気になったり。彼女が髪飾りを傷つけられると傷つけた相手の髪飾りが急に壊れたり。

その少女は何も悪くありません。偶然だといえばそれまでですが、気味悪く思う人間は多少いました。

それでも少女は普通に生きて来ました。

苦手な事にもきちんと取り組み、常に公明正大であろうとしました。その姿に惹かれる者は居ましたし、一目惚れというやつで婚約者も出来て、幸せになれるはずでした。

ですが、悪魔と呼ばれた彼女は伊達ではありません。

品行方正だったはずの彼女の兄弟が、婚約者ではない女性を伴って夜会に出たり、借金を抱えてもなお宝石などの装飾品を買い集めては貢ぎ、かつて賢人とまで呼ばれた父親は他国の貴族にその国の機密情報を流して国家転覆を狙ったとされ、婚約者には下劣な女だと言われ、棄てられた。

幸せの最中もたらされたそんな絶望的な状況。少女は国を追い出されました。


「……悪魔か。それは彼女の周りにとって、もしくは、……国にとって、かな?」

「はい。彼女のお話はここで終わりですが、国はその後、未曾有の飢饉に陥っており、今でもそれは解消されていないようです。なので、追放された時期と照らし合わせてそんな不幸を国にもたらしたのはその少女だと言われ、悪魔と呼ばれるようになったそうです」

「……へえ。果たしてそれは、少女が悪魔だったのか、それとも悪魔が少女を気に入ったのか、どっちだろうね。

……さてと、そんな手紙に添えられていたのは、大方そんな風に国を傾けるような毒婦であったとしても、自分はカティアを手に入れる……とかかな?」

「……ええ。まあ」

「……嬉しそうじゃないね?」

「……私、こんな惨めに追い出されたりしませんわ」

「ふふふ。それはそうだ。そんな事は私たちが許さない。元凶は見つけて吊るし上げて磔にして気の済むまでボロボロにして、君へ勝利と正義を捧げる。私たちのティアを、ティアを想う私たちを舐めてくれた事を後悔を通り越して絶望してもらわなくては割に合わない」


今回の王国の事は、ターゲットを王子にした時点で……というか、私が暇になった時点で結末は1つだけでしたものね。

半狂乱になった彼女の姿を見たのはもう1ヶ月も前のことですのね。……ああ、伯爵令嬢の正妃教育について、前回と言っている事が違うとお思いでしょう?見違えるような気品を持つようになったとは言いましたが、出来るようになったとは私一言も申しておりませんわ。人間は目的の為ならば多少の嘘は使います。最終的には本当にさえなればそれでいいのです。だからあの元子爵令嬢には、王子の婚約を伝える際にはほんの少し、未来の事を、言葉を選んで伝えましたの。貴女が1日受けてみただけでもう2度とやりたくないと王子に懇願し、私を側室にして私にやらせようとした事を、伯爵令嬢は逃げずに取り組み、貴女と違って真っ当に王子の隣に立とうとしております、と。ほら、現実と多少は違っても、間違ってはおりませんわ。私たちがこの国を出るときには、正妃になるに相応しい、家の格も、教養もマナーも揃った令嬢になっておりますのでご心配なく。


脱線いたしましたが、おにい様はそれなりにこの話を気に入ったようで、この話が書いてあるこの"手紙"を差し支えなければ後で貸して欲しいとおっしゃいました。……私は別に構わないのですが……。


「侍女たちに、部屋に運ばせておきますわ」

「……侍女"たち"?」


おにい様は首を傾げます。当然ですわ。だって……。


「……まさか、この書類の山って」

「……はい。お手紙ですわ。今日届いた1通分の」


おにい様、見ないふりをしないでください。この話の部分だけ貸してと言われても、最初から最後までこの手紙に目を通さないと、 話がわからないと思いますと告げれば、まさか、と多少顔色を悪くなさいました。


「……長過ぎじゃないかい?」

「短い手紙を日に何通も送らないでと以前手紙に書いたら、その次の手紙からは朝一番に書類の束で届くようになりました。彼の方、仕事もあるはずなのに、どうしてこんなに書く時間がおありなのかしら?」

「……書く方も書く方だけど、読む方も読む方だよ、ティア。机の上にある束3つですら書を作れそうな量だ。帝国では人間書庫とまで言われた君だから平気でいるのだろうけど」

「その呼び方、嫌いですわ。それに、読むだけなら誰だってできるでしょう」


拗ねないで、妖精さん。と、おにい様は私を嗜めます。


「私からも"彼"に言っておくよ。今度は長すぎて迷惑。可愛いティアの視線をせめて自分の書いた手紙の文字に長く留めておきたいのだろうけど、疲れて目が悪くなってしまうかもって」

「……別に、迷惑というわけでは」


ないです。と告げるも、あまり自信のない声になってしまいました。なんというか、再従兄からのこの手紙は、文字ですら熱を持っているように思うのです。


「私も大概だと思うけど、"彼"の執着は本物だよ。疑いようのない程にね。君の自由を縛らないのは、君がそれを望まないと知っているからだよ。君ははっきりと意志を示した訳ではないけど、一度"彼"から逃げた。でも"彼"は君を諦められない。君しかいないから」


私は、まだ12歳の頃に、帝国のとある方から、……いえ、最早物心ついた頃から、今に至るまで色褪せることのない熱烈な"愛情"を向けられてきました。

帝国において、祖先に似る者は稀に先祖返りといいまして(……特に、血が濃い程、それが生まれる可能性が高いのですが)、大体は例に漏れず、とある性質を持ちます。呪いにも似た、直しようもない、性質。

私が寂しいからという理由で嬉々としておにい様に付いて王国に行ったのは本当です。けれど、実を言うとそれだけではないのです。先祖返りの、"皇族の因子"と呼ばれる、呪いじみたそれから、逃げたくなったからでもありました。"彼"から向けられる"愛"を嬉しく思いつつも、信じ切れず、戸惑いを隠せなかったのです。


「君はこの国に来た時、"王命"によって婚約者にされた。その時、君が本当に嫌で嫌で、仕方がなかったのなら、"王命"であっても撤回させたんじゃないかな。

それをしなかったのは、その時君は紛れもなく、"彼"を怖いと思ったからだろう。逃げ道として、王子との婚約をそのままにしていた。まあ、これについては私も同罪だけどね。君が本当に望んでいるなら、それでもいいかとカケラでも思っていそうなら、手を回す準備すらしなかったよ」

「……」

「突き放すなら、徹底的に。それでも"彼"は諦めないだろうけど、君の気持ちは、迷うことは無いんじゃないかな」


おにい様がそういうのなら、そうなのでしょう。

でも、私が本気で逃げたら、再従兄はどうなるのでしょうか。最早呪いにも似た"皇族の因子"からは、生きては逃れられないというのに。


「まあ、ティアは優しいからね。だからこそ、ここまで気持ちをぶつけられても、君は怖いと思うのだろうし、素直に受け止められない。

でも、今はそれでいいんじゃないかな。何せ私たちは未だ未成年。それに対して彼はもう成人なんだから、多少なりとも我慢と大人の余裕を持つべきだ。その結果がこの手紙と現状を許していることに繋がってる。

ゆっくり考えよう。ね?


さあ、本当に時間だ。行こう」


おにい様にエスコートされて、ミセスの店へと向かう最中、少しだけ考えます。


家族への"愛"や"執着"。

肉欲の愛ではなく、精神的な愛。

世界すら変えるほどの"執愛"。


多分それを失う事こそ、私がこの世で一番恐れている事なのかもしれない。

従兄弟や再従兄弟、叔父達に、大祖父様達。その人達からの、形や種類の違う"愛情"。それが私を形作った。私を構成している全て。それらを失えば、同時に私は自分の事を肯定できないでしょう。しかしながら、それらが失われることは無い。私が私であるなら、それが損なわれる日は来ない。


だから私は私でいられる。どんなに醜い仮面の下だとしても、私は間違っていない。間違っていないから、自分を恥じる事も無ければ泣き寝入りする事もない。平気で嘘もつくし、苦手と言った謀だって、実は誰にも感知されないほど秘密裏に動く事に限定すれば大得意である。それこそ、……誰かの暗殺であっても。


初対面の教主様はまるでガラス玉でしたわ。噂によれば自分の穢れを映し出す鏡らしいですが、そんな生易しいものでは無いでしょう。鏡ならばまだ"実体"が有りますもの。

教主が目を離さないように、私も目を離すことはありません。私は私自身の穢れや嘘より怖い事を知っているのですから。


教主様はそして言ったのです。

私に聖女になって欲しいと。


ですから私は、こう答える事にしたのです。


「"聖女"は兎も角、神の御霊ならば最初からこの国におられるでしょう?」


教主様への返しとして、あまりに挑戦的な切り返しをしたから、おにい様は少し周囲を警戒いたしましたが、近くにいる信徒達に動きはありません。


「私は世界がひっくり返ろうが私です。聖女など以ての外。私は生まれてから死ぬまで、大切な家族の"愛"によって生かされたカティアという人間。

そんな人間の手で宜しければお貸ししましょう。


私と私の従兄達が、貴方の世界を望む形で壊して差し上げますわ」


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