10 蓮見千秋
(*蓮見千秋)
ある日突然、自分が生きている世界がゲームの世界だって知ったらどうする?
ある日突然、自分が絶対に幸せになれないような女の子だって知ったらどうする?
「和泉! また寝坊してる!」
ドンドンと扉を叩いてそう言えば、部屋の中から「すみません」という和泉の声が。
私の後ろをたまたま通ったドリーが、ため息を漏らす私を見る。
「和泉さん、寝坊癖があるんですか」
「そうよ。本当に下僕失格だわ」
ドリーは、寝坊した事なんかない。まぁドリーだけじゃなく他の使用人もなんだけれど。
ドリーは「大変ですねぇ」と他人事のように言ったあと、廊下を歩いていった。
和泉は、私が小さな頃からこの家に居るドリーや他の使用人とは違う。
私が「ふた☆プリおまじないBOOK」で呼び出したただの男子高校生。
部屋から出てきた和泉は本当に寝起きの様で、髪がまだ跳ねたままであった。……本当になってない。
和泉を見るなり私が大きくわざとらしくため息をついたからだろうか。和泉はささっと髪を簡単に整えた。そして「おはようございます」とばつの悪そうな顔をして言った。
和泉は、すっとした平行二重と分けた前髪の隙間から除く綺麗な眉が特徴的だと思った。
初め下僕を呼び出した時に「できるだけかっこいいのでよろしく……」と願ったかいはあったみたい。
「今日は土曜だけど、和泉にはある事を手伝ってもらおうと思うの」
「面倒なのは勘弁です」
「面倒じゃないわ! 私を自転車に乗れるようにしてほしいの!」
「面倒じゃないですか」
和泉はじとっとした目で私を見る。なによその表情。
私の家はお金持ちだし昔から全部車移動。わざわざ自転車に乗る必要性を感じなかった。
それでも昨日、三村君と桜庭が二人乗りをして帰っているのを目撃してしまったの。三村君のお腹に腕を回して、ぴったりとくっついているその姿。羨ましい!!!
「私、自転車に乗れるようになって三村君と二人乗りしたいの」
「……自転車って一日で乗れるようになるもんなんですか?」
「……分からないけどチャレンジよ!」
「だから何なんですかそのチャレンジ精神」
和泉が大きくため息をついた。そんな様子に少し腹が立って、わざとらしくふた☆プリおまじないBOOKをめくる。すると和泉が「分かりましたよ!」と若干キレ気味に答えた。
ふた☆プリおまじないBOOKは脅しにも使えるから本当に万能ね。
10月も近づいてきたけれど、まだあまり寒くはないし普通に半袖でも大丈夫な季節。
自転車が欲しい。と言えばドリーが一瞬で用意してくれた。そんな様子に和泉は終始あきれ顔だったけれども。
ドリーが用意してくれた自転車を和泉が押しながら家の前の坂を下っていく。
「お嬢様、練習ってどこでするんですか?」
「河原でやりましょう! もしかしたら三村君に会えるかも!」
そう言えば、自転車を押して歩く和泉がまたため息をついた。
自転車に乗る。という事もあって私らしくないパンツスタイル。
このスキニー、いつぶりに履いたかなぁ?なんて首を傾けながら私は足を進めた。
すると、また休日だというのに仲良さげに二人乗りをした三村君と桜庭が颯爽とその場に登場。
「あ、蓮見さんに恵谷くん。どこかお出かけですか?」
きゅうっとブレーキを掛けた後に、前に座っていた三村君も桜庭が私達にご丁寧にも声を掛けてくれるもんだから振り返って私を見る。
……何でいつもはスカートなのに今日はスキニーなんか履いてきちゃったんだろう。
「ああ、そうです」
和泉がそう答えると、二人は「楽しんでね」と笑った後、これまた颯爽と消えていった。
「いいいいいいいい、いずずずずず和泉! 絶対後ろ離さないでよ!!!!」
「高校生になって本気で乗れない人、初めて見ました」
和泉の呆れたような声が後ろから聞こえる。
チャリの練習を初めて数時間。かなりあたりも薄暗くなってきたがまだ私はチャリに乗れない。
和泉は私の自転車の後ろ側を支えてくれていた。でも和泉が離せばすぐにバランスを崩してしまいそう。世の中の皆さんはどうやってこんなものを乗りこなしているのだろう。本気で凄いと思う。
和泉に後ろを支えて貰いながら、ゆっくりペダルを漕ぐ。
すごい!1メートルは進めたわ!なんて自慢しようと思ったら、後ろの支えが突然無くなったようで突然ハンドルがぐらぐら揺れて、わわっとそのまま右側に倒れてしまった。……とりあえず痛い!!
「和泉! いきなり離さないでよ!」
「……マジで乗れないんですね……」
しりもちをついたままばっと振り返ると和泉は少し笑っていた。どうせチャリに乗れない私を笑っているのだろう。ムカつく!
ズボンに付いた砂をぱぱっと払うと、少しだけ足が痛んで鼻の奥がつんとした。ぎゅっと目を閉じれば何故か涙が零れてくる。
「すみません、そんなに痛かったですか」
「違う! いや、そうだけど!!」
そうなんだけど。痛いんだけど。
和泉が倒れたチャリを起き上がらせてスタンドを立てた後に、地面にぺたんと座り込む私と視線を合わせる為にしゃがみこんだ。
和泉はぼそぼそ「うわぁ俺夢丘さんに怒られるかも」なんて眉を寄せてるけど、そんな事より私の心配をしなさいよ!
そう思えば何故かまた泣けてくる。
和泉は大層困ったように「あー泣かないでくださいよ」と言いながら私の目元をぐっと親指で拭った。
「……車呼びましょうか?」
「違うの! 転んだのも痛かったんだけど!」
こんなに練習しても乗れない自分の不甲斐なさと。
やっぱり仲良しなあの二人の姿と。
何で三村君に会えたのに、こんな可愛くないズボンなんか履いちゃってたんだろう。なんていう形容できない気持ちが私の中にぐるぐると渦巻いていた。
考えれば考えるほど、涙はぼろぼろと零れてきて、和泉の顔もそれに比例するように困ったものに変化していく。
「大丈夫ですか」
和泉が優しい声でそう私に問いかける。
和泉に優しくされると、また泣けてくるのはどうしてなんだろう。
「もうやだ、自転車乗れない」
「今日一日ずっとしたかったツッコミしても良いですか」
「……なによ」
「二人乗りしたいなら、別にチャリ乗れなくても後ろに乗れたらいいんじゃないですか」
「盲点……」
そう漏らすと、あんたの盲点はどれだけあるんですか。と和泉が笑った。
そして最後にもう一度ぐっと私の目元の涙を親指の腹で拭った後、ぱっと立ち上がる。
「俺が漕ぎますから。後ろ乗って」
カバンからタオルを出して後ろの二人乗り席にふぁさと置く和泉。
なんでタオルなんか?と漏らせば痛くないようにです。と呆れながら答えてくれた。
蓮見家はかなり高い位置にある。最後の追い込みのゆるやかな上り坂がずっと続く光景に、和泉が「うげぇ」とわざとらしく声をあげる。
いつもは車で数分の距離。時間がかかるのが嫌で近くの高校を選んだのに。何故か今日だけは時間がかかってもいいと思えるのが不思議。
隣を軽自動車が追い越していくのを横目に「ああ、遅いわね」なんてわざとらしく言えば和泉が「うるさいな」と言う。
和泉の表情は見えないけれどきっと笑ってくれていると思った。
和泉の背中におでこを寄せれば、何故か笑みがこぼれる。
コンクリートで舗装されている道はなめらかで、私は大きな揺れに悩ませる事もなく、ガードレール越しに見える下の団地の光を眺めていた。
「ここ、車だから気づかなかったけれど坂が凄いのね」
「あーもうお嬢様降りて下さいよ」
和泉が呆れたようにそう呟く。そう言ってるくせに和泉は足を止めないで、横に見える光景に目をやっているようだった。
少し薄暗くなってきた街に、小さな明かりが付いて居る。あの明かりの下で誰かが暮らしている。神様になって人間界を見下ろしているようなそんな気分。
和泉の背中にまた少し頭を預ければ、和泉は私の知らないメロディを口ずさむ。……聞いた事ない曲ね。
「それ、なんの曲?」
「あれ、お嬢様知らないんですか?『カントリー・ロード』ですよ。 昔のアニメ映画でこうやって自転車二人乗りする場面があるんです」
「……知らないわ。アニメなんか見ないし」
「有名なやつだから、多分ほとんどの人が知ってると思うんですけど……」
その時、ぱっと思い出した。
私は乙女ゲームの住人で、この世界は乙女ゲームの世界であるという事を。
和泉の知っている曲・映画を私が知らない事なんて当たり前なのだ。今、和泉は私に召喚されてこの世界にいるけれど、本当は違う世界の人間なのだから。
和泉の、口ずさむ柔らかなメロディがこのきらきらとした風景と相まって心地いい。
和泉のお腹に回している手に力を込めた後にまた頭を預ける感じられる、和泉の温かさもこれまた心地いい。
「和泉」
「なんですか」
「明日からは自転車登校にしましょう」
「お嬢様、自転車乗れないでしょ」
「これから毎日和泉の後ろに乗せてよ」
「……やですよ」
「拒否権なんかないわ。あんた私の下僕なんだから」
まぁ、でも悪くないかもなぁ。なんて言う和泉。
でしょう!と得意げに言えば、後ろだから見えないけどあんたどうせまたどや顔してるでしょ。なんて和泉が笑いながら言った。




