18 運命
「和泉、差し入れを作るわよ」
そう言ってお嬢様に連れてこられたのは、蓮見家の厨房。
数人いる使用人の皆さんの食事もここで用意するため、厨房はかなり広い。
このそこそこ広い厨房に、エプロンを付けた俺と千秋お嬢様が2人でまな板の前でぼんやりと立っている。なかなかシュールな図である。
「差し入れって三村君何部なんですか」
「天文部」
「差し入れの必要性の無さ」
普通差し入れってバスケだとか、運動でキラキラした汗を流した人に渡すものだろ。
じっと座って星を見ている三村君に差し入れの必要があるとは思えない。
「構わないの、三村くんに家庭的な面をアピールできるチャンスなんだから!」
「……何を作るつもりですか?」
「チョコレート!」
チ、チョコレートで家庭的な面をアピール……?なんていう若干の疑問は残ったが、案外お嬢様は料理が上手かった。
きっと料理を全て炭にしてしまうような人なんだろうな、とか勝手に思っていてすみませんでした。
「なんだ、普通においしそうじゃないですか」
「料理だけはそれなりにできるのよ」
ふふん、と笑うお嬢様。
料理以外はポンコツである事を自覚しているあたり、好感が持てる。
「三村君に好きになって貰えるようにおまじないかけようかな」
「……どんなおまじないですか?」
「毛髪を「やめてください」
*
多くの生徒がもう家に帰った放課後、少し寂し気な夕焼けがお嬢様の横顔を染める。
三村君は、天文部の帰り、必ずこの道を通るらしい。以上ストーカーお嬢様の調査結果より。
綺麗にラッピングされたチョコレートの箱を手に持つお嬢様。
何度も何度も「サシイレツクリマシタ」と片言で三村君に渡す練習をしている。
そんなお嬢様を横目に、俺は三村君がいつ来るか。と電信棒の後ろから見ていた。
「あ、おじょ……」
そこまで言った時、俺はぐっと口をつぐんでしまった。
何故かと言うと、三村君が楽し気に桜庭さんと話しながら帰っていたから。
おじょ、まで言ってしまったので勿論千秋お嬢様もひょっこり電信棒の陰から顔をだした。少し身長の低いお嬢様。視線を斜め下にやれば、悲し気なお嬢様の表情が目に映る。
何を離しているのか分からないけれど、二人の足がぴたりと止まった。
こちらに気づいている事も無いようで、二人はじっと見つめ合った後にゆっくりと唇を重ねた。
ああ。見ちゃったキスシーン。
唇を離した後も、恥ずかし気に笑いあう二人の姿は見れるのに横に居るお嬢様の顔が見れなかった。見たくなかった。
お嬢様は何も言わずに、ぱっと家の方に向かって歩きだした。
そんな背中を見ながら「千秋お嬢様」と言えども、お嬢様は振り向かなかった。
「お嬢様、あの大丈夫ですか」
「……大丈夫って何が?」
「いや、その」
何で俺、こんな焦ってるんだろう。
お嬢様は未だなお、さくさくと足を進めていく。
「な、何か変なとこ見ちゃいましたね」
「お嬢様なら、あそこでキス阻止しに行くかと思いましたよ」
はは、と笑いながら冗談っぽくそう言うとお嬢様の足がぴたりと止まった。
肩にかけているスクールバックを掛け直しながら、「和泉」と俺の名前を呼ぶけれどお嬢様は未だ後ろを振り向かない。
「何で私じゃだめなの」
お嬢様はそうとだけ言った。
声は震えていなかった。
この通学路は小学生も通っている。
いつもなら小学生と同じくらい騒ぎながら帰るお嬢様が今日は俺を見て押し黙っている。
元気にふざけながら帰る小学生の声がやけに耳に響いた。
俺が小さく「お嬢様」と呟けばお嬢様はくるりと振り返る。
「私も三村君の事が好きなのに。どうして私じゃだめなの」
お嬢様の声が震えていた。
お嬢様の頬を伝う涙が、俺の胸の痛みを誘う。
ぽつぽつと落ちていく涙がお嬢様の足元に丸い跡を残す。俺はそれを黙って見ていた。
「意味不明なのよ。なによ『悪役令嬢』って」
「……お嬢様」
「おかしいよね。なに私頑張ってるんだろう。どう頑張っても三村君は私を見てくれないシナリオなのに」
お嬢様は自虐的な笑みを浮かべる。
俺は何も言えなくなってしまったただ、黙る事しかできない。
何を言っても、慰めにならない事だけは明白なのに、どうして俺の頭は頑張ってお嬢様を慰めるような言葉ばかり探しているのだろう。
「少し期待しちゃう私がバカなの? もしかしたらって思っちゃう私がバカなの?」
「……そんな事ないです」
「何しても嫌われるし、友達も居ないし」
お嬢様がぽつぽつとそう答えるのが、ただただ悲しかった。
「ホラ、でも嫌われてるのは俺も同じだし……」
フォローしたつもりだった。
お嬢様は俺のその言葉を聞いた後、ばんと持っていたチョコレートの箱を俺に投げつけた。
地面にぽろんとだらしなく落ちたチョコレートの箱に目をやった後、お嬢様に目をやる。お嬢様は泣いているくせにぐっと眉を寄せて俺を睨んでいた。
「和泉、あんたは良いわよね」
「……何がですか」
「あんたは元の世界があるけど。私はこの世界でしか生きれない。
私は一生嫌われものの、蓮見千秋として生きていくしかないのよ」
たぶん、お嬢様が俺に見せた初めての本音。お嬢様が自嘲気味に言う本音に何も言い返せなかった。
俺はお嬢様の事を「ポジティブ病」な人間だと勝手に思いこんでいたのだ。
悪役令嬢でも、絶対にメインヒーローとくっつける!だから私は頑張るわ!なんていう風な。
「あんたも、あんたの世界の奴らも皆大っ嫌い! 『悪役令嬢』って何なのよ! 何で私は幸せになれないのよ! 嫌い! あんた達なんか大っ嫌い!」
お嬢様がそう怒鳴る。
不思議とお嬢様が俺に怒鳴ってきた事に腹が立たなかった。
でも怒りが湧かないのはきっと「この人は可哀想な人なんだ」という同情からくるものであって。そう思えば余計虚しくなる。
「お嬢様は、本当は優しくていい人だからきっといつか振り向いてもらえますよ」
自分でも上辺の言葉だと分かりきっているのだから、お嬢様がそれに気づかないわけがない。
ぎち、と俺を睨んだ後にお嬢様は口を開いた。
「あんたは私の事を何も分かってない」
ああ、そうだよ。あんたの言う通り俺はお嬢様の事なんて何も分かってない。
だって、あんた俺の知らない所で泣くし。
俺に本音なんか言わないし。
「……ああ、分かんねぇよ! だってあんた何も俺に言わないでしょ。それなのに『私の事を分かれ』なんて無理に決まってんじゃないですか!」
お嬢様の瞳がぐら、と揺れた。
お嬢様に「私の事を知らないくせに」と言われた事がどうしても腹立たしくて、強く言ってしまった。
俺はお嬢様とこの数か月一緒に居て、お嬢様の事を知っているつもりだったのに。
よくよく考えたら俺はお嬢様の事なんか何も知らなかった。それをお嬢様の口から言われた事が悲しくて悔しくてたまらなかった。
お嬢様は俺のその言葉に何か反論しようと、口を開いたがすぐにぎゅっとつぐんだ。
くるりと振り返った後に「先に帰るわ」とだけお嬢様はぽつりと呟き、コンクリートの道をこつこつとローファーの音を立てながら走っていった。
俺はそんな背中を見ながらただ、蓮見千秋の人生について考えていた。




