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02 手の込んだ自殺

「あの、お嬢様。乙女ゲームって何ですか」


 お嬢様、というのがどこかたどたどしい。

 お嬢様は俺の投げかけた質問に何故か目をまんまるとさせた。



「乙女ゲームが何か分からないの?」

「……女の子育成ゲームですか?」

「違うわよ。……しょうがないわね私が教えてあげるわ。乙女ゲームっていうのはね、『乙女のゲーム』の事よ」

「それ単語分解しただけ」


 お嬢様は俺がそう言うと「やれやれ」と大きくため息をついた。

 そして未だなおなぜかプリンセスベッドに座り込む俺をちら、と見る。そして自分が腰かけていたプリンセスベッドから立ち上がると、ふた☆プリおまじないBOOK片手に口を開いた。



「乙女ゲーム、プレイした事ないの?」

「俺が乙女に見えますか?」


 顎に手をやり、首を傾げるお嬢様。なにこの人若干迷ってんの。どう見ても俺「乙女」じゃないんだけど。



「……とりあえず、乙女ゲームって何か教えてください」


 どういう世界か分かっていれば、お嬢様と三村君とやらをさっさとくっ付ける事が出来そうだし。

 何故かお嬢様はふた☆プリおまじないBOOKを開く。



「えっとね。乙女ゲームっていうのは女の子向けの恋愛ゲームの事で、攻略対象である男の子と恋に落ちるまでのプロセスを楽しむものなんですって」

「……もしかして、おまじないBOOKにそう書いてあるんですか?」

「そうよ? 私もおまじないBOOKをたまたま道端で拾って読んで初めて『自分が住んでる世界がゲームの世界で、蓮見千秋はお邪魔キャラ』って事を知ったの」


 なるほど。とりあえず、お嬢様が拾ったのが名前を書けば人が死ぬノートじゃなくて良かった。この人に持たせたら色々危なそうだし。どこぞの神様の粋な計らいに感謝。



「……ちょっと待ってくださいね、じゃあここがゲームの世界で、自分がライバルキャラだって知ってるのは千秋お嬢様だけって事ですか」

「そうね、見てみなさい」


 お嬢様はそう言って、またぽすんとプリンセスベットに腰かけると、ちょいちょいと手招きをした。

 俺もベッドの真ん中からベッド端に移動し、お嬢様の横に腰かける。

 俺と違って足が床に少しだけ届いていないお嬢様は、ぷらぷらと足を前後に揺らしていた。


 「和泉」とお嬢様が呼ぶので、お嬢様の膝の上に開かれている「ふた☆プリおまじないBOOK」を見ればそこにはゲームの攻略本の初めの方にある、ざっくりとしたあらすじと登場人物がまとめてあるページのようなものがあった。


 そこには、二人の男の子と、一人の女の子がでかでかとした絵で描いてある。

 なるほど、この三人がさっき言ってたようなメインの人たちという事だろうか。


 ちらと端の方に目をやると、クッソどや顔をかました人が。そこには「蓮見千秋:何かと邪魔をしてくるライバル」という残念極まりない説明文付き。



「これを見て、ようやく分かったの。三村君にアプローチしてもいつも上手くいかないのは私がライバルキャラなんていう設定だからよ!」

「……なるほど」

「でも私はこの世界に屈したりなんかしないわ! 絶対に三村君とくっ付いてみせるんですから!!」


 いや、でもこのメインヒロインって書かれた子と三村くんとやらがくっ付く運命はどうしようもないんじゃないか。そう思って口を開く。



「いや、でも……お嬢様ライバルキャラだし……さっきも言いましたけどちょっと厳しくないですか」

「……だからやる気・根性・努力でカバーって言ってるでしょ!」


 若干キレ気味なお嬢様がそう言う。

 やる気・努力・根性でカバーなんて言いながら、下僕を召喚して自分の恋路を手伝わせるなんていうスーパー他力本願っぷりに乾いた笑いが漏れる。



 そんな時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 「千秋お嬢様」と凛とした声も扉越しに聞こえる。



「ドリー!」


 ドリー?なにそれ?

俺の隣に座っていたお嬢様はぽいっとおまじないBOOKをベッドの上に投げ、扉に向かってぱたぱたと駆けていく。

 ちょっとおまじないBOOKの扱い雑じゃないか。扉を引くお嬢様の背中を見ながらそう思っていれば、少し空いた隙間から無表情のメイド服を着た女性と目があった。



「お嬢様、中に入れて頂いていいですか」

「ええ、構わないわ」


 そう言ってお嬢様がドアを全て引けば、そのメイドさんは「失礼します」と頭を下げた後にお嬢様の部屋に足を踏み入れた。

 俺とばっちり目が合っても一つも動かない表情筋。



 ドリーなんて呼ばれていたメイドさんはドリー感皆無。

 俺はドリーなんていうから外人さんなのかと思っていたが、目の前のドリーさんはきっとしたきつめの目に、長い黒髪を一つに束ねてしわ一つないメイド服をしっかりと着こなした外国人には見えない普通の女性であった。



「使用人たちが、お嬢様の部屋から男性の声がすると騒いでいたものですから」


 ドリーさん(仮)は俺をじとっと見つめながらそう言った。

 そうか、ここお嬢様の部屋か。何となくそんな気はしてたけれども。


 お嬢様は「あ」と言った後に俺を見る。

 そしてまたどや顔で「和泉は私の下僕なの!」と事情を知らない人からすれば電波極まりない発言を。


 どう考えても、まずどうしてこうなったのか説明をすべきなのに、何故か俺はぱっと立ち上がっていた。



「あ、今日から千秋お嬢様の下僕の恵谷和泉です……」


 人間テンパると頭がイカれると身をもって体感した瞬間であった。



「ああ、そうですか。私は蓮見家メイド長の夢丘です」


 何の疑問も持たれず自己紹介返しされた。



「ドリー! 私ようやく下僕の召喚に成功したの!」

「ああ、そうなんですか。等価交換でお嬢様の腕が持っていかれたりでもすればどうしましょう。と心配していたので良かったです」


 ドリーさんは依然表情を変えずにお嬢様にそう言う。

 でもお嬢様は、ドリーさんに褒めてほしいらしく「凄いでしょー!」と何度も自慢していた。



「あ、和泉。紹介するわ。蓮見家メイド長の夢丘よ。夢丘は英語でドリーム丘だから愛称は『ドリー』なの。ドリーって呼んであげ」

「夢丘でお願いします」



 夢丘さんは丁寧に頭を下げながらそう言った。

 夢をドリームと英訳しておきながらも、丘を英訳できていないあたりからお嬢様のボキャブラリー能力の低さを垣間見る。



「お嬢様から、下僕召喚計画は伺っていましたが……まさか本当に来てくださるとは。ご苦労様です」

「あ、どうもっす……」

「和泉。ドリーはメイド長だから、分からない事はなんでもドリーに聞くといいわ」


 メイド長か。本当に千秋お嬢様はお金持ちの令嬢なんだな。

 夢丘さんは「よろしくお願い致します」と俺に頭を下げた。つられて俺も頭を下げる。



「和泉さんの事は、また使用人達にも伝えておきます」

「あ、ありがとうございます」

「……まぁ奥様と旦那様には秘密にしておきますが」


 え、なんで一番大切そうな人には秘密?

 俺が思いっきり首を傾げたのに気づいたのか、夢丘さんはこれまた表情を変える事なく口を開いた。



「蓮見家の奥様と旦那様は今、海外にいらっしゃるので」

「海外で働いていらっしゃるんですか?」

「いいえ、ベガスにて豪遊中です」

「……お嬢様、蓮見家ってどういう会社を経営してるんですか」

「ラブホとパチスロよ!」

「妙にリアル」


 いや、お金持ちなのには変わりないのだろうけれど。

 相変わらずじとっとした目で俺を見る夢丘さんはぽつりと「お嬢様に手を出せば私の首が飛びますので」と言ったが、お嬢様と三村くんとやらがくっ付かなければ俺は元の世界に帰れないのに、流石にそこまで手の込んだ自殺はしないと思う。


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