純真無垢には程遠い
レビューいただきました。ありがとうございます。とても嬉しくて暫く震えが止まりませんでした。
さあ、ぼちぼち始めましょうか、第2幕
これはある王国で起こった婚約破棄の件について、俺の勝手な独り言だ。
俺はある王国の人間でもなければ、その時理由があってその場に居た人間でもない。詳細は知っているが、それでも断片的に、手紙で知るだけの話だ。しかし、一応身内が関わっている以上、俺を含む親類一同は詳細を知っておくべきであるために、報告書なら俺が書くのが妥当だろうと、他の従兄弟達に送られてきた手紙を押し付けられた。こうなる事を最初から分かっていて、同い年の従兄と2歳下の従妹は、全ての手紙に、満遍なく、上手く拾い上げて繋げ合わせると、全容が明らかになるように情報を断片的に書き込んでいる筈だ。
絶対に同い年の従兄の入れ知恵である。従妹は基本的には良い子だから、報告書をまとめる際に面倒になりそうな書き方はしない。ならば相当暇だったか、それとも性格がかなり歪んだかのどちらかだろう。
「……まあそりゃあ、変な方向にも歪むよな」
どんなに蝶よ花よと育てられたとしても、注がれる情の殆どを占めているのが"彼"からの愛情であるなら、何処かで歪んでないのは逆におかしい。その場合見た目は変わらないが中身が違う、なんて事を疑うべきだろう。従妹が皇族的には真っ当で、一般人としては外道になってしまっていても、それは微塵も彼女自身のせいではない。立場と、教育に関わった人間が少々アレだったせいで、多少悪い息抜きの仕方を覚えただけだと俺は思って可愛がってるし。真っ当な方向で。
手紙の山にイラつきつつも、終わらないと面倒なことになるのが分かっているため、紙にペンを滑らせ始める。
事の始まりは、王子が子爵令嬢に誑かされたこと。
そこに関しては、王子の心を留めておけなかったティアに問題があると言われそうだが、そもそも、こちらとしてはその婚約を微塵も望んでいなかったので、非難されても困る。
では何故婚約させたのかといえば、同い年の従兄を追って出かけた罰でしかなかった。その程度の意味しかこちらとしては持っていなかった。王たちは婚約したら婚姻は当たり前だと思っていただろうが、王命の中に、婚姻なんて言葉は入っていない。婚約は許しても、婚姻は許さない。つまり結婚などさせる気はさらさら無かった。もしあのまま上手く仲良くしてたとしても、手を回して破棄に持って行く流れは決定していた。その事をあの従妹が気付いていなかったとしても、従兄は気付いていただろう。
そして、従兄はそれを上手く利用した。どうせなら王子側に非がある状況での婚約破棄を狙っていたのだから、当然だろう。好機をみすみす逃すようなお人好しじゃない。従兄弟妹の中にはわざと逃して更に大物を釣るために餌にするような輩はいるが、今回はそれで釣れるのは頑張っても王子の廃嫡程度だろう。旨味がないし、そもそもその国の担当は同い年の従兄なので手出しはしないのが暗黙の了解だ。
……ああ、嫌になる。ただの報告書を作るのにすら従兄弟たちに関しての俺の推察が入る。そのせいでいつも報告書は膨大になり、最後に削り落とす作業が入るのだ。最近は削り落とすのを前提で書き綴る方が、最初から気を付けて書くより楽であることに気付いた。作業効率は悪いはずなのだが、どうしても従兄弟妹たちに関して物申したい気持ちは消せないのだ。アイツら濃すぎるんだよ。全員が全員違う方向に厄介ってどう言うことだ。
「……頭痛え」
「大変だね。でも早く書き上げないと、僕らの"王様"が夜も寝かせてくれないかもよ?」
「ああ、残業の書類仕事で忙殺されるだろうな。所で何で当然とばかりに俺の部屋に居座ってる?」
つい先程まで、俺の執務室には人はいなかったはずなのだが、俺が手紙の山に対して深い溜息をついて顔を上げたら、そこには従兄弟たちが居た。ソファーに座り、さも当然のように用意されていたお茶や菓子を食べている。
「分かっているなら頑張れ頑張れ。君ならできるさ。……このクッキー美味しい」
「「にいさまぼくらもー」」
「はい。食べ過ぎると怒られるから程々にね」
「「はーい!」」
いや、無視すんな。
この自己中マイペース共め。
言葉に出すものの、それを聞くかどうかは勿論別で、そもそも俺の言葉を聞くはずもない彼らに何を言っても無駄だ。癪ではあるが、彼らを追い出すよりも先に報告書を片付けて同い年の従兄に華を持たせるような報告書を皇帝に届け、帰国許可を貰わないといけない。そうしなければ今この場でクッキーを齧っている従兄が言ったように、アイツが来てしまう。
気を取り直して、続きに戻る。
王子に近づいた子爵令嬢、それを苛めてティアの仕業に見せかけた侯爵令嬢、ティアとの婚約を破棄させたかった従兄による噂。それらが上手く絡み合い、作用しあって、卒業式での婚約破棄に繋がった。時と場所を考えろと思うが、その後に控えていた成人式の場での婚約破棄にならなかった事に関しては良かっただろう。これをぶち壊していたら、今はもう王子を名乗れていなかっただろうから。
しかし、ティアに対してやってもいない罪を理由に婚約破棄を一方的に行っておいて、あの従兄が許すはずがない。
あの従兄がこの騒動の台本を書いたのなら、王子は寧ろ被害者なので俺としてはそこだけ見れば同情を隠せない部分もあったが、他の従兄弟に送られた手紙には、ティアが実体験した正妃教育の滑稽さや、学能の低さや、王子の態度など、ティアの従兄弟たちとしては許せないような内容が其処彼処にあったようなので、同情と呆れで相殺。プラマイゼロだ。
ティアは12歳で王国に渡るまで、各分野ごとのプロフェッショナル達と対等に話ができるレベルの皇女として生活していたのだ。その程度の事はただの時間の無駄でしかない。帝都で学習した事の復習にもならなかっただろう。だから、暇過ぎた。その暇をもっと有効に使う事だって出来たのに、王子の婚約者という立場では出来なかった。そこが一番腹立たしい所だろう。
俺もティアが王国で、帝国にはないような有益な情報を仕入れてくるのではないかと期待していたのだが、それを潰されたので多少の怒りはある。
…………従兄弟の中で、一番可愛がっていない自信はあるが、従妹が冤罪かけられたり、不利益だった場合はもう少し俺も怒るのだが……何故だろう。従妹自身が可哀想とは微塵も思わなかった。……嫌な予感がするからこれ以上は考えないでおこう。
そんな訳で、表向きは完全なる被害者面で王子たちからの冤罪を晴らし、常日頃から処分しておきたかった家を数個、合法的に潰して、更に使える人材は帝国に送るという仕事をした。
濡れ衣着せなきゃ多分普通の婚約破棄で終わって、強いて言えば帝国から今後数代突かれるだけで終わっただろう。……どっちに転んでも俺は嫌だけど、どちらにせよ、子供の遊びで一国を壊して作り直すなんて事をした従兄の餌食になる未来しかなかった。従兄の父親がその国の公爵位を持っていたことを恨むしかないだろうな……。
大量の手紙の束をそれぞれ従兄弟たちに魔法で送り返した。報告書に必要な情報が取れれば後はいらない。そもそも、こんなに膨大な手紙の内容を一言一句きっちり隅まで、1日で読み込めるわけがないだろうが。人間書庫と言われた従妹じゃあるまいし。
「終わったかい?」
「今から削る」
「仕事が早いね。流石僕らの中で唯一皇帝の政務を任せられるだけの事はある」
「……おい」
双子もいるのを忘れるな、と顔を上げたらそれは杞憂で、双子は来た時と同じように、忽然と消えていた。転移魔法の痕跡があるから、目の前の従兄がアイツらの部屋に送ったのだろう。
「僕しかいないんだから気を張らなくていいよ。ちゃんと結界は張ってある。会話は聞こえていないよ」
そうだけどそういう問題じゃねえだろ……。バラすなよ、と念を押せば分かってると軽く返ってくる。だから余計に心配になるって言うのに。
「口止めは僕よりティアにするんだね。多分最初に気付いたのはティアだったよ。手紙や書類から推測したっていってた」
一言も書いてないはずなんだが。手紙や書類から推測ってことは、気付かれたのは間違いなく仕事を始めてからだ。ティアが王国に行った直後に俺は大祖父に書類仕事丸投げされるようになり、そもそもティアが帝国を出るまでまともに手紙を送った事もなかったからな……。俺が作った手紙と書類を見る機会があったのは王国に行ってからだったはずだ。
「可愛いねぇ。僕らの従妹は。僕なんて全然気づかなかったよ。筆跡や感じは変わらなかったから。じゃああの子は何で気付いたんだろうね」
この従兄の"可愛い"には多分に意味が含まれている事に気づいたのはいつだっただろうか。
「君はどう思うのかな?」
「……ただ純粋に、よく見てたんだろ」
時も場所も選ばずに、予想外の方向から敵意を向けられることは少なくない。女性なら特に。彼女に細心の注意を払って生きることを教えた身としては、生温い場所にいても警戒を忘れていない所に関しては素直に褒めたい所ではある。しかし、これがバレるのは少々……困る。
「まあでも、ティアなら下手な事はしないと思うよ。僕がそれを知った手紙は、僕が読んだらすぐに灰になった。そういう風に魔法がかかっていたからね。
あの感じだと、知っていた方がいい人物にだけ手紙を送ったんじゃないかな」
となると、再従兄と叔父、大叔父も知っていると思った方がいいな。
「それでも知ったのは本当に最近だよ。例の騒動が終わった後だった。……という事は、これから何か起こるのかもね」
「やめろよ……。本当に何か起こったら」
どうすりゃいいんだ。と、台詞すら言えなかった。
俺が担当している国に居ない時に仕事をやらせている代官に付けていた秘書が、だいぶ急いで、真っ青な顔でやって来たからだ。
……嫌な予感しかしねえ。
「ご報告申し上げます。
神官が聖女を召喚し、その聖女と神官達が、代官を拘束、人質に取り、帝国は支配をやめろと訳の分からない事を言っています」
「嘘だろ……」
嘘じゃねえだろうけど、嘘だと言って欲しい。あの国は宗教を広めようとし過ぎて他国にかなり迷惑な布教活動をしている。それを国として謝りつつ他国での活動を抑えさせて、あの国に押し留めるのが、俺の主な仕事なのだ。
「聖女の召喚って事は、布教活動を促進させる気しか無いだろうね。喚んじゃったならどうしようもないなぁ!あははっ、だから神国は嫌だって大祖父様に言っておけばよかったのに!」
そういえば、担当国選びの際、再従兄も従兄も普段は皇帝に媚びたりしないが、何故か神国以外のどこかの国について情報を集めて、この国に興味があるって伝えてたな。俺は特に興味がある訳でも無かったから、従弟達に残すには可哀想な神国を選んだんだが……。失敗、だったか……?
「まあまあ、君が選んだ時点では、そんなに強行な事をするような国じゃ無かったし、宗教が余りにも強過ぎなければいい国だと思うよ?」
「現実問題として、それが帝国の害になろうとしてる。ならいい国なんて評価はできねえだろ」
違いないね、と従兄が笑う。秘書が焦ったように俺の名前を呼んだ。
「一先ず、状況確認からだな」
「じゃあ行きなよ。報告書は僕が提出して置いてあげるから」
「……変な事すんなよ?」
「やだなぁ……。僕は意味のあることしかしないよ」
タダ働きは嫌いだけど、やらなきゃいけない事はちゃんとやるの、知ってるよね?と言われた。嫌な予感しかしない。だが時間もないのは事実だ。
「頼むぞ」
「大丈夫。任せて」
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秘書を伴って慌しく出て行った従弟を見送り、彼の書いた報告書を読む。え?添削だよ、添削。
起こったこととそれに付随してそれがどう仕組まれたのか、誰が関与しているのか、すぐに見てわかる報告書。真面目な彼らしいね。
けど、詰めが甘い。この報告書が提出される前に別件で報告書ものの事件が起きちゃったんだから、それについての一先ずの所見や対応策を別紙に纏めて報告すべきだよね。どうせ報告書を上げるなら、なるべく済ませられるものは済ませた方がいいんだから。
「さてと、じゃあ、とりあえず……。
"国を立て直す力に長けたトーリと、王道から裏道まで精通したカティアの協力は、この一件の解決には不可欠であると思われる。至急彼らを帰国させるべきと判断する"っと……」
報告書を持って、部屋を出る。
孫たちと遊びたいなら、彼に執務を回さずにちゃんと自分でやってくださいね。と、大祖母様に言ってもらおう。
僕の遊び相手を面倒ごとで忙しくした責任はちゃんと取ってもらわなきゃ。
可愛い従妹は言うだろう。
退屈は人を殺すと。
とても可愛い従妹だよ。親愛で言えば、僕も彼女を溺愛している人間の1人だ。でも、僕らは皆、彼女を愛しているけど、その本質まで理解した上での愛なのさ。
美しい容姿、洗練された所作、頭の回転は早く、皇族として完全であるのに、人の命が関わるとどこか甘い。自ら動いて誰も気にしないレベルの減刑をしたりすることは度々ある。そこまでになるまで、僕らが作り上げた作品みたいな従妹を愛さないわけがないだろう。
まあ理解しなくていい。実感すればわかるだろう。
完璧な令嬢としての顔に絆されたら終わりだ。そして終わって気付く……純真無垢には程遠いと。
……スッキリ系ざまあ、かいてみたくて。(書けるとは言っていないし、なんならティアちゃんたちはふつうに真っ黒だけど)
頑張って書くのでお付き合い頂ける方、よろしくお願いいたします!




