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29 惠谷和泉

 

恵谷(えたに)さん今日も良い天気ですねーカーテン開いておきますねー」


 すっと目を開くと、そう言いながらカーテンを開く看護師さんの姿が見える。

 ここは病室なのかだろうか、床頭台の上にある花の匂いがきつい。

 それに顔をしかめた後、口元を見れば酸素マスクが付いている事に気が付いた。

 「まぶし」と漏らすと後ろを振り返った看護師さんとばっちりと目が合う。



「え!? 恵谷さん!? 意識が戻ってる!」


 看護師さんは俺が目を覚ましたことに相当驚いたらしい。俺の体を頭から足まで見た後に頭元に合ったナースコールをがちゃがちゃと連打していた。


 そりゃそうだな。だって俺の意識はずっと戻らなかったのだから。


 看護師さんはたとえ意識が無いとはいえ、援助時の声かけは基本的に行うものであるらしく、きっと今日もいつもみたく業務的に言っていたのだろう。

 ところがどっこい、今までずっと返事の無かった患者がいきなり返事をした。看護師さんの驚きは言うまでもない。



「とにかくバイタル……」


 看護師さんが、そう言って近くにあるモニターをばっと見た後、俺の腕に手をやろうとした。そんな時扉ががらりと開いた。


 そこには久しぶりに見る妹の姿と、大量の機材を置いたワゴンを押した看護師さんの姿があった。

 バインダーに挟んである紙を見ながら会話を始めた看護師さんをよそに、自分の妹は真っ先に俺の横に置いてある椅子に滑り込むように座り、手をとってボロボロと涙を零した。



「お兄ちゃん、意識が戻ったんだね。もうあたし一生このままかと……」


 俺の妹はそう言ってまた涙を零す。

 部屋には医者の先生がようやく到着したようで、看護師さん達に何かを指示している。

 俺には略語が多すぎて意味不明な呪文のように聞こえるがきっと突然目を覚ました俺自分の事に関する事だろう。


 未だ泣き続ける自分の妹を見て、近くの看護師さんが「ご両親にも連絡を入れておきました。今すぐこちらに来られるそうで」と焦ったように言う。

 妹がこんなに早く病室にやってきたのは、たまたまお見舞いに来ていたからだろうか。


 確か、俺が最後にこの世界で会った時はロングヘアーだったと思うんだけど。

 いつの間にそんなにばっさりショートにしたんだよ。なんてどうでも良い事を考える。



「和泉お兄ちゃん」


「和泉」という言葉を聞けば、頭の中に俺の事を「和泉」と嬉々とした表情で呼ぶあの人の声がする。



「なぁ、千秋お嬢様って知ってるか?」

「……知らないよ、誰?」


 ああ、そうか。俺はようやく戻ってきた。

 自分が本当に生きていたこの世界に。


 あの、乙女ゲームの世界からこの世界に戻ってきた。




 涙がすっと俺の頬を伝う。こんな風に泣いたのはさっきぶりだ。


 それでも妹の前でこんな風に泣くのは初めてだった。

 自分の涙に妹がかなり困惑している。まぁ妹だけじゃなくて、看護師さんたちも「恵谷さんどうなさったんですか?」と不安げに俺の事を見ている。



 それでも涙が止まらなかった。

 俺がどうして泣いているかなんて、俺にしか分からない。



 千秋お嬢様が最後に言った言葉がいやに自分の頭の中に響く。

 そのせいで涙がまた溢れだしてきた。


 俺は今まで「ふた☆プリという乙女ゲームの世界に行っていた」なんて言えば、看護師は俺の事を黙ってカウンセリングルームまで連れていくのだろうか。


 ごろ、起き上がっていた体をまた仰臥位に戻す。

 病院の電気は、こんなにもまぶしかったっけ。それとも俺の涙が止まらないからこんなにも眩しく見えるんだろうか。

 とにかく涙が見られるのも恥ずかしかったし、変に眩しいしで、俺は腕で目元を隠した。



 そうすれば、お嬢様に前に貰った腕時計がこつ、と鼻に当たった。

 看護師さんたちもその謎の腕時計を見て「恵谷さんこんなの付けてましたっけ!?」なんて困惑気味。


 夢なんかじゃなかったんだ。

 俺とお嬢様の過ごしたあの日々は、俺が目覚めない間に見ていた夢なんかじゃなかったんだ。

 そう思えばまた涙が溢れてきた。



 すると、右手が何かにかさと触れた。

 それを持ち、視界に入れると尚更泣けた。


 そこには丁寧な文字で「和泉へ」と書かれた手紙があったのだ。

 俺はばっと起き上がって、急いでその封筒を開ける。


 周りの看護師さんもお医者さんも妹も、頭の上にはてなマークを浮かべている。

 当然だ。奇跡的に意識を戻した患者が突然謎の手紙を読みだしたのだ。困惑するに決まっている。


 俺は、らしくない丁寧な文字で書かれた手紙に目をやった。








 *


 きっと和泉は知っているだろうけれど、私は手紙を書くのが苦手です。

 今私は「手紙の書き方」という本を左手に持ちつつ書いていますが、この手紙を最後まで読んで私の文章の下手くそさを笑う和泉の姿が浮かびます。


 現代文の時間、しっかり起きていればよかったなぁなんて今さらです。

 それでも今、この文字が躍って見えるのは眠いからではなく、私のこの頬を伝う涙のせいなのでしょう。


 和泉と過ごした時間は数か月と短い時間でしたが、私はとても幸せでした。

 私はあなたに出会えて良かった。



 幸せな日々をありがとう。

 私に、本当に人を愛するということを教えてくれてありがとう。


 私の事を忘れるな、なんて事は言いません。

 ただ、時々思い出してくれる。それ位でいいのです。


 蓮見千秋なんていうバカがいたなぁと、笑ってくれれば私は幸せです。



 和泉の生きていく世界と、私の生きている世界は違います。

 だから、どうか和泉の生きていく世界で本当に好きな子を見つけて下さい。

 そして、その子と幸せになって下さい。




 もう二度と会えないけれど、あなたの幸せを願っています。

 どうか体にはお気を付けて。どうかお元気で。



 今まで本当にありがとう。

 ありがとう、ありがとう。




 さようなら。 蓮見千秋



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