表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

公爵令嬢レティシアの嘆き

作者: オブシディアン

2018/4/12 誤字訂正(ご報告ありがとうございます)

また、コメントにてご指摘がありましたが、本作は随分前に設定を考え、書き上げたものです。

連載作品ではなく短編として掲載した理由として、本作は設定を考え思い付いた場面を書いてはみたものの、最後まで書き上げるには行き詰まってしまい、もし続きを書くとしても色々と変更が必要になると考えました。そこで半ば供養のつもりで作品を掲載しました。思わぬ評価とコメントをいただき驚いております。自分でも書き上げられる自信がありませんが、御要望があるのなら出来る限り設定はそのままに新しい作品を書くつもりです。

コメントを下さった皆様、閲覧下さった方々、本当にありがとうございます。

 まずは自己紹介を。わたくしは、レティシア・エレニツァ・ヴィラ=ブリュネル。

 今まさに貴族令嬢として培ってきた全てを投げ捨て、両手で顔を覆い、天を仰ぎたい衝動に駆られています。ええ、もちろん感動したわけではなく、盛大なる絶望と呆れを以て。


「レティシア嬢、しっかりしてくれ。気持ちは分かる。とても理解出来るが、頼む、ここでは貴女だけが頼りなんだ……!」


 衝動に負け、両手が顔へ向かう──すんでのところで、小さいながらとても焦った声がわたくしを引き止めてくださいました。ハッと我に返って隣を見上げれば、金色の瞳と目が合います。そうだ、忘れてはなりません。わたくしはこの国の貴族なのです。それも大貴族と呼ばれる、みなさまの手本にならなければならないような立場にある。いくら眼前で繰り広げられている光景が気の遠くなってしまうものだとしても、凛と背を正していなければ。


「……申し訳ございません、殿下。このような場に殿下おひとり残して行くような不敬を犯すところでした」


「いや、貴女が悪いのではないよ。……それに、本来なら貴女の手を借りるまでもなく僕が解決しなければならない問題だというのに、結局、()()まで付き合わせてしまったな」


「まあ。お気になさらず。わたくしとてこの国の貴族ですもの。放ってはおけません」


 ひそひそと互いを励まし合っていましたが、やがてものすごく苦いものを口にしたような表情のヴィルジール殿下は、スッと前を向くと、わたくしたちの行く手を遮るかたちで立ち塞がった方々へ向き直ります。殿下に倣い、わたくしも出来れば視界に入れたくなかった方々の様子を伺うことにしました。揃いも揃ってキリキリと柳眉を釣り上げた怒りの形相の男性六名、おろおろするばかりの女性と何故か勝ち誇った笑みを浮かべる女性二名の集団こそ、わたくしと殿下にとって悩みの種であり、諸悪の根源であり、現在デュノア王国が抱える大問題なのです。


****


 デュノア王国が抱える大問題について語るには、まず先代の国王陛下のことから話さねばなりません。かの国王陛下が若くして身罷られたことから全ては始まったのだと多くの関係者が捉えているからです。


 先代の国王陛下は、王太子殿下と王太子妃殿下が盛大な挙式を執り行ったその年の暮れに亡くなられました。まだ四十代になったばかりの活動的なお方で、死因も落馬によるものでしたので、周囲の方々の悲しみと苦労は相当のものだったでしょう。

 そうしてろくな覚悟もないままに、結婚したばかりの王太子殿下と王太子妃殿下は国王陛下と王妃殿下として即位し、先代の王妃殿下は王太后に身分を改め、亡き御夫君を偲んで離宮に籠られるようになったのです。


 混乱のなか始まった新たな治世ですが、思いのほか順調に政は進んでいったそうです。国王陛下と王妃殿下は政略結婚ながらも睦まじく、すぐに御子が生まれるに違いない。王子だろうか、王女だろうか。どちらでも早くお生まれにならないものか──誰もが、明るい未来を信じていました。けれども誰もが思い描いていた幸せな未来は、五年後にあっけなく崩れることになります。


 結婚から五年が経っても懐妊しない王妃殿下に、臣下から側室を娶ってはどうかという話が持ち上がったころのことです。とある都市へ視察に向かった国王陛下一行は、大規模な災害に巻き込まれ、命を落されてしまったのです。その災害には陛下と共に視察へ向かったわたくしの祖父も巻き込まれ、父は弱冠九つにして公爵家の家督を継ぐことになりましたが、……これは蛇足でしょう。


 死亡者よりも生存者を数えることが容易なほど、多くの方が亡くなった災害でした。

 王都にて陛下の訃報をお聞きになった王太后さまは倒れ、宰相閣下は言葉を失い、たった五年でまたしても降り掛かった悲劇に、きっと多くの人々が絶望したことでしょう。しかし、そんななか、王妃殿下は痛ましい蒼白な表情で、それでも気丈に振る舞われたといいます。

 早急に次の王を立てるべき事態でしたが、国王夫妻に子はありません。王位を継承出来る近親の男児といえば亡き国王陛下には歳の離れた実の弟君がお二人いらっしゃいましたが、ここにも問題がありました。


 先代の国王陛下が遺された王子は、()()だったのです。


 おまけに既に兄君が王位に就いていたこともあり、お二人は成人を待って臣籍降下するだろうと楽観視され、帝王学を修めていなかったのです。当時の王弟殿下方は齢十一。後継者として育てるのならばなんとか間に合ったでしょうが、必要なのは後継者ではなく今すぐに王位を継げる存在でした。くわえて双子ともなれば、王位争いが勃発しかねません。幸いなことに双子の王子殿下は良好な兄弟関係を築いていらっしゃいましたが、そうは言っていられない状況です。

 陛下が崩御なさった翌日には宰相閣下を初めとした各大臣、高位貴族、王妃殿下、王太后さまが協議し、その結果デュノア王国は新たな王を立てることなく、当面のあいだ王妃殿下が摂政として政を行うことに決まりました。


 次の国王は王弟殿下のどちらかではなく、王弟殿下のご子息に、という話でまとまったのです。


 双子の王弟殿下は成人と同時に大公の位を贈られ、兄エドワール殿下がカスタニエ大公に、弟アンベール殿下がシャノワーヌ大公となり、お二人は国内の貴族令嬢を大公妃として迎えられました。結婚式まで同時に挙げるという、双子ならではのエピソードの持ち主です。本当に仲がよろしいお二人ですので、王位争いに巻き込まれ不仲になるようなことがなくて安心した、といつだか父が個人的な心情を零したこともありました。


 王妃殿下が生国で少なからず帝王学に触れていたこと、災害の犠牲にならなかった臣下の方々の尽力もあって、デュノア王国はさしたる問題もなく次代の国王となりうる御子の誕生を待ち望んでおりましたが────ここでも、問題が起こってしまったのです。


 果たして、父たる大公殿下が双子だからなのか、結婚式を同時に挙げたからなのか。結婚からまもなく、揃って大公妃殿下が懐妊されたのです。


 両親から聞く限り、それはもう大変な騒ぎだったとのことで、まだ生まれもしない、性別も分からないうちから王位継承権をどうするか、どちらの子を優先すべきか、上から下まで王宮は休まるところがなかったとか。普段は穏やかなお父様もこの時ばかりは苦労を隠しきれず、新婚という立場を利用して引きこもり、お母様と楽しく過ごされたと聞いています。両親の仲が良いのは何よりなのですが、お父様とお母様の“仲の良さ”は世間一般からはかけ離れているので、娘として少々心配でなりません。


 ともかく、先にお生まれになったのは双子の弟であるシャノワーヌ大公殿下の御子さまでした。それに遅れることひと月、無事カスタニエ大公殿下の御子さまもお生まれになりましたが、ことはここで終わってはくれないのです。なぜなら、生まれたのが揃って男児だったから。

 王弟殿下のときのように双子でないだけマシなのかもしれませんが、それにしたって判断に困るというもの。取り敢えずは王位継承権を生まれた大公子に与えることになったものの、どちらを将来の王に据えるべきか、このときもみなさま、大層悩まれたとか。


 摂政として恙無(つつがな)く政を行われる王妃殿下は、二人の子供に王子の称号と王位継承権を与えるものの、そこに優劣はなく、あくまで王位を継ぐ資格があるのみ、といたしました。彼らの成長を待ち、どちらが王に相応しいか見定める、という方針を取られたのです。もしこの先王弟殿下に御子が生まれたとしても、この方針は変えない。その子もまた称号と王位継承資格を持つだけの国王候補に過ぎない、とまで仰ったといいます。


 さて。ここまで語れば、ある程度の事情は察していただけるかと存じます。

 わたくしをエスコートし、基本的に卒業生とその関係者しか出入りできない王立学院の卒業パーティーの場へ招いて下さった方が、ヴィルジール・アンリ・シェオ=カスタニエさま。双子王子の兄君カスタニエ大公殿下の長子にしてこの国の王子殿下。

 対して怒りの形相でわたくしたちを睨みつける男性陣のうち、もっとも前に立ち女性を背に庇っているのが双子王子の弟君シャノワーヌ大公殿下の長子リオネル・フレデリク・シェオ=シャノワーヌさま。

 ええ、まさにこの国の王位を争うお二人でごさいます。


「リオネル、悪いがもう一度今の台詞を聞かせてくれないか。なにか、とんでもない戯れ言を耳にしたような気がする」


 ああ、ヴィルジール殿下! そのぴくりともしない麗しい微笑みの裏でどれだけ憤っているのか、焦っているのか、わたくしには嫌というほど察することができます。腹立たしくて、腹立たしくてならない。今までの努力は、何のためにあったというのでしょうか。

 リオネル殿下がわたくしに向けて放った聞き捨てならない台詞は、二代に渡る悲劇に襲われ、激動に身を任すしかなかったこの国へようやく訪れようとした平穏に、致命的なヒビをいれたのです。希望に満ちた未来へ向け何もかも(なげう)つ覚悟で駆け抜けた多くの方たちの積み上げたものを、踏みにじろうとしているのですから!

 ヴィルジール殿下が平静を心がけて口にしたであろうお言葉に対して、リオネル殿下は不遜な態度を崩すことなく吐き捨てました。ええ、吐き捨てたのです。


「いいだろう。何度でも言ってやろうじゃないか。今この時をもって、俺はデュノア王国王子ならびにシャノワーヌ大公子の名においてお前達の罪を告発する! ヴィルジール・アンリ・シェオ=カスタニエは三年前、この学院へ籍を置いてより今日まで、ここにいるクロエ・ミレイユ・ヴィラ=ヴァイーユ嬢へ執拗かつ悪質な嫌がらせを行い、ついには先日、命を奪おうとした! いかにヴィルジールが王族に名を連ねていようとも、その行為は断じて許されるべきではない!」


 高らかに声をあげ、大仰に手を広げ、リオネル殿下の様子は舞台役者のようでした。しかしリオネル殿下に名を挙げられたクロエさまは貴族のご婦人方がこぞって愛玩する小動物のように震えるだけ。むしろ、名を呼ばれた瞬間なんて、恐ろしいものに出会ったかのごとく身を竦ませて、なるほど、傍目にも命の危機に瀕したのだということは理解できる怯えようです。

 リオネル殿下の告発というのがここまでならば。そして、この場、この時でなければ。わたくしとて驚きはしても呆れも絶望もしなかったでしょう。あるいは、従兄弟間の王位争いに巻き込まれたか、面倒な、と。その程度であったかもしれません。


「そして、レティシア・エレニツァ・ヴィラ=ブリュネル! 貴様も今年度から学院に入学して以来、ヴィルジールの悪辣な行為に手を貸し、クロエ嬢へ度し難い言動を取ったこと、これもまた許されざる犯罪だ! よって俺は両名に対して相応しい罪状を言い渡す。──セドリック!」


「はい、殿下」


 そこで他者に交代するんですか、リオネル殿下。と言いたいのをぐっと堪え、進み出てきた男性へ視線を移す。カラドゥ伯爵子息セドリックさま。リオネル殿下の側近といえる方、でしょうか。別にヴィルジール殿下もリオネル殿下も正式にご公務に就かれているわけではないので、側近と言っても仲の良いお友達、程度でしかありませんが。将来高い地位に就くことが決まっている方々であれど、未だ学生の身分であり、王位継承権の優劣すら定まらぬ現状で臣下に取り立てることを確約しているのはどうなのでしょう。取らぬ狸の皮算用、ということわざもありますし。まあでもとにかく、あのなかでは一番成績優秀な方ではあります。

 セドリックさまはわたくしたちの前へ立つと、手に持っていた書類を掲げました。


「ここには、三年に渡りヴァイーユ子爵令嬢へ行った貴方がたの卑劣な行為が詳細に記されております。三年前から始まったヴァイーユ子爵令嬢が所有する物品の盗難、破壊。そして最終的に殺人未遂に至るまでのすべてが、です」


 自信満々でわたくしたちを見下すその顔、控えめに申し上げてもとても腹が立ちますね、セドリックさま。


「さあ言い逃れはできんぞ! 大人しく罪を認め、クロエに謝罪しろ!」


 そしてリオネル殿下。貴方はクロエさまのことを馴れ馴れしく呼び捨てておいでですが、クロエさまご本人は震えて声も出ないご様子。しかもわたくしやヴィルジール殿下を恐れているのではなく、周囲を固める人間を恐れているように見受けられます。

 クロエさまの周囲にいるのはリオネル殿下、セドリックさまを初めとして、みなさま高位貴族のご子息であったり、学院で天才と謳われる男性たち。そしてクロエさまにもっとも近いのは、彼女の背を擦るアジェ伯爵令嬢クリステルさま。先程から嫌な笑みを浮かべていらっしゃいます。わたくしとしては、クロエさまよりクリステルさまのほうを警戒すべきだと思いますね。


 彼らひとりひとりの顔を順繰りに見つめ、わたくしはため息を吐いた。なんてお労しいのでしょう……。今の心境に思いを馳せれば、わたくし、涙が出そうです。

 もちろん、それは怯えていらっしゃるクロエさまへのものでもありますが、それと同等に、わたくしたちを遠巻きにしている学院の生徒のみなさまへの涙でもあります。


「──リオネル殿下。発言をお許しくださいませ」


「ほう? 殊勝にも罪を認め、謝罪するか? いいぞ、許す」


「では、忌憚なく申し上げます。なぜ、告発にこの場をお選びになったのです? 確かに、罪の告発は重要なものでしょう。ですが、他ならぬデュノア王国が誇る王立ディノニジオ学院の卒業パーティーという祝いの場において、なさるべき発言ではございません」


 どうして今なのでしょう。だって、卒業パーティーなのですよ?

 ディノニジオ学院の卒業式は社交シーズンが近いこともあり、卒業生だけでなくその親族・関係者にも参加が許されています。およそ五ヵ月前に卒業生へパーティーへの招待状が配布されるのですが、これには卒業生向けと卒業生関係者向けのものがあります。一度どちらも卒業生に配布し、卒業生自身が関係者向けの招待状をパーティーにいらして欲しい方へ送付することで、外部の方が卒業パーティーへの参加資格を得るのです。

 卒業生ひとりにつき三名の関係者を招待出来ますが、基本的には御両親と、婚約者がいらっしゃればその方を招くことになるのでこれで枠がすべて埋まることになります。婚約者でなくとも、パーティーとなれば同伴者がいなければならないので枠が余るということはありません。これは貴族の場合ですが、平民の方であれば御両親や友人を招くことが多いとのこと。在校生をパーティーに招く場合も同じように。人数が規定を超えなければ問題はありません。もし規定以上の人数を招待する場合、個別に手続きをする必要がありますが。


 こういった一連の流れは、貴族階級に属する卒業生にとっては正式な社交界デビュー前のリハーサルでもあり、平民の方にとっても社交界・貴族社会の雰囲気を知る第一歩にして、上手くいけば出世の道が明確になる。そうした重要で慎重な、一見華やかながらシビアなパーティーなのです、この場所は。本来ならば。


 わたくしの発言に、クロエさまを除く七名が気色ばむのが手に取るように分かります。でも、わたくしの口にしたことは卒業パーティーの参加者のみなさまが思っていることと変わりないはず。


 社交界に出ることを不安に思い、このパーティーで少しでも慣れようと決意しておられた方。見慣れない貴族階級のパーティーに憧れ胸躍らせた方。これから夢のため、あるいは出世のため、なんとしても貴族との繋がりを欲していた方。息子、娘が学院を卒業する祝いの席だからと社交シーズンより早めに領地から出ていらした方。久しぶりに会う婚約者、あるいは恋人とのひと時を楽しもうとしていた方。

 まあ、例を挙げればキリがないことですが、卒業生だけでなく、卒業生関係者として招待された方々がパーティー会場に集っているのは至極当然のことです。その会場で、今まさに学院の理事長がパーティー開会の宣言をしようとした瞬間に割って入り、罪の告発などという祝いの場に不釣り合いな茶番を展開されたリオネル殿下がた。これで自分たちに好感情が向くと思っていらしたら、わたくし、侮蔑を飛び越えていっそ尊敬致します。


「わたくしどもが実際に罪を犯したかどうかはさておき、関係者のみを集め、公平なる司法の第三者に審議をしていただくという選択肢は、なかったのですか?」


 理論整然とした反論をされるとは思ってもみなかったのか、みなさん困惑しているようです。もちろん、わたくしに馬鹿にされた怒りもお持ちのようですけれど、きっと言い返すに相応しい言葉が見つからないのではないかと思います。


「私も同意見だね。そもそも、本当にヴァイーユ子爵令嬢が命を狙われたというのであれば、不特定多数の人間が出入りする卒業パーティーに参加させるべきではない。然るべき措置を講じ保護をすべきだ。……まして、リオネル。お前はヴァイーユ子爵令嬢の命を狙ったのが私とレティシア嬢だと思っているなら、恐ろしい目に遭った被害者を加害者の目の前に堂々と放り出す真似をしていることになる」


「────ッ!」


「待って! 待ってください! リオネル殿下は本当にクロエのことを思って罪の告発をなさったんです! 卒業パーティーの会場ならどんな言い逃れも出来ない。リオネル殿下はそう仰ったでしょう!?」


 あら。


 わたくしは思わず目を瞠って声の主を凝視してしまいました。先ほどまで蛇のような嫌な笑顔をなさっていたアジェ伯爵令嬢クリステルさまです。言葉に詰まったリオネル殿下に代わり、キンと高い声で会場中に響く主張をなさいました。余裕綽々と言わんばかりだった態度は一瞬で焦りに消し飛ばされた様子です。

 ですが、ヴィルジール殿下は揺るぎません。泰然とクリステルさまへ視線を移し、頷いてさえみせました。


「確かにこうなっては言い逃れなんて出来ないだろうね。だが、言い逃れ出来ないということは、どんな状況に陥ろうと誤魔化しが効かないということでもある」


「はあ?」


「なァに、ヴィルジール殿下ァ? もしかしてクロエちゃんにやったこと認めるわけですか?」


「私はそんなことを言いたいのではない」 


 リオネル殿下の取り巻き──もしくはクロエさまかクリステルさまの取り巻きかもしれませんが──の方が煽るようなわざとらしい態度を取りましたが、ヴィルジール殿下は即座にそれを否定なさいます。殿下のお顔は真剣そのもの。王族としての義務と責務に向き合う人間の表情です。


「リオネルの告発はもう取り返しがつかない。ここに集った者すべてが証人だ。もしリオネルが罪人の名に私だけを挙げていれば問題はなかったんだ。王位を巡る争いとでも見られただろう。けれどお前は、よりによってレティシア嬢の名も挙げた。私が親しくしていたご令嬢だからかな?」


 そう言って、ヴィルジール殿下はわたくしを見下ろされます。踵のある靴を履いてもまだ身長差があるのが恨めしいところです。

 会場中の人々がわたくしに注目していました。それはそうでしょうね。ブリュネル公爵令嬢レティシアは、この学院に入学するまで、ほとんど表舞台に顔を出したことさえないのですから。

 今のわたくしはヴィルジール殿下の恋人か何かに思われているのでしょう。現に参加資格を持たない在校生のわたくしが卒業パーティーに参加しているのは殿下から招待状を頂いて、パートナーとして参加して欲しいと頼まれたからで、入学してからのわたくしはヴィルジール殿下と殿下に近しい一部の方としか交流してきませんでしたし。


 ですが、ですがわたくしにも、わたくしの事情があるのですよ! デュノア王国の国王が未だ定まらない理由があるように、わたくしにだってのっぴきならない理由というものがあるのです。


「いいか、リオネル。お前は今、公衆の面前でレティシア嬢を告発した。デュノア王国の子爵令嬢に対する殺人未遂と器物損壊、という罪状で。だがこれは同時に、レティシア嬢への侮辱にも当たるということをお前は理解していたか? 先ほどカラドゥ伯爵子息の述べた罪状はあくまでそちらの主張。こうなった以上、子爵令嬢が受けた被害については我が国の機関が責任を持って調べることだろう。その結果、レティシア嬢が犯人でなかった場合。お前たちはレティシア嬢だけでなく、アルキス帝国も侮辱したことになる。重大な外交問題だ」


 ヴィルジール殿下のお言葉のあとに残ったのは耳に痛い静寂でした。怒りに満ちていたリオネル殿下たちも、眉を顰めながら好き勝手囁いていたパーティー参加者のみなさまも、揃って沈黙しています。

 ええ、まあ、そうなりますよね。わたくしの出自からしたら自然に、どうしても。ええ。そうなってしまうのです。


「なぜなら彼女は、我がデュノア王国の公爵令嬢であると同時に、アルキス帝国の第一帝位継承者なのだからね。──さて、状況は理解できたか?」


 一拍置いて、会場を悲鳴と怒号が埋め尽くしました。うるさいです。天井がずいぶん高い会場の設計のおかげで声が反響して、凄まじいことになっています。

 リオネル殿下がたは真っ青になってわたくしとヴィルジール殿下を見ていますが、彼らが声を上げないのは単に自分たちのしでかしたことの衝撃が大きすぎるせいでしょうか? あ、でもクロエさまだけは普通の顔をしていますね。あの怯えはどこに行ったのかと不思議なほど落ち着いていらっしゃいます。そして活路を見出したような顔をされていませんか? え? まさか。まさかですわよね?


「…………本当に、身内がすまない、レティシア嬢」


「…………いいえ、いいのですよ、殿下。覚悟はしておりましたもの」


 うふふ、と笑うわたくしは、きっとヴィルジール殿下にはとても力なく見えたでしょうが、わたくしからしてみればヴィルジール殿下も十分に苦労されたと思います。いえ、三年間も彼らに付き合ったのですから、わたくしなどより余程労わられて然るべきです。

 

 それにしても。


「…………もう、帰っては駄目なのでしょうか…」


「ああ、僕も帰りたいなあ………」


 どうしてわたくし、こんな茶番に参加しているのでしょうね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] プロローグ的短編で…続きを希望させられる作品だと思います。 が、ここで続編作っちゃうと…作者様があまり乗り気じゃないようですし…無理に望まない方が(個人の妄想許可いただけるなら)読み返して…
[良い点] とても面白い設定だと思いました。 導入部の切り口から流行りの婚約破棄かと思いきや、王位継承争いで王子が王子を告発してるんですね。で、それに主人公を含めた周囲が巻き込まれている…と。 続きを…
[一言] まさかの短編だた( ̄▽ ̄;) いや、短編だと分かっていたんだけども(>_<) 次回「クロエの秘策!?」 と続きそうだ(笑) もしくは 「茶番の終幕…」 というか、めちゃくちゃ気になる( ̄…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ