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16 お嬢様、壺を買う。

 これは持論だが、バカが一番手にしてはいけないものはお金だと思う。



「和泉! 聞いて! 壺を買ってきたの!」


 そう言うと、お嬢様は部屋にどんと人の顔くらいの大きさの壺を置いた。

 色は……なんだかうす汚い茶色。特にこれといった特徴もない本当に普通な壺だ。どうにもお嬢さまは路頭で販売されていたものを買ったらしい。



「……なんですかこれ」

「恋愛成就の壺ですって」


 そんな壺買う暇あったらちょっとは三村君に話しかける努力ででもすれば良いのに。この人はどうしてこんなにも努力の方向音痴なんだろうか。



「何円したんですか」

「20万」

「初任給レベル」


 どう考えても胡散臭さしかないこの壺。これに20万も払えるお嬢様の思考回路は一体どうなっているのだろう。あまり理解したくはないが。


 お嬢様は、自分の部屋の床頭台の上に置いた壺を嬉々とした瞳で見つめた。

 お嬢様の部屋は、使用人の人達の粋な計らいによってそれなりに上手くまとまってコーディネートされているのに。なんという事でしょう。この微妙に小汚い壺のお陰で、なんとなく部屋が綺麗に見えないという事態に。



「お嬢様、和泉さんここにいらっしゃったんですか」


 そう言って部屋に入ってきたのは夢丘さんだった。相変わらずの無表情っぷりだが、お嬢様の部屋にある薄汚い壺を見て眉を寄せた。



「お嬢様、壺なんか拾ってきたんですか。だめですよ、こんな汚いの」


 夢丘さんは部屋に入ってきてお嬢様のクローゼットに服を詰め込んだ後、お嬢様の買ってきた壺をまじまじと見つめる。そしてまた小さく「汚いですね……」と確認するように呟いた。

 夢丘さん、それ20万円。



「ドリー、それ買ったのよ。恋愛成就の壺らしいわ」

「骨董市などでですか?」

「道端で謎のオッサンが売ってたの」

「……千秋お嬢様、失礼ですがお値段は」

「20万」


 夢丘さんが目を開いた。そして、小汚い壺を何度も何度も見る。


「に、にじゅうまん……」という小さな呟きは、お嬢様には聞こえていないらしい。

 さも超レアアイテムを手に入れたかのごとく、お嬢様は眉を上げにこりと笑った。顔が語っている。「こんなアイテムを見つけた私、すごいでしょう」と。



「……お嬢様。この壺は持っているだけで恋愛が成就するのですか?」

「ううん、成就っていうかね、『好きな人と結ばれたいの』って言ってたらこの壺をおすすめされたの。だから、『好きな人とくっ付ける』って感じなのかなぁ」


 フワフワしたお嬢様の説明に俺と夢丘さんは顔を見合わせた。

 本当にこの人のおまじないグッツ頼りなんとかならないのか。



 夢丘さんは見たことのないような目で俺をぎろりと睨みつける。なぜ俺に怒りの矛先が。

 夢丘さんは俺の手首をぐっと握った後、お嬢様に向かって口を開く。



「お嬢様、使用人での会議があるので和泉さんをお借りしてよろしいでしょうか」

「どーぞご自由に~。あ、でも和泉。九時から大富豪する約束忘れないでよ」

「……了解です」


 タイマン大富豪というこれまた面白味もクソもない時間がやってくるのを憂鬱に思いながら、夢丘さんに手を引かれて部屋を出ていく。

 ばたん、とお嬢様の部屋の扉が閉じる音と共に、夢丘さんがぎっちいと俺を睨んだ後に「和泉さん」と静かな声で俺の名前を呼んだ。こわい。



「……あなたがついていながら、どうしてあんなクソアイテムに20万も」

「いや、落ち着いて下さい夢丘さん。あれお嬢様が1人で勝手に買ってきたんですよ。俺がアレを買うのを止めない訳がないでしょう」


 1人で、勝手に。という言葉を強調して言うと夢丘さんは少し考えた後に「……なるほど」と呟いた。

 どう考えたってあんな普通の(というよりむしろ普通よりも小汚い)壺を20万で買います!という人間を止めない奴の方がおかしい。

 まぁ20万もするパチモン臭しかしない壺を買う人間はもっとおかしいけれど。



「あの壺で効果がなければ、お嬢様が落ち込むのは当然……なんとかしないと」

「放っておけば良いじゃないですか、懲りますよ」


 夢丘さんは俺のその言葉に鼻を鳴らした。

 バカ言ってんじゃないわよ。と物語る表情はどこかお嬢様を彷彿とさせる。



「20万の壺で無理なら、100万の壺を買おう。と言うのが千秋お嬢様ですよ」

「確かに」


 流石夢丘さん、長年お嬢様に付き合ってきたからかバカの扱いになれていらっしゃる。



「おまじないBOOKになんとかして貰いましょうか」


 しかし夢丘さんも長年お嬢様に付き合ってきたせいで、相当バカウイルスにやられているご様子。







「お嬢様、この壺とおまじないBOOKを組み合わせたら最強だと思いませんか?」


 部屋に入った瞬間そう言えば、お嬢様は「確かに」と目を輝かせた。

 夢丘さんと出した結論は「おまじないBOOKをつかっときゃなんとかなる」というものだった。


 お嬢様は鼻歌交じりにぺらぺらとおまじないBOOKのページをめくる。



「あ、ぴったりなのを見つけたわ! 壺に水を張って、3回その壺に土下座するの。その後その壺を覗くと自分と結ばれる相手が写るんですって! やりましょう!」


 バンとふたプリおまじないBOOKを閉じたお嬢様がそう言う。普段なら一瞬で断っているが、今日は夢丘さんからの「あの壺で成果をあげてこい」との指令が飛んでいるため、とりあえずおまじないBOOKに頼るしかない。



 すぐさまお嬢様は内線で使用人を呼び、水を用意させ壺の中に水を流し込んだ。

 もちろん、その使用人さんは困惑した表情を拭いきれていない。

 そりゃ夜に水を用意してその壺にいれとけなんて言われたら誰だって困惑するわな。



「和泉! 土下座するわよ!」


 ばっと床に正座したお嬢様がそう言う。

 かの常務のように生まれたての小鹿並に葛藤しろとまでは言わないけれど、もうちょっと迷いましょうよ。

 なんでこの人はこんなにもさらっと土下座をするかな、なんて思いつつ俺も床に正座し、3回土下座した。

 ここまで「俺なにやってんだろう」と思う時間は生まれて初めてだ。



 お嬢様と3回の土下座を終えて、そっと壺を覗きこむ。

 そこには当然のごとく俺とお嬢様の顔が写っているだけだった。2人してがっくりと肩を落とす。さっきの土下座、返してくれよ。


 それでもお嬢様が「何よ使えないわねこの壺!新しいのを買うわよ!」なんて言いださなかった事に胸を撫で下ろす。


 ベッドに寝転んだお嬢様は、近くに立っている俺にぱっとトランプを投げつけた。



「和泉、早く大富豪するわよ。カードを分けてちょうだい」

「……めんどくさ」


 心の声がぽろりと零してしまった。

 お嬢様がじっと俺を睨むので、どうせならもっと二人でやっても楽しいゲームしましょうよ。と俺は言う。



「何言ってるのよ和泉。大富豪ほど私に似合うゲームは無いでしょう?」

「何でですか?」

「だって私も大富豪だもの」

「ラブホとパチスロのね」


 俺はため息をつきながら、カードを自分とお嬢様の為に分けていく。

 するとごろごろとしていた千秋お嬢様は、すっと起き上がりベッドの上であぐらをかいた。本当にこの人お金持ちの令嬢なのか……。


 ベッドの端に腰かけながらため息をつくと、お嬢様は俺を見て笑った。



「今日はおまじないあまり上手く行かなかったわね」

「……ああ、そうですね」

「おまじないBOOKってやっぱりクソですよ」

「そんな事ないわ、だっておまじないBOOKがあったから私は和泉と出会えたんですもの」


 お嬢様がそう言って笑った。

 その笑顔がやけに可愛くみえるのは、お嬢様が前に俺の毛髪を使っておこなっていたおまじないのお陰なのか。はたまたそうではないのか。その答えは多分ふた☆プリおまじないBOOKだけが知っているのだろう。


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