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欠陥品の叛逆


"聖女"が現れたその日、弟は彼女と取り巻きたちを連れてそのままふらりと神殿を出ていった。密偵を送り込めば、帝国の代官を屋敷に拘束しているそうだ。それだけで済めばまだマシだった。弟達は次々と、帝国からの観光客や、貴族や、商人に至るまでを拘束し、人質のような形で屋敷に集めているそうなのだ。

私は信用できる信徒を連れて、自分の意思で、神殿を出た。

隣国に密偵を送り消えた貴族子女が居ないかどうかを探らせ、城に急ぎ報せを出し、帝国にもこちらに人をよこさないようにと警告を出した。


人の身で、それも人形のように生きてきた私に出来ることなど、ほぼなかった。私の世界は、私の望まぬ形で壊れる。

悪い悪戯を思いついた子供への罰にしては、スケールが大きくて、それはそれで笑えてくる。


「教主様、我々は、どうすれば良いのでしょうか」


私についてきて、私と共に逃げ、私の手足として動いてくれている彼らは、初老の男や女が多い。長く生きるが故にか、受け入れる度量が大きく、自らの穢れを知りながらも私から目をそらすことが無かった者たちだ。彼らは敬虔な信徒であると同時に、保身の仕方を心得ている。今私から切り離しても、後はうまくやっていくだろう。


「……弟について行ってもいい。あれは"聖女"を免罪符に、ただ突き進むだろう。弟が"聖女"を使っている以上、皆、教主の言葉など聞かぬさ。

私は最早飾りに過ぎない」


最早、というよりは、既に飾りでしかなかったと言うべきか。選んだのは私だ。教主になる事を選んだのは。弟を守りたいが故に、私は間違えた。弟の活動の傘に私がなればいいと思って居た。守りたいのなら、いっそ閉じ込めておくべきだったのだ。この国の中に。布教活動をさせる事なく、その命が終わるまで。

先代と会話をしていて、危険だと知っていた。だが弟の身の可愛さ故に、私は弟を生かすことにした。帝国が介入して、穏便に世界は終わると、高をくくっていた。その結果がこれだ。

このままだと私は管理責任を問われる。教主である以上、知らなかったとは言えない。

弟は直接帝国と交渉がしたいのだろう。だから帝国に関係する人間は襲っても、命を取らないし、この国の王家に対して何かするつもりもない。だが、王の放つであろう兵に私が捕まった場合、弟は"神の現し身"に無体を働いたと、信徒を連れて本格的に城自体を落とすだろう。そして国を乗っ取って仕舞えば、一宗教対帝国の構図は、神国対帝国という国家間の争いになってしまう。


それは流石に避けなければならない。私は弟が可愛いのだ。帝国と敵対してはならない。どれだけ信徒がいようと、帝国には勝てない。国同士でぶつかれば、間違いなく食われて終わる。それを私は"識っている"。


どんなに優れた軍師も、帝国の現皇帝の長男の家系の者に知略で勝つ事は出来ず、


どんなに名の知れた魔術師も、帝国の現皇帝の三男の前には子供も同然。


どんなに栄え富み、強国と化した国々であろうと、現皇帝の次男の家系の者たちにとっては、ただの"教材"に過ぎない。


帝国と敵対してはならない。では、私に何が出来るというのだろう。


「教主様、……ダイル・グランデ様からのお手紙です」


この国を"教材"にしている男からの手紙を城に送った使いが持ち帰った。流石に行動が早い。もう既に王城にきているようだ。


《多数の人民を預かる国の教主としての冷静な判断を切に願う》


……私は、あくまで教主であって、神でも現し身でもない。あくまで肩書きしかない、人の身で、私に出来ること。

隣国に送った使いの帰国を待ち、"免罪符"を無効化する。それくらいなら出来る、か?だが、どうやって?


「……ここより遠い王国に、知略に富んだ公爵と並外れた行動力を持つ令嬢がおります」


思考さえ止めかけた私に、そう言ったのは、先程私にどうするのかと聞いた初老の男たちの1人だった。


「……力を借りろと?」

「帝国の貴族の方に助けを求めれば、間違いなく暴徒たちに捕らえられるか、信徒たちが人質になり、関係が悪化するかのどちらかです。ならば王国の人間と協力した方がいい。信徒たちの中には入国管理をしている人間も多数おります。帝国からの入国を誤魔化せないなら、他国から叡智を受けるしかありません」


初老の男はそう答えた。そして、しっかりなさいと、壮年の女が私の肩を叩いた。……叱られたのは、多分初めての事だった。教主になって、私が選んだ側近たち。弟以外の側近たち。私から目を逸らさなかった者たち。彼らは常に側にいた。意見することもなく、教主であり続ける限り、共にあると言わんばかりにそこに居続けた。

飾りである事など、彼らは見て知って居たはずだ。それでも、ここまで付いてきた。私が教主であるからだ。


「出来るにせよ、出来ぬにせよ、教主様がしなくてはならないことはなんですか。


信徒たちの暴挙を抑え、帝国の人質を解放させ、然るべき罰を然るべき人間に下すことでしょう。

国民対国の争いであるうちに終わらせるべきです。

教主という存在は、信徒の総意。あなたは今何を思うのですか」


教主になると、決めたのは私だ。私は、教主として、これ以上の害を帝国に与える事や、弟たちを野放しにすることは望ましくないと判断する。


「私は、帝国との諍いを望まない。

私はあの"聖女"を望まない。

私はこれ以上の人の争いを望まない。


ディゼスフィア神は愛と平和の神。人の安住の地を与えし神。その神がこのような状況を望むはずがない。


あの偽りの免罪符を、無効化する」


それが教主としての判断だ。


「王国に連絡を取ってくれるか?」

「御心のままに」


その人たちが入国したのを確認して、私はそこで待つことにした。王城へと向かう抜け穴の終着点で。実際に彼らに会うまで、私は正直なところただいつも通りの教主ごっこをしていた。変に弟に警戒されても困るからだ。それに神殿の中は王族の手の最も届かない場所だったからでもある。教主であり、神の現し身である私を守る為に警護の信徒たちが増援されたのだ。……もちろん弟の差し金である。差し金という言い方は良くないとは思うが、弟が命令をして神殿に戦闘に優れた信徒を多く集めたのは事実だ。

私はただひたすら、動向を探られぬよう祈り続けた。

そして、待望の王国からの要人を出迎える為に、神殿を抜け出した。信頼の置ける側近たちと共に。


彼女たちに出会った時、私はいつも通りを演じて居たし、本当に、どうやって弟を止めるのか、免罪符を無効化するのかは決めかねていた。確かに信徒はいるものの、今外に積極的に出て布教に努めたりしている若い信徒達は、基本的には弟に従っている。信徒内の古株と呼ばれるような者たちは私につくが、弟の布教で入信した者たちは弟を支持しており、全体的な割合で見た場合、私の支持者は弟より少ない。だから言葉で制御が出来なかった事も弟や信徒たちを止める力がなかった理由として挙げられる。

しかし、王国から遥々やって来てくれた彼らに会って、方法が一つ決まった。教主として、これならば間違いないと、そう"あの方"が私に囁いたからである。どうやら私は、人形ではなかったらしいと、後から気付いた。

真っ直ぐ見つめたその先で、令嬢は私から目を逸らすことなくそこに居た。


「偽りの聖女から弟を取り返し、教徒や信徒たちの暴動を鎮める為に、君に聖女になって欲しい」


教主である以前から信徒である私は、何の迷いもなく、そう言い放った。

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