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25 蓮見千秋


(* 蓮見千秋)

 



 運命という言葉を今は信じられる。





「千秋ちゃん」


 授業も終わり荷物をカバンに詰めていた時、私の名前を呼んだのは桜庭ララだった。

 私の名前を呼ぶ、そんな彼女を見ずにカバンを肩にかけて和泉の席の近くまで言って「帰りましょう」と言いかけた時だった。



「千秋ちゃん、お話があるんです」


 私は、桜庭ララの顔を見た。

 お話って、どうせ三村君と付き合ったとかそんなのでしょ。いちいち報告されなくても知ってるから。そう思ってカバンの紐をぎゅっと握る。


 少し遠くの席で教科書を片付けている和泉。

「和泉! 先に帰ってて!」と言えば、和泉は私を少し見たあとに「はい」と言った。



 教室から、どんどん人が出ていく。

 和泉もクラスの男子と楽し気に話しながらこの教室から出ていく。


 どうにも桜庭ララは私と二人きりで話す事を望んでいる模様。

 私は椅子を引いてどん、と座り頬杖をついて外を見ながらこの教室から人がいなくなるのを待っていた。



 わざわざ付き合った報告なんかいらないし。

 クラスの皆がおめでとう、って数日前からあんた達に言ってたの知ってるし。



「……話ってなんなの」


 最後に出ていったクラス委員長が「二人はまだ帰らないの?」とご丁寧にも声を掛けてくれた。

 その言葉に桜庭が「うん、ごめんね」と言った。クラス委員長は私と桜庭という謎の組み合わせに少し首をかしげながらも教室から出ていく。


 夕焼けに染まる部屋に、グラウンドで練習をする野球部の声が響いている。

 私は桜庭の方を見ず、ずっと外で練習をしている野球部を見ていた。



「千秋ちゃん、私三村君とお付き合いする事になったんです」


 その言葉を聞いて、私は久しぶりに桜庭ララを見た。

 知ってる、と小さく呟くと桜庭ララは、だよね。と言った。

 まぁそりゃ朝からあんなにおめでとう会をやってて気づかない訳がない。



「千秋ちゃん、ごめんなさい」

「……なんで謝るの」


 桜庭ララは、涙を零した。

 私はどうすればいいのか分からなくなってしまう。


 泣きたいの、こっちだから。なんて思ってしまう私はやっぱり性格が悪いのだろうか。



「あんた達が付き合ってるのなんか、もう何日前からか知ってるし……今さらカミングアウトされたってウザいだけ……」


 ぽつり、とそう呟いた。

 だってそう思わない? 三村君と付き合いましたー!なんて言われて私はどうしたらいいのよ。ここでまたキレたら私の悪役度が急上昇するだけでしょう。



「それになんか、今さら私がどうこう言ったって、三村君はあんたが好きな訳だし……」


 そうぽつり、と呟いた。


 そして、まぁ私には和泉がいるし。と呟きそうになった自分が怖い。

 それくらいに恵谷和泉、という存在は着実に私の中で大きな存在になってきている。



「千秋ちゃん、千秋ちゃんごめんなさい……」

「……ほんとにウザいから泣き止んで……」


 呆れながらそう呟いた。

 本気で、これはウザい。


 好きな人が被っていて。それでくっ付いた方から「ごめん」と涙ながらに謝罪される。どんな善人だってこんなシチュレーション、ウザく感じるに決まってる。



 私はただただ泣く桜庭を見て、ため息をついた。

 そして、思ったより胸にこないな。なんて。


 三村君と桜庭が付き合った、と聞いた日は胸が痛くて涙が止まらなかった。

 それでも、数日たてばここまで気持ちが風化するのか。というくらい他人事に思えていた。



「……私、ずっと邪魔をしていてごめんなさい」


 何故か、自分の口から謝罪の言葉が出ていた。

 驚いたのは私も桜庭も両方であった。特に桜庭は目をまんまるとさせて「千秋ちゃん」と私の名前を呼ぶ。



「……いつか、この日がくるって分かってたの。はじめて知った日は泣けたけど、今そんなに泣けないのは、和泉のせいかな」


 冗談交じりにそう言えば、和泉に抱きしめられたあの日の事が蘇ってくる。

 温かかった。涙が止まらなかった。時が止まればいいと、本気で思った。



「私、もしかしたら和泉の事が好きなのかもね」


 笑ってそう言えば、なぜか桜庭ララはまた泣いた。



「……なんであんたがそんなに泣くのよ」


 そう言ってみても、桜庭は「ぢあぎぢゃん」と涙ながらにそう言うだけ。

 ……本当に、本当にバカじゃないのあんた。と少し笑えてしまう。


 ふた☆プリおまじないBOOKを拾ったあの日から、このメインヒロイン桜庭ララが憎くて憎くてしょうがなかった。

 どうして、あんたは幸せになれて私は幸せになれない運命なの。とずっとずっとこの世界を恨んで来た。


 彼女の涙の理由が、今では少し分かる。

 苦しんできたのは、私だけでなく彼女もだったのだ。

 お互いの人生が、はじめから決まっているこの乙女ゲームの世界。



 私があの日、おまじないBOOKを拾わなければ私はここまで桜庭ララを苦しめなかったのかもしれない。

 それでも、私があの日おまじないBOOKを拾わなければ恵谷和泉とも出会えなかったのか。そう思うと何故か少し泣きそうになってしまった。



「鼻水出てる。ほんっと女子とは思えないわ。早く泣き止みなさいよ……ララちゃん」


 私と桜庭がズッ友だったあの時のように、そう呼んでみる。

 早く泣き止みなさいよ。という言葉が聞こえなかったのか。と思うくらいまた桜庭ララは涙を零すのだ。









 *

 どうにも、この乙女ゲームの世界は私を幸せにする気がないらしい。



「良いですよ、良いですよもう」

「お嬢様が居るなら、もう俺はこの世界から帰れなくなっても構わない」


 和泉の胸の中で、そんな言葉を聞いた。

 ああ、なんて素敵な言葉なんだろう。なんて胸にくる言葉なんだろう。


 私、和泉の事が好きなのかもね。なんて曖昧な事をララちゃんには口にしていたがそんなのウソ。

 初めて和泉に抱きしめられたあの日から、私の心は和泉に持っていかれている。



 和泉、あんたやるじゃない。

 失恋して傷心の女の子に優しくするのは効果ばつぐんだって、ふた☆プリおまじないBOOKにもあったもの。




 このまま時が止まれば良い。

 これ以上、もう何も言わないでほしい。

 できる事ならば、もうこのまま黙って私の唇を奪ってほしい。



 言えない、

 言えないわよ。



 私のかけたおまじないは「私の願いが叶えば自分の下僕が解放されて元の世界に戻れる」というもの。


 そして私がお願いしたのは「三村くんと結ばれますように」ではなくて「好きな人と結ばれますように」という事。



 それは一種の保険だった。

「好きな人と結ばれますように」というお願いだったらもし、三村くんとだめでもドリーに「私の事を好きだと言いなさい!」と脅して、ちゅっと軽くキスでもすれば自分の下僕が元の世界に帰れると考えていたから。

 元々、下僕の人をこの世界に縛り付けておく気なんてなかったし。



 だから私が和泉を好きで、もし和泉が私を好きでいてくれても。

 それは好きな人と結ばれる、という事になるから和泉は元の世界に戻ってしまう。



 やっぱり、私が悪役令嬢を抜け出すなんてこの世界は許してくれないんだわ。

 私は、幸せにはなれない人間なんだわ。



「千秋お嬢様、あなたには俺が居る。俺は、絶対にあなたを一人にしない」


 和泉が念を押すようにそう言った。

 あんた、本当にバカなんじゃないの。

 私が、和泉を好きだと言ってあなたが私を抱きしめて好きだと囁いてくれたら、和泉は元の世界に帰ってしまうのに。



 和泉の左腕には、私のあげた腕時計がある。

 その秒針をぼんやりと見ていた。

 動く秒針が憎い。この針が動かないでいれば、このままの曖昧な関係を続けていられるのに。


 和泉、元の世界に帰らないでよ。

 そんな事を願っても、もうどうしようもない。


 和泉が、私の事を抱きしめる力を強くする。

 お願いだから、そんな事をするのはやめてほしい。

 耳元で、「お嬢様」と和泉が私の名前を呼ぶ。鼓膜が溶けてしまいそう。もう、何も考えたくない。また涙が零れだしてくる。



「好きです」


 和泉がそう言った。


 言えない、

 私も和泉が好きだなんて、言えない。


 言っちゃいけない、

 和泉にそう言ってしまえば、和泉は元の世界に帰ってしまう。


 まるで私は、声を出せば泡となってしまう人魚姫のよう。



 たぶん、私は今世界で一番ハッピーな女の子なんだろう。

 糖分過多で死んでしまいそうな、そんなハッピーな女の子のはずなのに。


 好きな人に好きだ、と言われても何も答える事ができない。

 ただ黙って泣くことしかできない。


 ああ、やっぱり私は世界で一番アンハッピーな女の子

 ふた☆プリの世界では幸せになんかなれない女の子

 悪役令嬢、蓮見千秋なんだわ。


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