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19 カミングアウト

 

 いつもなら必ず夜はお嬢様と人生ゲームをしたり宿題をしたりする。

 ただ、今日はそんな事をする気分にもなれずに俺はただ自分の部屋でぼんやりと天井を見つめていた。


 こんな暇な日は、お嬢様がバスケの練習に行って以来だ。



 お嬢様の先ほどの表情が頭にこびりついている。

 あの人あんなちゃらんぽらんに見えて色々考えていたんだ。


 あんたは私の事を何も分かってない。という言葉が何度も反響した。それに強く言い返してしまった事も思い出してため息をつく。

 どうしてあんなに強く言ってしまったんだろう、なんて今さら。


 そんな時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 いつも通り「さっさと私の部屋に来なさいよ和泉!」なんて言うお嬢様が居ないかと若干期待したが、扉を開いた先に居たのはいつも通り無表情をキメた夢丘さんであった。

 俺は「どうも」と言った後に部屋から廊下に出て、自分の部屋の扉を閉めた。



「和泉さん、今日はお嬢様の部屋に居ないんですね」


 俺にシャツをぐっと押し付けた後夢丘さんがそう言う。

 喧嘩したんです。と言う事もなんとなくできなくて、「ああその」なんていう曖昧な言葉ばかり並べていると、夢丘さんが「喧嘩したんですね」と俺を鼻で笑いながらそう言った。



「何で分かるんですか?」

「お嬢様が先ほど真っ赤な目をされていたので……特に私は口出しするつもりはありませんが、一つだけ良いですか」


 妙に真剣な顔付きで夢丘さんがそう言うので、すこし背筋をしゃんとさせた。

 そんな俺を見て夢丘さんはまた「は」と俺を鼻で軽く笑った後、口を開いた。



「和泉さんが思ってる以上に、千秋お嬢様は和泉さんの事を考えていらっしゃいますよ」

「……どういう意味ですか」


 そこまで言うと、いつもの無表情でトントンと人差し指で自分の頭を叩く夢丘さん。「それくらい自分で考えろクソ」という意味だろう。

 良く分からない夢丘さんのアドバイスに首を傾けていた時、廊下の先にあるお嬢様の部屋の扉の隙間から千秋お嬢様がこっそりこちらを覗いているのに気が付いた。

 俺とぱっと目が合えばすぐにバンと閉まる扉に苦笑。


 夢丘さんを見れば、お嬢様の部屋を指さして俺にGOサインを出している。



「和泉さん、お嬢様をよろしくお願いします」

「……頑張ります」


 俺に一度礼をした後、すたすたと廊下を歩いて行く夢丘さんの背中を見送った後ため息交じりに廊下を歩いてお嬢様の部屋の扉を叩く。



「あのー俺ですけどー」

「和泉ごめんなさい!! 許してください!!!」


 ドア越しにそんな言葉が。こんなあっさり謝ってくる?なんて軽く拍子抜け。

 お嬢様はいきなり謝ってきたくせに、ドアを開けないという謎の手段に出ている。いや、いつも通り入れてくれよ。



「とりあえずいれてくれませんかー?」

「年頃の女の子の部屋に入るなんて変態よ!」

「じゃあこれから人生ゲーム一人でしてくださいね」


 俺がそう言った数秒後、がちゃと鍵の開く音がした。

 お嬢様人生ゲーム愛しすぎだろ。

 そろりと顔を出すお嬢様は、今まで泣いていた感満載。鼻も目も真っ赤であった。



「すっげぇブスチョモランマ」

「誰がブスの最高峰よ!」


 しっかりツッコミ返してくれたお嬢様。いつも通りお嬢様の部屋の椅子に座りこめば、お嬢様はプリンセス(笑)ベットにぼふと音を立てて座った。



「和泉、本当に本当にごめんなさいいいい」


 さっき喧嘩した時の威勢はどこに。と問いかけたくなる程お嬢様はめそめそと泣いていた。

 これはよくある一人になった瞬間かなり後悔する病だろう。



「いや、まぁ俺も悪かったです。かなりきつく言ったし……」

「ほんとにごめんなさいいいいい」


 何だろう。急にもの凄くどうでも良くなってきた。

 鼻水をぐずぐずとすするお嬢様に苦笑しつつ、とりあえずティッシュを手渡す。

 女の子とは思えないような可愛くない音を立ててお嬢様は鼻をかむ。



「ごめんなさい本当に。言っちゃだめだと思ってた事、我慢できずに言っちゃったの……私、本当にバカだわ」

「……ああ、でもあれがお嬢様の本音ですよね」


 自分が悪役令嬢だとかいう謎のポジションである事への怒りと、何も分かってない俺への怒り。

 それをお嬢様が今まで誰にも言わずに黙っていたのかと思えば胸が痛む。



「ごめんなさい」


 お嬢様がまた謝った。

 俺の「あれが本音ですよね」と言う問いかけへの返答はそれだった。胸の痛む肯定の仕方をするなぁ。なんてぼんやりと思う。



「……和泉、私はダメな人間なのよ。本当に」


 謎の倒置法を駆使するお嬢様。

 ぼろぼろと漫画みたいに零れてくる涙に笑えば、お嬢様は「笑わないでよ!」と若干キレた。



「俺は、蓮見千秋じゃないから正直あんたの気持ちは分かりません」


 ぐしぐしと鼻をすするお嬢様を見ながらそんな切り出し方をすれば目を少しぐら、と揺らしたお嬢様が俺の視野に居た。



「でも考えればそんなの当たり前ですよね」


 ぽうぽつ、とそう言っていけばお嬢様が俺から目線を逸らし、俯く。

 早く結論を言いなさい、といつもの命令口調のくせにか弱い声でお嬢様がそう言った。



「あんたは俺に本音を言わないし」

「……ごめんなさい」

「でも、俺もお嬢様を分かろうとしてなかった」


 そこまで言えば、お嬢様がぱっと顔を上げた。

 そして「和泉」と涙声で俺の名前を呼ぶ。



「ごめんなさい、私、和泉に本音を言って嫌われるのが怖かったの」


 さっきは感情に任せて言っちゃったけど……とお嬢様はぼそりと呟く。

 そしてまた俺の顔を見るなり「ごめんなさい」と付け足す。



「私、和泉に嫌われたくないの」


 お嬢様の頬に涙が伝う。

 それをお嬢様が拭わないからつうっと涙が頬を伝って顎の近くからぽたりと落ちるのを俺は見ていた。



「今まで散々振り回されてきたのに、お嬢様が本音言ったくらいで嫌いになりませんから。だからこれからは思った事ちゃんと言ってください」


 乙女ゲーだとか、悪役令嬢だとか。とりあえずよく分からないし、俺は蓮見千秋でないから蓮見千秋の気持ちも分からない。

 でもお嬢様が一人で考え込まずに言ってくれれば、ちょっとは分かるように努力するから。まぁ「ちょっとは」だけど。



「和泉、私がどんな事言っても嫌いにならない?」


 そう言うお嬢様にに、笑って頷く。

 だって、俺はあんたの下僕なんですから。そう言えばお嬢様も眉を下げて笑った。



 お嬢様はすっと立ち上がって、自分の勉強机の引き出しを引いて「おまじない用」と書かれた中透明の袋に、髪の毛っぽい何かが数十本ある袋を俺に突き出した。



「私ね、おまじないに使うために夜勝手に和泉の部屋に忍び込んで髪の毛切ったの……」

「お嬢様、法廷で待ってますね」


 そんなカミングアウトは要らなかった。


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