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純愛者の誓願又は偏愛

活動報告にも書かせていただきましたが、昨日別作品と投稿間違いをしてしまい、楽しみにしてくださっていた皆様を混乱させてしまいました。申し訳ございません。


今日は間違えず投稿です!

よろしくお願いいたします。


僕の記憶の始まりは、神聖な場所であの人が神に祈りを捧げているところから始まる。僕の存在に気付かず、ただあの人は神と見つめ合っているように見えた。その姿の、なんと純真なことか。

僕をここに連れて来た有象無象が言うことには、僕とあの人は同じ人間から生まれたらしかった。まったく同じ血が流れているのかは別の話だが、幼い僕にはそこまでの理解力は無く、ただ、僕がその場の誰より、最も、その人に近いことはわかった。その日から、僕の世界はあの人が全てだった。

なぜ惹かれたのかは分からない。最初はただの興味だった。僕と同じ血が流れている存在。

それなのに、僕とはあまりに違う存在。僕が事あるごとに子供ゆえの失敗をする傍ら、あの人は何でもできた。まるで呼吸をするかの様に、当然のことの様に。信徒たちもあの人が特別である様な雰囲気だった。僕はあの人のようになりたかった。


憧れはいつしかもっと別の何かに変わった。教主の取り巻きで、そのおこぼれに預かり私利私欲を肥やしていた神官が、あの人と向き合った際に、目を逸らし、急に顔色を悪くして最後にはあの人に対して、額を床に擦り付け、赦しを乞う言葉を繰り返し壊れた様に呟き続けているのを見た時だった。最後には涙を含む身体の液体という液体を流しながら懺悔をしていた。それは中々に衝撃的な光景で、皆がそれぞれ感情を浮かべながら一様に驚きに身体を固める中で、あの人だけは動揺もせずにただ視ていた。いつもと何も変わらずに。漸く正気に戻った神官たちが急いであの人を不審物から隠し、騒ぎは沈静化したものの、それ以降あの人の空気は変わった。

今までどこか生命力のようなエネルギーを感じることのない、だが存在感は抜群という様子が、浮世離れした儚さに変わった。そこには居ないのに、居るような気がして、そこにいるのに、心地よすぎているか分からなくなる。そんな不思議としか言いようのないものだった。


この感情に答えを見つけるのは早かった。

僕の尊敬と憧れは、いつのまにか敬愛と崇拝へと姿を変えて、僕を作っていた。


あの人の見様見真似で祈り、言葉を発して、勉学に励み、生活した。全ての行動は、あの人に追従していた。あの人が僕の行動指針であり、判断基準。

あの人が祈りを捧げる存在は、神とはどんなものなのだろう。あの人があんなにも無心に祈るということは、それ程までにあの人にとって崇高な存在であるのだろう。僕は"我が崇高なる存在"の為に、生涯をかけてその名を、存在を、清らかさを、世界に知らしめるべきだと幼くして、理解した。


僕は度々、あの人に神について尋ねた。あの人はただ静かに質問を聞き、僕がいつでも神について調べたり問いかけられるように教育係をつけてくれた。僕は嬉しかった。これもまた"神"から与えられたものだった。僕は沢山のことを尋ねた。聞きすぎたのがよくなかったのか、その信徒は質問をいくつか選んで答えるようになった。"神"に仕えているというのに、何故理解していないのか。わからない事があるというのか。博識だと聞いていたから、僕は残念に思って同時にもっと"神"を知らしめなければならないと思った。神殿の中でさえこのような有様なのだ。神殿の外にいる者たちは言わずもがなだろう。

僕に共感する古参の信徒はあまりいないので、僕は僕自身で信徒を増やすことにした。

だがその上で、多少問題がある。


この小さな国は、2つの大きな組織で構成されている。1つ目は国という枠組み。この国の全ての人間のトップに立っているのが国王。そして、国民の90%を占める信者達のトップが教主。どちらも碌でもないやつだ。国王は教主の言いなり、それ故に貴族達は教主に貢いでいた。国政を都合の良いように動かす為だ。国王は唯一教主の強制再選をする権利を持っているが、現教主に挿げ替える信者を神官(信徒の中でも、神殿に住込み、信徒に説教を説く資格のある、上位神官)から選ばなくてはならない。しかしながら、次の教主を選ぶにしても、現教主以外の上位神官は、まじめに活動しているため、現王に目通りする機会はない(強制再選を恐れて教主が許可を出さない事も理由として挙げられるが)。よって現王は強制再選権を行使しない事を条件に、教主を含む全信徒の布教の活動の場を、ある程度限定する事にしていた。具体的には、帝国がその根の一端を下ろしている各国内でのみ、我々の布教活動は許可されていた。


問題という上では、最も大きいのが帝国の存在である。

この大陸で最も広大で豊かな地を持つ、文にも武にも優れた超大国。現皇帝とその血族は其々が各分野で天才と呼ばれるような人間らしい(僕に言わせれば何が天才か。ただの誇張表現でしかない)。

小国とはいえ国を玩具のように壊して再建したり、たった1人で魔術師の軍勢およそ3万人を制圧したり、戦いを仕掛けようとすれば仕掛ける前に国がそれどころではない財政難や災害に見舞われるように仕組んだり……。詳細は不明なものの、噂に聞く限りはそういった話が多い。あり得ない話だ。そんな事が常識的にあり得るはずがない。なのに現王はその帝国を恐れている。帝国が足を伸ばしていない国に布教活動をしてもしその国がこの国の属国のような形になると、帝国の機嫌を損ねると思っているのだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

……帝国はこの国の中でも幅をきかせている。この国に来る帝国貴族は多くないものの、どうやらこの国との交易を担当しているのは現皇帝の曽孫らしく、度々入国しては数日で帝国に帰っていくのを繰り返している、と入国管理の役を賜っている信者は言っていた。国王はその度に彼と話し合いの場を設けているそうだ。

主に、帝国の管理外の国にいた信徒のことで。ああ、忌々しい。大々的には無理ならば、少数精鋭に切り替えて、ほんの2、3人を交流のない地域に派遣して、細々と新たな信徒を獲得しようとしても、すぐに捕まってしまう。我々の布教の自由が、"神"を広く知らしめる素晴らしい活動が帝国のその存在自体によって、国王からも国外からも阻害されている。

……僕はこの現状を変えなくてはならない。


国王という、教主と帝国の犬は気に入らなかったが、三者の中で最も扱いやすいのは恐らく国王だった。僕は国王に手紙を送った。どうやってと言われれば、王宮勤めをしている信徒に渡せばいいだけの話だった。現在その信徒は王宮の様子を知る上でいい手駒になっている。

手紙には簡潔に、あの人の事を書いた。あの人の名前と、その存在の尊さを。ただただ神に祈る姿は美しく、教えを説くその声は何とも優しいあの人の事を。

国王は思った通り、直ぐに行動を起こした。

あの人を名指して王城に招いた。表向き、現在の神殿で最も敬虔な神官と話してみたいという理由で。もちろん、それは現教主のような人間でない事を会話から確認するためのものだ。教主はあの人が信心深い神官であり、教主に取って代わろうとするような考えをしない(実際に興味もない)ことを知っていたので許可を出した。恐らくそこには、いざとなれば教主に立てて傀儡にすればいいという余裕も含まれていたと思われる。


目論見は成功。ただ祈るだけ、説教をするだけの教主なら政に干渉して来る事はないだろうという事だった。理由はともかく国王は予定通りあの人を教主に指名することにしたようだ。1つ予定外があるとすれば、教主が僕を排除する気になった事だ。僕がいるとあの人を傀儡に使えないと思ったのだろう。実際そうだが。

同時に僕は憤りを感じた。教主も国王も、本当に碌でもない。どちらにしろあの人を利用する気しかない。


なぜこの世界には、"神"の素晴らしさを理解できない人間ばかりなのだろう。

その疑問にあの人は、我々は小さなものでしかないと言った。全世界からすれば、名すら知られぬ星の1つでしかないと。

あの人はそれでいいのだろうか。悩むこともあった。あの人がそう言うのなら、それは現状としては確かに正しいのだろう。

だが、あの人は未来のことを語らなかった。どうあるべきだとも言わなかった。ただ昔と同じように、僕の話を聞き、事実を述べただけだった。僕の行いを非難するでも、僕を危険だと思うでもなかった。それどころか、あの人は、僕を守ろうとした。ああ、やはり僕の信じる"神"は、素晴らしい。


あの人の汚点になるような物も、事柄も、僕は絶対に許さない。あの人が手を汚すような事は以ての外だ"神"に誓って、あの人は僕が守る。純真なるあの人を、穢らわしい人間がどうこうしていい筈がないのだから。

そして僕は排除される気は無い。我が"神"を世界に広く知らしめる事こそ僕の存在意義なのだから。その為に。

あの人も僕も、この小さな世界も害するような人間は、切り落としてしまった方がいいだろう。"神"が裁きを下してしまう前に。それが信徒たる僕のすべき事だ。


ある日僕は、すり替えたその瓶の中身を使って作らせた料理を食べていた。そこに教主の訃報が舞い込んだ。長年の不摂生が奴の身体を蝕んだように見えた事だろう。あの人は心優しくも、あんなのにでも情をかけて、少し気分を害して転んでしまい怪我をしてしまった。すぐに僕が部屋から連れ出して手当てし、その間に控えさせていた信徒たちに部屋を片付けさせた。


その後何の問題もなくあの人が教主となった。ああ、これで漸く、漸く活動の場を広げられるというものだ。教主が変わったことにより、国王が約束させていた信徒の活動場の制限を聞く必要は無くなった。恐らく国王はあの人が教主にさえなれば、わざわざ約束事で抑えずとも、大々的な広報活動はしないと思っていたのだろう。確かにあの人はしない。今までもこれからも。それどころか余りに目に余るような行動をすれば、それは争いの種になると、教えを説いて諌める事だろう。だが、止める気は無い。あの人は、敬虔で献身的な方だ。やり過ぎは諌めても、基本的な個人の自由を咎めはしない。

国王はあの人に対して切れるカードが無い。あの人はその地位に特に興味がない。欲しいと言われれば簡単に譲るだろう。前教主に取った対策は取れない。

自分に都合のいい教主になったはなったが、それはある意味都合が悪かった。それを嘆いたところで後の祭りだ。国王は動けないだろう。あの人が教主としていかに真っ当か、信徒たちは知っている。これでもしその座を挿げ替えようとすれば、信徒たちが黙っていない。国民の実に90%、一部貴族や富豪、商人など、国の至る所に、王の知らない間に、信徒はそこにいるのだから。


こうして我々の布教の制限が消えたのは喜ばしいことではあるが、そんな事はどうでもいい。この国の2つの主要な砦を無力化することには成功したのだから、あとは最終目的である、我が至高の存在を世界の一部などではなく、世界の全てとすることを達成する為に、帝国という支配者を排除しなくてはならない。これをする為には敬虔かつ僕に付いてこられる信徒たちで人数にすれば全信徒中(できることなら)6割という大多数が必要不可欠なのだが、彼らは彼らなりに意思がある。他国から移住してきた者は特に帝国を喰らい潰す気位の活動となれば尻込みし、又は逃げ出すだろう。

帝国を恐れずに立ち向かうほどの大義名分が必要だった。


初めてお会いした日から変わらずに……いや、ある時点から纏う空気自体が神聖なるものに変わっても、態度を変える事なく粛々と祈りを捧げ続けるその人。

神殿から僕が世界に呼びかける為国を出る前に、そして帰国して神殿に戻る度に、僕はあの人に倣って、祈りを捧げる。


神の像を前に跪いて祈るその人の数歩後方から、

"我が至高の存在"であり、

"神"である、

他でもない、あの人に。


隣国に出た際、"とあるもの"を見つけた。あの人には及ばないが、それに近い何かを感じた。同時に思った。

機は熟したと。

僕は準備を整えて、喜びとともに神殿へと帰った。変わる事なく迎えてくれたあの人は、"とあるもの"……僕が、"聖女"と紹介した女を見た。ただ静かに、穏やかに。

女にはあれほど目を逸らすなと言っておいたのに、耐えきれずに直ぐに視線を外した。まあいい。いざとなれば切り捨てる駒だ。戻れないところまでいってしまえば、"聖女"の存在が無くとも、僕の目的を達成できる。"聖女"の死すらも利用できる。


あの人は真っ直ぐに僕を見た。

言葉を交わしたのは、もう随分前のことで、こんなにも静かで、しかし聞入らずには居られないような響きだったか?とぼんやり思う気持ちがあった。その瞳の何と美しいことか。"鏡"、と、信徒の誰かがそう形容した。正にその通り。あの人は、あの方は、鏡のように自分の嘘を自覚させる。大抵の人間は直ぐに目を逸らす。自分の穢れから逃避する。だが僕は目を逸らさない。何故なら僕は間違っていないから。

僕の存在意義は、あの方を世界に知らしめること。その為の必要な嘘も排除も正しいことだ。例え大きな世界からすれば間違っていたとしても、僕は間違っていないと本心から言える。

あの方の為なら、どんなに汚く穢れた嘘も、全て本当にしてみせよう。この献身を、この心を、この愛を、僕は常に貴方に捧げる。

だから僕は、今まで一度も目を逸らした事はなかった。その日もそうだった。


あの方は、僕が大きな嘘を付いていることに気付いていながら、いつもと同じように僕を見て、そして初めて「おかえり」と言った。

報告、ご連絡をくださった皆様、本当にありがとうございます。


読了ありがとうございます。

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