05 妖怪のせいなの?
その夜、自分の部屋のベッドに寝転がってお嬢様に貰った携帯をいじっていた。
貰いたてという事もあって、初期設定なんかに苦しんでいた時俺の部屋をどんどんと叩く音が。
いやな予感を感じながら、ドアを引けばそこにはやはりお嬢様がいた。
お嬢様はお風呂にはもう入ったようでパジャマにメガネなんていう様子。
「和泉、分かったわ! 私が三村君とくっ付けない理由が!」
お嬢様がおまじないBOOKを片手にそう言うもんだから、もしかしておまじないBOOKが改定されてお嬢様が三村君とくっ付くためのおまじないでも新登場したのか。なんて期待してしまった。
とりあえずお嬢様を部屋の中に入れると、俺のベッドにぽすんと腰かけたあとお嬢様はお得意のドヤ顔で俺を見る。
「妖怪のせいなのね~、そうな」
「そんな訳ねぇだろ」
そうなのね~と言いかけたお嬢様の言葉を遮るようにしてそう言う。
妖怪のせい、なんて一体どういう発想でそんな結論に至ったのか。
お嬢様はおまじないBOOKと一緒に持ってきていた通販のカタログをばっと俺に見せてくる。そこには「妖怪退治お札☆効き目抜群!」と書かれたページが。
この人絶対悪徳商法とかに弱いタイプだわ。
「このお札を貼ればきっとうまくいくわ!」
「やる気・努力・根性でカバーとか言ってたのは誰でしたっけ」
やる気も努力も根性もクソもないお嬢様のスピリチュアル頼みにため息をつく。
「そんな事してる暇あったら、三村くんとちょっとでも早くくっ付けるように努力してくださいよ」
そう言えば、お嬢様がちらとまた妖怪退治お札の方に目をやるので「そういう事じゃなくて」と付け足す。
あんたが三村君とくっ付かないと俺は元の世界に戻れないというのに。本人は「妖怪のせい」とか脳みそが沸騰してるような事を言うし。……いや、本気で俺は元の世界に帰れるのだろうか。
「……っていうか、お嬢様友達います?」
今日一緒に学園で過ごして思った事は、お嬢様はいつも気だるげに窓から外を見つめているばかりという事。
クラスの中心的存在であろう桜庭さんの周りにはいつも人が居るというのに。
「……妖怪ぼっちに憑りつかれてるのよ!」
「誰が上手い事言えと」
お嬢様はそう言ったものの、図星だったようで少し顔を赤くさせた後に「なによ」とむすっとした。
お嬢様の取り巻きという名の下僕が他にもいると思っていたのに。俺のそんな予想を見事に裏切るくらいのぼっちっぷりだった。
「ああ、そうよ。あんたの言う通り私は友達が少ないわよ」
「少ない、というより居ない、の間違いでは……」
俺がそう言うと、お嬢様は腕を組んで黙った後に「プリント回してもらえたら友達かしら」なんていう超ハードルの低い事を。
それならこの世の中の人々の友達の輪はとんでもない事になるけど。やったね、人類皆平和。
「……お嬢様友達居ないんですね……」
「……そうよ。居ないわよ、悪かったわね」
お嬢様はお得意のキレ気味の返事でそう言った。
俺もお嬢様の横に腰かけると、お嬢様はちらと俺を見る。
「……別に、学校で友達が居なくても家に帰れば皆居るし……ドリーとか」
お嬢様がそうぽつりと呟く。
なんだか小学生の時によく感じていた「ここまで落ち込ませるつもりじゃなかった」というのを久々に体感して、ちょっと自分に嫌悪感を感じてしまう。
「じゃあ明日からは妖怪ぼっちに負けないようにしましょう」
俺がそう言うと、お嬢様がまた「妖怪退治お札」に目をやるので「そういう事じゃなくて」と呟く。
「三村くんとくっ付くとか以前に、とりあえず友達作りましょうって事ですよ」
「……友達なんか別に……。それにあんた、そんな無駄な事してたら元の世界に戻るの遅くなるわよ」
お嬢様がぼそっと呟く。確かに……。
俺が眉を寄せたのに気づいたお嬢様が、カタログをぺらぺらめくり視線を落としながら口を開く。
「……まぁ、私も極悪非道人じゃないから。私の恋がだめでもいつかはあんたを元の世界に帰してあげるけど」
「え、元の世界に戻る方法知ってるんですか!?」
お嬢様は呆れたように「ほんとは秘密にしておこうと思ったんだけど」と言った。それは良かった。もうずっとこの乙女ゲームの世界に閉じ込められるのかと若干不安に思っていたもんだから。
「でもお願い、ちょっとだけ私に和泉の時間をちょうだい。私、友達も頑張ってつくるから」
お嬢様がやけに真剣な顔をしてそう言うもんだから俺は何も言えなくなってしまった。
……まぁちょっとくらいならいいか。なんて思えてしまうのは妖怪のせいでもなんでもなく、お嬢様の横顔がやけに物寂し気だったからだ。