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第5話 人質

「ワシはこの女を捕まえておくから、オマエさんはこの剣を構えていろ!」


 メガネの中年男ホルスが僕に短剣を渡してきた。

 農民の子である僕は剣なんて持ったことがないので戸惑うが、皆が頑張っているのに僕だけ無様な格好を晒すわけにはいかない。

 僕は両手で構える。

 切っ先を魔王の娘、アリシアに向けて――


 そのとき、祭壇がぐらっと揺れた。

 地震かと思ったが、1揺れでそれは収まった。


『我が娘に手を触れるな、愚かな人間どもよ!』


 地響きのようなうなり声とともに、その言葉が僕の脳に直接届いた。

 窓のない空間に風が起こり、ちりや埃が乱れ狂う。

 僕らが立っている場所から50歩ほど奥の玉座から魔王が立ち上がっていた。


「ミュータス! 魔王軍の追撃部隊が攻めてきたぁぁぁ、援護を頼む――!」


 最悪のタイミングで、入口を守っていた小太りリックが叫んでいる。

 僕は怒り狂う魔王と背後に迫る追撃部隊の様子を交互に見てパニックに陥った。

 しかし、ミュータスさんは動じることなく――


「ジャン! リックの援護に行ってくれ!」

「了解! んじゃ、魔王の首をきっちり獲ってくれよな、リーダー!」


 巨漢ジャンは長剣を右肩に担ぎ短剣を左手に持ち、階段を飛ぶような勢いで降りていった。

 余程仲間を信頼しているのだろう。ミュータスさんは振り向きもせず魔王に歩み寄る。


「魔王よ、お前にも娘を思う親心があるならば、抵抗するな!」

『なに!?』


 再び空気が振動する。脳に直接届く魔王の声。


「お前が大人しく私の剣にやられれば、娘の命までは奪わないと約束しよう」


 魔王が歯ぎしりをするようにうなり声を上げる。

 建物内の空気が激しく振動する。


 そのとき――


「お父様! 人間の言うことは嘘ばかりと教えてくださったのはお父様では? そのような提案を受けては――うっ!」

「やかましい、静かにしないか!」


 ホルスはアリシアを縛っている縄をさらにぎゅっと締め上げる。

 アリシアは苦しい表情を見せるが、次の瞬間、ホルスの腕に噛み付いた。


「いてててててて、放しやがれ! この雌ブタがぁぁぁー!」


 ホルスはもう一方の腕を大きく振り上げ、アリシアの頭頂部に生えた2本の角の間を拳でガツンと力一杯に殴った。


「がはっ!!」


 アリシアは声を上げることもなく、がくんと首を垂れた。


『分かった。それ以上娘に指一本触れるではないぞ』


 轟音のような響きとともに、魔王の意志が僕らの頭に届いた。

 魔王は玉座に座り、目を閉じる。


「魔族は皆殺しにするに決まってるじゃん。リーダーも調子良いこというぜ……」


 ホルスは笑った。


 ミュータスさんは振り返ることなく左手の拳を小さく上げ、合図を送ってきた。

 それはホルスに向けての『よくやったぞ』の合図。


 背後からでも分かる。


 ミュータスさんは今――(わら)っている。




 祭壇の下では、魔王軍の追撃部隊を次々に倒している巨漢ジャンと小太りリック。

 ミュータスさんは魔王まであと20歩の距離。

 魔王は娘のアリシアを人質にとられて大人しく目を閉じたままだ。


 ミュータスさんが聖剣を振り上げる。


 ああ、これで長く続いた人類対魔王軍の戦いに終止符が打たれるんだ。


 僕はこの歴史的瞬間に立ち会えて幸せ―― 


 感慨に耽っていた僕がふと下を見ると、アリシアの目からぽろぽろと涙があふれ、床にぽたぽたと落ちている様子に気付いてしまう。

 その様子があろうことか妹の姿とかぶって見えた。

 僕は目をこすり、首を振る。


 こいつは魔族。人間じゃない。要らない存在――

 

 そんな僕の様子に気付いたのか、アリシアはゆっくり僕の方を見上げる。

 僕とアリシアは見つめ合ってしまう。

 やがてピンク色の唇がゆっくりと動く――




『た・す・け・て』




 その瞬間。


 ――張り詰めていた僕の心から何かが弾け跳んだ気がした――


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