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欠陥品の懐古

今日は夜にもう一度更新します。


教主か、それとも側近か。

選んだのは私だ。


物心ついた頃には、私の世界は神殿の中だった。広く大きな、神の像が鎮座された祈りの間で、朝から晩までただ、ただ、祈る。

何に祈っているのか、何で祈っているのか、そんな事は分かっていなかった。

教育を受け、私が何に祈っているのか、何で祈っているのかは理解させられた。

私が祈っているのは、かつて平和をこの世界にもたらした神。

私が祈っているのは、私がその神を祀り始めた家の子孫だから。

環境が、生まれた家が、私の人生の在り方を決定していた。私の意思など関係なく、そういうもので、そうあるべきで、そうしなければならない。……全てが、決定の上の事だった。


大人たちは総じて都合のいい嘘で私の世界を構成した。私という血を絶やすわけにもいかないから。重要なのは血であって、私では無い。でも私はいなくなってはならない。だから、大人たちにとっては都合のいい嘘で私の世界をつくった。……多少考えられる頭があるなら、すぐに嘘だと気付くが、その頃にはきっと私が心から神に仕える信徒の1人になると大人たちは思っていたのだろう。

私は特に思うこともなく従った。求められればそれを行った。周りの人間たちはいつしか私が、本当に神を愛し、信心深い人間であると思ったらしかった。

当の私は、そんな事をカケラも思っていなかったというのに。それまでも、それからも。ただの機械のように、心の伴わない作業をしていたに過ぎないのに。信仰という点に関しては、欠陥品であったというのに。

その頃に気付いたことがあった、後ろ暗いことや嘘つきは皆、私という純真無垢で穢れのない人間と目を合わせていられない事に。誰かが言っていた。私は汚れも傷もない鏡面のようだと。だから私を見るといかに自分が汚れているかを考え出して、目を逸らしてしまうのだと。


なんと迷惑なことか。勝手に私を姿見代わりにするなんて。でも、それはそれで都合が良かった。目を逸らさない人間は、たとえ汚れ仕事を負ったような人間であっても、芯が一本通っているがゆえに、折れない強さがある。信念がある。そういった人は、信用していい人だ。それがわかったから。


暫くして、私と共に祈るようになった子がいた。私の弟らしい。彼は最初戸惑っていたが、私がいつも通りに像に向けて祈りを捧げると、真似をして祈った。それが始まりだった。


親鳥についてまわる雛のように、彼は私の真似をして祈り、食事し、勉強し、また祈った。そうしているうちに、彼から私に話しかけてくるようになった。

「かみさまはどんなかたですか?」「かみさまはぼくたちにへいわをあたえて、いまどこにいるのですか?」「かみさまのこえがきこえるのですか?」「どうすればかみさまがみえますか?」

彼は私と違って、心から神の存在を信じ、神に愛されたいと思っているらしかった。それ故に教育係に神について余りにしつこく問いかけては迷惑がられ、周りの信徒たちを巻き込んで、布教活動を大々的にやるべきだと声をあげるようになった。


神殿の大人たちは世界を広げることもまた必要だと、ある日私を連れ出して、王城へと向かった。この国は国民の90%が信徒。それを総括している教主の意見は絶大だ。他国との関わりの際には、教主の意見を王が聞いて、判断をする仕組みになっている。どうやら私は次の最有力候補であるらしく、顔合わせが必要だったが故の外出だったらしい。

その日のことはあまり覚えていない。王と王妃がいて、挨拶したことくらいだ。王子は側近とともに帝国に留学中だと言っていたことくらいしか印象に残っていない。なぜわざわざ帝国に学びにいく必要があるのかと、それを、顔合わせの後で感想を聞かれた際に教主に問えば、帝国の恐ろしさを知れば、王家はこの信徒たちをなんとか抑えるだろう。これはその為に必要なことだと言っていた。

保守的な人間だからか、又は保身が得意な人間だからか、この教主は生きのこる最善を分かっている男だった。

「おまえの弟は、いつか帝国を討ち亡ぼすくらいの信徒を集めんとするだろう。あれは信心深すぎる。お前はただ祈るだけだから、他国に実害は出ないだろう。しかし、あれにお前を黙らせるだけの大義名分ができる日がくるかもしれない。……芽は早いうちに潰して置かなくてはならない。斯くなる上は……」

あまりに突飛な発想だ。弟はたしかに、神に仕えるという生き方を愛している。溺愛だ。だからといって、そのために他者を害するようなことはしない。私は考え過ぎといって丸め込んだ。その頃には口も良く回るようになっていた。そうしなければ、弟が危険に晒されると理解したからだった。


「なぜ、神さまがいかに素晴らしいのか、みな、理解しないのですか?」

大体、7年ほど前だろうか。弟が私にそう聞いたことがあった。だから私は答えた。

「世界は本来広いもの。私たちの思想はあくまで1つの考えであって、全てではない」

それは私にも言えることで、私は記憶のある限り、神殿の外に出たことが無かった。一度王城にはいったものの、あれだって神殿の前に付けられた馬車に乗り込み、特に窓の外を見ることはなく、用事を済ませて、まだ同じように神殿に帰っただけの話だった。弟は度々布教のためと外に出ることも多かったが、心の伴わない布教に意味はない事を私は知っていたから、自分から神の教えを自主的に説くなんて事を私がすることはなかった。弟がそれでも私を慕ったのは、恐らく有象無象と同じように、私が信心深い人間であるが故に、神の素晴らしさを伝えるよりも、神に感謝をする為に祈る方が大事だと考えていると思ったからだろう。自身が神に忠順であるが故に、私という空の人形に気付けなかった。私は弟にとっても完璧な信徒であるらしかった。


ある日、先代の教主が亡くなった。

まあ悔いはないだろう。あれだけ好き勝手生きていたのだから。一体どこからそんな潤沢な資金を手に入れていたのかは知らないが、その人の部屋には毎日違う見目麗しい女性が入っていくし、その人たちが人目を避けて出ていくときには見るからに高価な宝石や装飾品を持っていたし、食べる料理や飲み物も、普通であれば手に入れられないような物ばかりが、当たり前のように教主には届いていた。

大凡神に仕えるなんて言えるような男ではなかった。その頃には説教や祈りを含む実務や神殿の管理、寄付などの手続きを含め、業務は全て私を中心にして弟やその他の信徒たちで問題なく回っていた。正直いつ信徒の誰かに殺されても不思議はないような男だったが、日頃の不摂生が原因だと誰も信じて疑わなかった。当たり前だ。

先代の死亡が確認された時、その人は自室の、これまた高価な革張りのソファーに倒れた状態で、足元にも机にも大量のワインがあった。その手にもワイン瓶が握られた状態だった。教主は飲み過ぎによる、アルコール過剰摂取により死亡したのだ。それは事実であり原因なのは間違いなかった。誰も疑いようのない死因だった。私もそれを確認して、足場の悪さやその場のあまりの空気の悪さに転んでしまい、教主の手にあった瓶を叩き落としてしまった。その瓶が割れて私が怪我をしたので、信徒たちは直ぐに片付けを始めた。

……もし、その時に手に持っていた瓶の中身が、数滴でも残っていれば別の判断が下されたかもしれないが。


さて、とにかくその先代が死んだ時、私と弟のどちらかを教主にと推す声が強かった。

感情も無ければ神への畏敬なども全くないがそれには誰も気付かず教主としては完璧な私と、神への畏敬やその献身はこの国一と言ってもいいが教主としては少々カリスマ性が足りない弟。

どちらを皆が推すかなど、わかりきった事だった。傍目には弟と同じくらい信心深いと思われている私は、まさに教主として完璧だったのだから。弟すら、私が信心深いと信じて疑わなかったのだから。


……それでも、私は選ぶことが出来た。弟を教主として、私がその補佐に回ることだって出来た。そうしなかったのは、ちょっとした私のこの小さな世界への悪戯のようなものだった。


神をカケラも信じず、その信念も存在もその辺の雑草と同じくらいどうでも良いものと思っている人間が教主をしているなんて、普通あり得ないだろう?あり得なさすぎて笑えてくるだろう?先代がまともでは無かったが故に、新たに相応しいものを教主としたのに、その教主もまた神などへの信仰のない不遜な輩だなんて。


小さな世界への反抗。初の反抗期。まあ、そんな事に気付く人間はいなかったが。

そして私が教主になり、弟は私の側近になった。弟は別段悔しそうでもなく、ただ私が教主なら安心だ。その分自分が世界中に、考えを広めて、そしていつか、この世界を1つにすると言った。


私は表情こそ穏やかに微笑って受け入れるものだったが、その内心は、少しの警戒心を持っていた。弟は、愛する神を、世界のうちの1つなどではなく、世界の……それも全世界の全てにしたいのではないか。そう思ったからだ。だが、それもあくまで警戒心程度だ。確信しても慌てる必要は無かった。なぜなら私のいる狭い世界の外には、清濁併せ呑む帝国という世界がある事だけは知っているから。かの国であれば、いざとなればこの国ぐらい、宗教ごと丸呑みにする事だろう。そしてそのまま消化され、一が全になることはあり得ない。だから私は教主ごっこを続ける事にした。弟が布教活動の範囲を着々と広げていくのも、それにより増えていく暴徒のような布教すらも、黙って見過ごした。この小さな世界による大きな世界への攻撃を、帝国から送り込まれている管理者が消し去り解決していることも知り隠しながら、ただ教主ごっこを続けた。堪忍袋の緒が切れれば、帝国が動き出す。そうすれば終わりが訪れる。それが私の世界への私の反抗。意思のない私の終わり、私が初めてこの世界に望んだ事。それが漸く形になって、目の前に迫っていた。


私は楽しみにしていた。その日を。今や国民の90%を占めるのが私の教徒たち。……私を信じ込んだ憐れな人間共。その世界が、帝国の介入で崩れ、最後に信徒たちは私に縋るだろう。

そうなれば、私は最後の最後に、その信徒たちに最上の笑みを浮かべて、教主の冠を踏み付けて言ってやるつもりだ。

「私は神など信じていない。ただ、教主ごっこは楽しかったよ」と。


私という人形が世界を壊すその瞬間が見たかったのに。


……ある日、隣国に迷惑活動(布教)をしに行っていたはずの弟が、妙に嬉しそうに帰ってきた。私は嫌な予感がした。

弟とその取り巻きに護られるようにして、我が神殿に足を踏み入れた女を見て、弟への警戒心が危機感に変わった。


「教主様、神は我々に、悪たる帝国を撃ち砕けと、希望を下さいました」

「は、はじめまして……。シエスタと、申しますの……」


「…………彼女は、何だ」


「嫌ですねえ、決まっているじゃないですか。

"聖女"ですよ」


"聖女"として紹介された彼女は、聖人というよりは、どこかの貴族令嬢のようなマナーを守っていた。偶にこの神殿にやってくる令嬢達と似ていた。


「……彼女とはどこで出会った?」

「隣国の神殿に向かった際に、女神像を供えたら、急にそれが光りだしまして。光が収まると、そこに女神像は無く、彼女がいたのですよ」

「……彼女は神から何か御言をいただいたのか」

「いえ。ですが、我々は女神像を供える際、我々が支配から世界を救うためとなるようにと願いました。そして現れたのが彼女ならば、神はそれを望んでいるということでしょう?」

「……そうか」


私は"聖女"を見た。彼女は私を見つめ返し、そしてその瞳に恐怖が浮かんだ瞬間、私から目を逸らした。

私のよく知る、嘘つきの目だ。


「彼女を使って何をする気だ」

「世界を変えます。支配を終わらせ、教主様が神の御心を伝えるべきなのです。

貴方は、この世で最も神に仕え、心を通わせる写し鏡。

教主様、私は"聖女"と共に、貴方に世界を捧げましょう」


弟は目を逸らさなかった。私を真っ直ぐに見つめ、散々隣で見てきた、神像に向けていた憧憬と献身と崇拝の目を、私に向けていた。

読了ありがとうございます。

夜も教主様でいきます。


…最近、スッキリ系のざまあは私にかけるのかという疑問が頭の中をぐるぐるしてるので、もういっそ開き直って面白いと思ってもらえるような作品がかければあとはどうでもいっか!くらいに考えることにしました。

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