26 蓮見千秋
(*蓮見千秋)
「和泉、和泉のネクタイをちょうだい」
私が帰り際、自転車を押す和泉の横でそう言うと和泉は「はい?」と眉を寄せた。
部活帰り、私はジャージだけれど和泉は制服のまま。
はぁ、と吐き出す息が白くなる。ああ、もう冬か。なんて思えば私は案外長い時間和泉を一緒に居たのだなぁという事に気が付く。
「ネクタイ? いやですよ」
和泉がそう言った。
私たちの学校の制服は男女共にネクタイである。隣の高校は女子はリボンだったりするからちょっと羨ましい。
「俺のネクタイなんか、貰ってどうするんですか」
「私が使うの」
「何でですか。俺、ネクタイ無しで登校なんかしたら生徒指導部に呼ばれます」
からから、と車輪が回る音がする。
私はぼんやりと団地の光を見下ろした。和泉はネクタイの件についてぶつぶつと文句を言いながら私と同じように団地の光を見下ろしていた。
「三村君と、桜庭さんラブラブですね。やっぱメインヒロインって凄い」
和泉が少し笑いながらそう言った。
ああ、そうね。なんて適当な返事をしておけば和泉がぴたりと足を止めた。
「……俺は、千秋お嬢様の事が好きなんですよ」
和泉が、眉をぎゅっと寄せてそう言う。
私はその言葉に何も返事できなくて、ただ黙って俯いていた。
「三村君は、あんたの事なんか好きじゃない」
和泉は、らしくない大きな声でそう言った。
私は、相変わらずなにも言えずにただぎゅうっと唇を噛み締めた。
怖かったけど、すこしだけ顔をあげて和泉の方を見てみれば、和泉と目が合う。
「だから、俺にしとけよ」
俺なら、ずっと一緒に居てやるから。
和泉のそんな言葉に鼻がつんとした。
相変わらず、黙っている私を見て和泉は「何か言えよ……」と苦しそうに漏らす。
ここで「和泉なんか嫌いよ」なんていう嘘を付く勇気なんて、私にはない。
でもここで「私も和泉がすきよ」と言えば、和泉は元の世界に帰ってしまう。
だから、この沈黙が答えなの。
「ここから見える景色は、とても綺麗ね」
私がそう言えば、和泉の顔が「話を逸らすなよ」と語っていた。
和泉は、またからからと音を立てながら自転車を押し始める。
「和泉、私のあげた時計を大切にしてね」
「……え、ああ。はぁまぁ大切にしてますけど……」
私、和泉の事が好きよ。
和泉が私を好きだと口にしてくれれば、それこそ涙が出そうなほど嬉しいの。
でもね、「私も好き」って言えないの。
言ったらね、おまじないの効果が切れてあなた元の世界に帰っちゃうから。
和泉、私ね本当は分かってるの。
あっちの世界では、和泉の事を待っている人がいる。
だから、この世界に和泉をずっと引き留めておくべきではないという事を。
蓮見家までのゆるやかな上り坂。
私は黙って、景色ばかり見ている。
いつもベラベラ私が喋っちゃうから、こんな無言で帰るのって初めてかもね。
「ねぇ和泉、家に帰ったら一緒に写真を撮りましょう」
私がそう言えば、和泉は「何でですかいやですよ」なんて言った。
私はそんな和泉の横顔に少し笑った後、また口を開く。
「あとね、制服のセーターもちょうだい」
「はぁ? 俺とあんたサイズ違うでしょ」
ああ、確かに。
でも、セーターなんてだぼっとしてても可愛いじゃない。そんな風に呟けば、和泉は「お嬢様」と私の事を呼ぶ。
私は、和泉の顔を見ずに「なぁに」と言った。
「何で、そんな事ばっかり言うんですか」
まるで、俺が居なくなるみたいだ。なんて和泉が呟く。
私は心の中で「大正解だよ」なんて思いながら「なんでかなぁ」なんて曖昧な言葉を口にしておいた。
家に帰れば、和泉に宛てた手紙を書こうかな。
そういえば、前は和泉に手伝ってもらって三村君に手紙を書いたわね。
でも今回は和泉に手伝ってもらう訳にはいかないから、自分で頑張って書き上げなくっちゃ。そうだ、ドリーに手紙の書き方の本でも貸してもらおう。
和泉が、ぼんやりと景色を見ながら私の知らない曲を口ずさむ。
何だっけその曲。なんかアニメ映画がどうだとか言っていたわね。
私の知らない世界の曲。
和泉の口ずさむその曲が、私たち2人のエンディングのテーマみたいに聞こえるのは私だけかな。
和泉。私ね今までずっと和泉に出会えてよかったと思ってたの。
私はララちゃんと喧嘩してからずっとぼっち気味だった。
だからね、和泉と三村君に振り向いて貰えるように色々頑張ったり、一緒に作戦を立てたりするのがすっごく楽しかった。
でもね、今は出会わなきゃ良かった。なんて思ってるの。
和泉と出会わなかったら、こんな気持ち知らずにいれた。
こんな苦しくて、切なくて、どうしようもない気持ち、知らずにいれた。
ねぇ、どうしてこの世界は乙女ゲームの世界なの。
ねぇ、どうして私は悪役令嬢なの。
ねぇ、どうして和泉はこの世界に生まれてきてくれなかったの。




