28 蓮見千秋
(*蓮見千秋)
「私、あなたの事が好きなの」
そう言えば、涙がぼろぼろと零れた。
言ってしまった。言ってしまった。
和泉の顔を見れば、大きく目を開いている。
和泉は何か言おうとしたのか、口を開きかけたけれど何かを言う前に私の体を抱き寄せた。
和泉の体が震えている。そんな所にまた、泣けてくる。
「それ、嘘じゃないですよね」
「うん」
「今さら『嘘でした~』なんて言ったらブン殴りますよ」
「嘘じゃないよ、和泉の事が好き。大好きだよ」
和泉が大きくため息をつく。でも私の顔を見て少し笑った。
普通なら、ここで溢れるくらいの幸せに浸る事が出来るはずなのに。私は、和泉に抱きしめられながら「和泉は一体いつ帰ってしまうんだろう」とぼんやりと考えていた。
こんなに好きなのに、どうして一緒の世界に生きる事が出来ないんだろう。
「和泉、私がふた☆プリおまじないBOOKにお願いしたのは『三村くんとくっ付きたい』じゃなくて『好きな人とくっ付きたい』ってお願いなの」
「……ちょっと待ってくださいよ」
和泉は察しがついたらしい。目をぐらぐらとさせながら私の事を見た。
私はどうしようもなくて、ぼんやりと涙で霞む視界の中で私の部屋に置いてある小汚い壺をぼんやりと見ていた。
あの壺を買った時、「自分と将来結ばれる人が水面に映る」っておまじないをしたわね。
あの時は、水面を覗きこんだ私と井随の顔が写っていて「なんだバッタもんのおまじないじゃない」なんてふたプリおまじないBOOKをディスっていたけれど、本当はそうじゃなかったんだわ。
ふた☆プリおまじないBOOKは知っていたんだわ、
私と和泉が結ばれる今日という日の事を。
ねぇ和泉。胸が痛いよ。
私、あなたの事が好きなんだよ。
この世界で一緒に生きて欲しかったよ。
もっといろんな事がしたかったよ。
「和泉、最後に一つ我儘を聞いてくれないかしら」
「……最後なんて」
「元の世界で、幸せになってね」
和泉の体が震えている。
和泉の最初で最後の涙を私は見た。
好きな人と結ばれる、ってこんなにも嬉しい事なのね。
好きな人と離れる、ってこんなにも悲しい事なのね。
「和泉。和泉には元の世界の生活があるよ。いつかきっと、また違う人の事を好きになって、私の事なんて忘れちゃうんだろうね。でもね、それでも良いよ。和泉が幸せならそれで良いよ」
ゲームの中のキャラは、ずっと身体的には死なない。
でも、忘れ去られればその時に死んでしまう。
ゲームの中のキャラは、その人の記憶の中でしか生きる事が出来ないのだから。
「和泉が幸せなら、私もハッピーだよ」
和泉が私を抱きしめる力が強くなる。
和泉、大好きだよ。大好きだよ。
本当は元の世界にかえらないで、って言いたいの。でも、そんな事を言っても和泉を困らせるだけだから言わないでおくね。
「お嬢様、俺はお嬢様の事が好きなんです」
「もう元の世界に戻れなくたっていいから」
和泉がぼろぼろと涙をこぼしながらそう言った。
ありがとう和泉。
その言葉が何よりうれしいよ。
私は少しだけ、和泉の体を押して、自分の机の引き出しを引いた。
そして、昨日何枚も何枚も書き直した手紙を引っ張り出してきて和泉にそっと渡した。
いまここでばっと読もうとする和泉を「あっちに帰ってから読みなさいよ」なんて咎めちゃったりして。
大好き。わたし和泉の事が大好き。
本当に、いつの間にこんなに私は和泉の事を好きになっていたの。
それとも、もうお別れだからこんなにも愛おしく思えるのかな。……よく分からないけど、まぁなんだっていいや。
ねぇ和泉。
この数か月、私達はいろんな事をしたね。
何もかもが楽しかったよ。
私はふた☆プリおまじないBOOKを拾ったあの日からずっと一人だったからね、和泉のいる毎日が楽しくて楽しくてしょうがなかった。
それでも、今日でもうお別れだよ。
もう、二度と会えないのよ。
和泉とばっちりと目線があう。
キスなんてした事がないくせに、ああきっと今から私はキスをするんだ。と何故か直感した。
今という時間のまま、もう時が止まってしまえばいいのに。
ゆっくりと唇が重なった。
頬を流れた涙は、私のものか、和泉のものか分からない。
「お嬢様、嘘だって言ってほしい」
和泉が、震える声でそう言った。
私は和泉の首筋におでこを寄せて、ゆっくりと目を閉じる。
そんな時にドンドンドンドンと扉を叩く音がした。
「ちょっとお嬢様開けて下さーい」と私を呼ぶドリーの声。
ほんとあいつ、空気読めないわね。とむかむかしながら和泉の体を少し押した後、ドアまで走ってがちゃりと鍵を開けた。
「ちょっとドリー! あんた空気読みなさいよ! 今超良い所なのよ!」
「はぁ? お嬢様ゲームの途中だったんですか?」
「ゲーム? 違うわよ」
「ええ、一人で部屋に居たのに超良い所だったんですか? ちょっと意味深ですよお嬢様……」
部屋をじろじろ覗きながら顔をしかめたドリーがそう言う。
部屋に一人で居たのに?私の部屋には和泉が居るはずなのに。
イヤな予感しかしなかった。
後ろを振り返ると、やっぱりそこに和泉の姿は無かった。
目の前ですうっと少しずつ消えていったり、そんなお別れのしかたかな。なんて思っていたのに。
いきなり振り返ればそこにはもう和泉が居ないなんて。
涙がすうっと頬を伝う。
ふた☆プリおまじないBOOKも、もう少し気を使ってくれても良いんじゃないの。
だって私、和泉に「さようなら」って言えてない。
終わりってこんなにあっさりしたものだったんだ。
私の耳にはまだ和泉の声が残っているのに、和泉の姿はもうここにはない。
まるで、夢でも見ていたよう。
もしかしたら和泉の存在なんて夢だったのかな。
ドリーは何で私がこんなにも泣いているのか分からないらしい。
首をかしげながら、とりあえずシーツ交換していいですか?と言った。
和泉に好きだ、と言わずに曖昧なままこの世界に和泉を留めておく事だって私はできた。
でも私はそうしなかった。
誰よりも、私は和泉の幸せを願っているから。
「そう言えば、お嬢様、和泉さんは?」
「和泉はね……帰っちゃった。帰っちゃったの」
私がそう言うと、ドリーは「どこに?」なんてまた首をかしげる。
どこだろうね。でも、私とは違う世界だよ。
さようなら。さようなら。




