15 ちょっとやばい
「蓮見って可愛くねぇか?」
第一声から何言ってんだこいつ。
食堂はどうにも、昼間の高カロリーのオンパレードなメニューと違って放課後はカフェメニューに変わるらしい。そこでカフェオレを頼んだ俺は、とりあえず話があるらしい三村弟の前に座っていた。
俺は冷えたカフェオレを流し込む。
お嬢様と帰る頃にはだいぶサブくなっていそうだな。なんて思いながらセーターの裾を少し伸ばす。
「……さぁ、俺は普段から一緒にいるからどうも思わないけど」
「……蓮見といつも一緒に居れるなんてお前、良い思いしてるな……」
毎日寝るまで人生ゲームやらUNOやらに付き合わされる生活のどこが良い思いなんだ。
まぁ。千秋お嬢様が可愛いという所にはほんの少しだけ同意できるけど。ほんの少しだけ。
「あの角でぶつかった時から、俺の心は蓮見に持ってかれてんだ……」
「お前の惚れやすさなんなの」
これも乙女ゲーの宿命か。とりあえず角でぶつかっただけで惚れるって大丈夫?
それにしてもこいつのポエミーな発言といい、どうしてここの世界には頭が弱めな人が多いのか。
お嬢様とこの三村弟を見ればさすがの文部科学省大臣とて焦ってカリキュラムの見直しを始めるのでは。まぁこの世界に文部科学省があるかなんて知らないが。
「恵谷、俺と蓮見が上手くいくように手伝ってくれねぇか」
「……手伝うって?」
「俺と蓮見が付き合うまでのプランを最初から最後まで計画してくれ」
「お前他力本願過ぎだろ」
お嬢様で慣れているが、バカな奴名物「スーパー☆他力本願」に乾いた笑いがでた。
っていうか、お前がお嬢様の事を好きでも邪魔でしかない。
お嬢様と三村君がくっ付かなければ俺は元の世界に戻れないというのに。
「……お嬢様は好きな人が他に居るからやめとけよ」
俺がもし、片思いしててこんな事言われたら泣く。
ちら、と三村弟の方を見れば真顔で「で?」と言われた。なにこいつの鬼メンタル。
「俺は絶対に蓮見を振り向かせる」
本当に三村弟のお嬢様と通ずる異常なまでのポジティブシンキングな……。
三村弟がお嬢様の事を好きでも、何も得しないんだけど。むしろ邪魔でしかない。
*
「お嬢様、三村弟ってどう思いますか?」
「どう思う? どう思うって言われても……別になんとも」
寝る前にもう一度歯磨きをしようと洗面所に向かうお嬢様を追いかけながらそう問えば、この回答。
嫌われているよりも無関心の方が良くない。というのはよく聞くが。お嬢様は本当に三村弟に興味がないご様子。髪色が違うだけなのに。
「三村君と、三村弟って髪色違うだけじゃないですか。別にどっちでも……」
「和泉、ぶっ殺すわよ」
お嬢様がくるりと振り返ってそう言った。
突然の殺害宣言。お嬢様三村君ガチ勢過ぎて怖い。
髪色が違うだけでどうしてここまで愛情に差が生まれるのか。
「三村君と三村弟は全然違うでしょ。ひとまとめにしないで!」
お嬢様はキレ気味にそう言いながら、洗面所の電気をぱちんとつけた。
全然違う……のか?なんて俺は自問自答しながら歯ブラシに手をやる。お嬢様が先に歯磨き粉を使っていたので、俺が待っているとご丁寧にも俺の歯ブラシの上にもむにゅっと歯磨き粉を落としてくれた。
「ああ、どうも」
「ふぉういふぁひまひて」
多分「どういたしまして」って言ってるんだと思う。歯磨きしながら喋るなよ。
しゃかしゃかと数分お互い無言で歯を磨く。
磨き終われば、タオルで口を拭いた後、お嬢様が少しむっとした表情で俺を見た。
「和泉に好きな女の子が居たとして」
「なんですか突然……」
お嬢様が突然謎のたとえ話を始める。
お嬢様は「うるさいわね!最後までちゃんと聞きなさい!」といつもの通りキレた後人差し指をぴっと立てながらまたその話を続けた。
「その女の子に似てるからって、その女の子の妹の事を好きにはならないでしょう」
「……まぁ、そうなんですかね」
俺が適当な返事をしたのに気づいたらしいお嬢様は「そうなの!!」とこれまたキレ気味に言った。この人なんでいつもキレ気味なんだろう。
「そういえば、和泉に好きな女の子は居るの?」
お嬢様は首をかしげながらそう言った。
「別にいませんけど、……っていうか今誰かさんのせいで乙女ゲームの世界に閉じ込められてるし」
お嬢様を冗談っぽく責めたつもりだったのに、お嬢様はやけに傷ついたような顔をした。
別にそんなマジに取らなくてもいいのに。とどう考えても俺は言い訳するポジションではないのに、お嬢様に対しての言い訳を考えていた。
「そういうつもりじゃなくて、ええと、なんていうか……」
「何であんたが焦ってるのよ」
「……ですよねぇ」
お嬢様は俺の言葉にくすくすと笑った。
そして帰るわよ、とも何とも言わずに勝手に洗面所の電気のスイッチを落として廊下へ歩いて行く。
消すわよ、くらい言えよ!なんて思いながら俺も洗面所を後にして、お嬢様の横を歩く。
「今日も部活終わり、迎えに来てくれてありがとう」
「ああ、別に」
「部活帰り、あそこの坂から見る景色は本当に綺麗よね」
「……俺はチャリ漕ぐのに必死ですから見てる暇なんかないですけど」
「特にラブホは光が煌々としてて……自分の家業を誇らしく思ったのははじめてね」
そう言えば、お嬢様は隣でくすくす笑った。
夜は二人乗りあぶないから。と言ってもお嬢様はきかない。どうにも二人乗りの楽さに味をしめた模様。
「良かったわ」
「……何がです」
お嬢様は自分の部屋の前でぴたりと足を止め、俺をまじまじと見る。
お嬢様のアホ国語力というか。お嬢様に主語がないのはよくある事なので、俺はお嬢様の言葉の主語は何だろうなんて考えていた。
「私の下僕が和泉で良かった。ほんとに、ほんとに良かった」
お嬢様が本当に嬉しそうに、俺を見上げてそう言うので俺は何も返せなかった。
自分の顔が紅潮していっている事には自分が一番気づいていたので、わざとらしく咳なんかして手で顔を隠した。
「和泉といると、とても楽しいの」
「……ああ、そうですか」
「今日もとっても楽しかったわ。明日はもーっと楽しくなるわよね、和泉」
そんな「へけへけ」言うハムスターが主人公のアニメのシメじゃあるまいし。
お嬢様は、少し俺の着ていたシャツを引っ張ると、俺の胸元にとんとおでこを寄せた。俺と千秋お嬢様はそこそこ身長差がある為、お嬢様の髪が喉仏にあたって変な声が出そうになる。
かちりと固まってしまった俺を笑った後に、お嬢様はとんと俺の胸を両手で押した後「おやすみ」と手を振った。
俺はそんなお嬢様に何も返せずただ、やけに早く脈打つ心臓の音を聞いている事しかできない。
そして俺はお嬢様の部屋の扉の前に立ち尽くしたまま「ちょっとやばいかも」なんて一人考えていた。




