24 おかしい
朝、学校に行くと桜庭さんがやけに申し訳なさそうな顔をして「和泉くんおはよう」と言ってきた。
何で朝からそんなに申し訳なさげなんだか。なんて思いながら俺はカバンを机の上に置いて椅子を引き座った。
「桜庭さん、おはよう」
お嬢様は、俺をちらと見た後何も言わずに自分の席に座る。
そしていつものようにだるそうに肘をついてぼんやりとただ外を見つめる。
一瞬だけ俺を見たのは「桜庭さんと話さないでって言ったじゃない」という意味なんだろう。まぁそんな事言われても桜庭さんを無視する訳にはいかないし。
「あの、和泉くん」
桜庭さんは申し訳なさそうに俺の名前を呼ぶ。
え、なに。なんて言いながら桜庭さんの方を見れば彼女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
え、俺なんかしたっけ。ちょ、やばい。なんてあわあわしていると、桜庭さんは少し視線を落として悲しそうに笑った。
「私、三村君とお付き合いする事になったんです……」
いや、それハッピーニュースなんじゃないの。
そう思ったけど、お嬢様と桜庭さんは元々ズッ友で。それでも三村君の登場によって友情が崩壊した。という話をその時思い出した。
桜庭さんがこんなにも申し訳なさそうな顔をしているのは、お嬢様に悪い。と思っているからだろう。
お嬢様の方をちらりと見ても、今日も今日とてダルそうに頬杖をついて窓の外を見つめるだけ。
そう言えば、この乙女ゲームの世界でお嬢様は悪役令嬢。
それでも、三村君と桜庭さんがくっ付いてしまった今、これからお嬢様は一体どうなっていくのだろう。
*
その夜、お嬢様はベッドの上でぼんやりとしていた。
お嬢様、と俺が呼んでみればお嬢様は謎にぎゅっと眉を寄せながら「なに」とキレ気味に答えた。
「今日、『先に帰ってて』って言ってましたけど部活でもあったんですか?」
お嬢様は今日、珍しく俺を先に帰した。部活がある時でも「私を待ってなさいよ!」といつもどや顔で命令してくるというのに。
お嬢様を見れば、お嬢様はやけに不機嫌そうに眉を寄せている。
「別に。ちょっと用事があっただけよ」
「用事ですか?」
「……ララちゃんと話してたのよ」
お嬢様がぷいと俺から目を逸らしてそう言った。
ララ、ララって誰だ?なんて一瞬考える。俺が腕を組んで考えていたのを見てお嬢様はまたキレ気味に「桜庭の事よ!」と言った。
ああ、そうか。桜庭さん下の名前ララだったな。
「なに話してたんですか?」
ベッド近くの椅子に腰かけてそう言えば、お嬢様は少し黙って視線を落とす。そして、むすっとした後に俺を見る。
何か言いたげに、唇がもごと動いた。
それでも、お嬢様はすぐに口を閉ざしてしまって、ぎゅっと近くの人形を抱いた。
「今まで『桜庭』って呼んでたのに。仲直りでもしたんですか」
「……まぁそんな所」
半分冗談のつもりでそう言ったのに、俺の予感は大当たりだったらしい。
それにしても、桜庭さんと三村君が付き合ったこのタイミングで仲直りって。お嬢様は三村君とくっ付けてないのに、良いのだろうか。
「なんでこのタイミング? お嬢様、三村君と桜庭さんが付き合っても良いんですか?」
そう言うと、お嬢様は黙った。
それでも、さっきと違って視線は俺をじっと見つめている。
「……和泉、私と初めて会った日に私が言っていた事を覚えてる?」
お嬢様はじっと俺を見ながらそう言った。
え、いま桜庭さんと三村君の恋愛トークしてたんじゃなかったっけ。なんでいきなり俺とお嬢様の出会いトークに?
お嬢様はまたむっとして、「早く答えなさいよ!」とまたキレた。この導火線の短さは少しどうかと思うんだけれど。
「えっと、お嬢様がなんかその、おまじないBOOKで俺の事を呼びだして……お嬢様と三村君がくっ付かないと俺は元の世界に戻れない的な……」
そこまで言うと、お嬢様が一体俺に何を伝えたいのかがよく分かった。
お嬢様がこの世界で三村君とくっ付けば俺は元の世界に戻れる。そんな謎のおまじない。三村君と桜庭さんが付き合ってしまった今、もうその願いは叶いそうにない。
「……お嬢様、その」
「和泉」
お嬢様は、少し涙を貯めて俺を見た。
今まで聞いてきた中で、一番悲し気な声で、お嬢様は俺の名前を呼ぶのだ。
「私、もうどうすればいいか分からない」
お嬢様の声が震える。
そして、涙が頬を伝った。
人間の胸はここまで痛むのか。と初めて知ったそんな日であった。
お嬢様が泣いているのは、きっと自分のせいで俺が元の世界に帰れなくなってしまったなんで自分を責めているから。まぁ100%お嬢様が悪いんだけど。
何をトチ狂ったか、俺はお嬢様のいるベッドの端に腰かけてお嬢様の震える体をぎゅっと抱きしめているのだ。
「和泉、やめて。お願いだから」
「……やめない」
まさか自分からこんな言葉が出るとは。
少し体を離して、お嬢様の方を見れば、お嬢様は本当に体中の水分がなくなるんじゃないかと思うくらい涙を零していた。
その涙をすっと拭き取れば、よけいにお嬢様は涙を零す。
「お嬢様の恋が叶わなければ、俺は元の世界に帰れないんですよね」
俺はてっきりお嬢様がうん、と頷くと思っていた。
それでも、お嬢様は何も言わずにただ、えぐえぐとえずきながら俺のシャツをぎゅっと握るだけだ。
「良いですよ、良いですよもう」
「お嬢様が居るなら、もう俺はこの世界から帰れなくなっても構わない」
恵谷和泉史上最高にトチ狂った発言であった。
お嬢様は、そんな俺のトチ狂った発言に何故か涙をぼろぼろと零して「違う、違うの和泉」と何度も何度も繰り返した。




