01 悪役令嬢の下僕としてもな
どこかで見た漫画みたいに、猫でも救って轢かれたらまだかっこよかっただろうか。
全身に走る痛み、よく分からないけれど大きな音、とにかく熱い体。
最後に自分が言った言葉は「助けて」の三文字だった気がする。気がするだけなんだけど。
目覚ませば、そこは知らない天井だった。
どう見ても自分の部屋ではない、白い天井に目を細める。
するとそんな時、ぱっと自分の視界ににったりと笑った女性の顔が現れた。
「やったわ!! 召喚成功!!」
そんな声にばっと起き上がると、まったく見知らぬ部屋で見知らぬ制服を着た女の子がぴょんぴょこ嬉しそうに跳ねていた。
なんかこれ、よくある脱出ゲームの始まりかなにかなんじゃないか。そう思ってしまうほど、見覚えのない場所。
そういえば自分事故にあったんじゃ、なんて思って体を見渡すけれども無傷。
とりあえず、自分は妙にプリセンス臭の漂う可愛いベッドに横になっているようだ。
何これ、本当にどこだよここ。とりあえずさっき「召喚成功」とか言うふざけた事をぬかしたような気がする謎の女の子を見る。どうにも「召喚」なんて言ってる時点で、あの事故の後俺を助けてくれたといった様子ではないようだ。
するとその女の子も俺がじとっと見ている事に気が付いたようで、またにたっと笑った後に俺を見た。
「はじめまして! わたし蓮見千秋っていうの! よろしく!」
ぱっと手を取られて上下にシェイキングされる。まぁ世に言う握手だがあんた誰だよ。
「……いや、あんた誰?」
蓮見千秋、なんて先ほどこの人は自己紹介したが、俺の知り合いではない。
蓮見千秋とやらは目がまんまると大きく、茶髪のボブスタイルがよく似合っている可愛い系の女子。そんな可愛い女子にまじまじと見つめられ、俺はぐっと体を引いてしまった。
「私? 私はね蓮見千秋よ!」
「だから名前以外の情報をくれ」
そう言うと、蓮見千秋は「ああそういう事」と言って俺に近づけていた顔を引きクッソドヤ顔で俺を見た。
「私は蓮見千秋! そしてここは乙女ゲーム「ふた☆プリ」の世界よ!」
「ちょっと頭大丈夫?」
本当にこの蓮見千秋が何を言っているのかが分からないし、分かりたくない。
とりあえず、ここがふたプリ?とかいう世界だという事は置いとく事にして、俺は一体どうしてこんな知らない場所に居るのだろうか。いつも通り下校していただけだというのに。
……そういえば、この蓮見千秋は最初に「召喚成功!」なんて言っていたけど、あれは幻聴だよな?
「私は、この乙女ゲーム『ふた☆プリ』のメインヒロインのライバル役でお邪魔キャラなの」
ドヤ顔で謎のカミングアウトをされた俺。いったいどうしろと。
というよりも自分がお邪魔役だとかいう自覚とかあるの。そう質問がくるのは想定済みだったのか蓮見千秋は、ふふんと鼻で俺を笑った。
「本来なら私は、メインの二人を邪魔するただの噛ませ犬……でもね、そんな運命に私は逆らってみせる!! この『ふた☆プリおまじないBOOK』を使ってね!」
ドヤァ……といった表情で蓮見千秋は俺を見る。
ぱっとベッドに置いてあった「ふた☆プリおまじないBOOK」を手に持った蓮見千秋はぺらぺらとページをめくった後、とあるページをばっと俺に見せてきた。
「ホラ! この『異世界から下僕を呼ぶおまじない』を使って貴方を召喚したの!」
いや、下僕を呼ぶおまじないとかそんな物騒なもの載せるなよ。
おまじないの守備範囲広すぎ。
とりあえず、俺は自分の置かれている状況を理解する為に口を開いた。
「……とりあえすここはゲームの世界で」
「そうよ!」
「……俺はあんたの下僕だと」
「そうね! 物わかりが良くて助かるわ」
「元の世界に戻せ」
そう言えば、蓮見千秋は目をぱちぱちとさせた後ににこっと笑ってVサインを俺に掲げてきた。
「残念だけど無理!」
「即答」
ええだって!と蓮見千秋はまたおまじないBOOKに目を落とした後に呟く。
すとん、と俺が座っているプリンセスくさいベッドに腰掛けるとずいっと俺にふた☆プリおまじないBOOKを見せつけてきた。
「いま、君はあっちの世界で事故にあって意識が戻ってなくて……事故にあった事覚えてないの?」
「……」
「安心して! ずっとこの世界に居て貰う訳じゃないの。私の夢が叶えば、君は元の世界に戻れるおまじないシステムだから!」
またドヤアアアアといった表情で蓮見千秋は俺を見る。
一体今までのやり取りの中のどこでドヤれる個所があったというのか。
俺がぽつりと「夢って?」と問うと、蓮見千秋は待ってました!と言わんばかりに目をきらきらとさせた後に俺にぐっと顔を近づけ、またにやっと笑った。
「私の夢はね、メインヒーローである三村君とお付き合いする事よ! つまりね、私が三村君と付き合えれば私はハッピー、君も元の世界に戻れてハッピーってこと!」
「……待って、さっきあんた自分の事をメインヒロインのライバル役でお邪魔キャラって言ってたと思うけど……そんな人がメインヒーローとくっ付くとかありえる?」
俺が根本的な問題を投げかけると蓮見千秋はしばらく考えていたようで、数秒の沈黙の後にぴっとVサインを俺に向けてきた。
「やる気、努力、根性でカバーよ! なんとかなるわ!」
「なんねぇよ」
何で自分がライバルキャラだと知っているのに無駄なチャレンジ精神を発揮したのやら。
蓮見千秋は俺がため息をついたのに気づいたようでとん、と俺の肩に手を乗せてばちっとウインクしてきた。
「とにかく、私はどうしても三村くんとお付き合いしたいの! だからね、下僕さん手伝って!」
「いや、そう言われましても……」
「まぁもう召喚しちゃったから、拒否権なんかないけど!」
またばち、とウインクを決められ出会って数分にして「殴りたい」と本気で思った。
蓮見千秋は、俺から顔を少し離した後に今さら「名前は?」と聞いてくる。
「……恵谷和泉」
「あら良い名前。よろしくね、和泉。私の事は千秋お嬢様で良いわよ」
「……マジの下僕扱い」
「当たり前じゃない! 私は超お金持ちの『蓮見千秋』だもの。この家の皆は『千秋お嬢様』って呼ぶわ。 下僕が私をお嬢様って呼ばないのはおかしいでしょ?」
部屋を見渡してみれば、この天蓋付きのプリンセスベット(勝手に命名)や、壁に掛けてある絵画など。確かにぷんぷんとお金持ち臭が漂っている。
蓮見千秋は学校の制服を着ているから、服装なんかではちょっと判断できないけれども。
それにしても、おまじないBOOKで勝手に人の事を呼びだしておいて自分を「お嬢様と呼べ」なんて、ほんと無茶にも程がある。
俺が大きくため息をついたのに気づいた蓮見千秋は、また距離をぐっと縮めてばん、とふた☆プリおまじないBOOKの表紙を叩いた。
「……私には、このふた☆プリおまじないBOOKがあるのをお忘れなく」
普段なら「おまじないBOOK?なに言ってんのこいつ」というレベルだが実際この世界に呼び出されたという、おまじないBOOKというよりは超上級魔道書とでもいうべき代物を前にすれば千秋「お嬢様」に逆らう気にはなれなかった
「和泉、今日からあんたは私の下僕よ。元の世界に早く戻りたいなら、私の恋のサポートを全力ですること!」
にぃ、と笑った千秋お嬢様がそう言う。
正直言って、全然状況が飲めていないしできたら夢であって欲しいと祈っている。でも先ほどから何度自分の頬をつねっても目が覚めないから困る。
「……マジで言ってる?」
「敬語」
「……マジですか?」
「マジよ」
またお嬢様がにこり、と笑うので頭を抱えてしまう。
こうして高飛車で頭悪くて、ちょっとウザいけどでもどこか可愛い蓮見千秋お嬢様に振り回されっぱなしの下僕ライフがはじまった。