第4話 魔王の娘アリシア
魔王の娘、アリシアのダークレッドの大きな瞳が僕に釘付けになっている。
えっ? な、なにがどうなっているのぉぉぉー!?
ミュータスさんもそれに気付いて振り向いて僕の顔を見てきた。状況が分からない僕は、首を傾けることしかできない。
そんな僕らにお構いなしに、乱暴な巨漢がぐいっと前に出て――
「帰ってくれって言われてもよー、お嬢さん。我々もここまで来たからには手ぶらで帰るわけにはいかねぇんだ。ひょっとしてお嬢さんが我々の相手をしてくれるのかな?」
さらにメガネの中年男ホルスが――
「何なら、場所を移して儂ら一人一人の相手をしてくれても構わんがな、時間をかけてたっぷりとなぁ-、ふひひひっ!」
と、最低なことを言い放った。
アリシアは二人のセクハラ男を交互に警戒しながら、1歩、2歩とよろけるように下がっていく。手を後ろに回しているため身体のバランスがうまく取れないようだ。下がるたびに腰の辺りが左右に揺れ、それをなめ回すように見ながら、巨漢とホルスがじりじりと歩み寄る。
僕はミュータスさんの顔をのぞき見る。彼ならこの状況を変えてくれるのではと期待したのだ。
しかし……
そんな彼も……
――嗤っていた――
僕は自分の判断力が低下していたことに気付く。そう、彼女は魔族。人間ではないのだ。僕ら人間は生きるために動物を狩る。だから動物に感謝もする。しかし、魔族は殺さなければならない存在。何の役にも立たない。
――人間に害をもたらすモノ。
祭壇の端に追い詰められたアリシアは、姿勢を低く身構える。
突然、隠していた両手をシャキッと前に出し剣を構える。
それは三日月のように湾曲した片手剣。
シュタッと足で地面を蹴り、巨漢の胸の高さにジャンプする。
空中でくるっと身体をひねりながら切り込む。
巨漢はそれを長剣でいなす。
巨漢の剣の勢いを利用するようにアリシアは更に高く舞い上がり、くるくる身体を回転させながら両脇の2本の剣で切り込む、切り込む、そして切り込む!
それを巨漢の長剣がいなす、いなす、そしていなす!
アリシアは円筒形の柱に足をかけ、鋭く巨漢の向けて飛び込む。
巨漢は長剣でいなそうとするが、アリシアはそれを上に向かって跳ね上げる。
剣と剣が激しくぶつかる金属音が反響する。
一瞬、巨漢の目にはアリシアが消えたように見えただろう。アリシアの身体は祭壇の床を滑り、巨漢の股下をくぐり抜けていた。そして次の瞬間、足をガッと踏ん張り、巨漢の背中に剣を押し当てた。
「おっと、いけねぇ、油断したぜ。降参だ降参!」
巨漢は剣を離して両手を挙げて降参のポーズをとる。
『カツーン……』と長剣が床に落ちた。
アリシアと巨漢が戦っている様子を、ミュータスさんと他の2人が手を貸さずに見ていたことは意外だった。相手は魔族だけれど、魔王の娘ということで一対一の戦いに手を貸すことを嫌ったのかもしれない。
やっぱりこの人達はいい人だ。
アリシアの表情も緩み、まるで人間の女の子のような顔になった。そして、祭壇のずっと奥の玉座にいる魔王に向けて笑顔を見せる。
先ほどまでの緊張感が嘘のように柔らかな空気が流れている。
ああ、これで今日の戦いは終わったんだ……
僕はほっと胸をなで下ろした。
巨漢は両手を挙げたままの姿勢で、
「今日の戦いはこれまでだ。みんな、退散するぞ!」
と、皆に言った。
僕はその言葉にちょっと違和感を感じた。
皆は『おう!』と返事をするが、動こうとはしない。
アリシアは三日月形の剣を下ろし、僕の方へ歩いてくる。
その背後に、メガネの中年男ホルスの口の端を吊り上げた顔が迫り――
「ほら、捕まえた!」
すっかり油断していたアリシアの背後から胴体と腕を巻き込むように抱きついた。
「おりゃあー!」
次の瞬間には巨漢がアリシアの手を両手で弾き、彼女が持っていた2本の剣をはたき落とす。2本の剣は祭壇の床をくるくる回転しながら、滑っていった。
「よし! よくやったぞみんな!」
ミュータスさんは拳を振り上げ、嬉々として声高に叫んだ。