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第37話 仲間

 玄関ホールに横たわった魔人の亡骸は、黒装束を身に付けている。これは隠密行動に特化した部隊に所属しているしるしである。彼らは人間の住む村や町へ潜入し、様々な作戦を実行する精鋭部隊。優秀な彼らがこんなに一度に死ぬなんて……


「その方は、カリンの知り合いなの?」

「はい……あっ! ご、ごめんなさいお嬢様……」


 アタシが声をかけると、カリンは慌てて座り直す。

 そして泣き顔を隠すように袖でゴシゴシ拭いた。


「なぜカリンが謝るの? アタシ……何かいけないことを訊いてしまったかしら?」

「はい……あっ、いえ、ごめんなさい……」


 カリンはアタシから目を逸らして、とても困った表情をしている。なぜだろう……アタシは彼女のその態度が気に入らなかった。なにか大切なことを隠されているような気がしたのかもしれない。


 アタシがカリンに対して不快感を露わにし始めたころ――


「アリシアお嬢様……拙者たちはお嬢様の前では涙を見せてはならないと教えられているゆえに……カリンを困らせないでいただけると助かります」


 アタシの耳元でずぶ濡れの外套を羽織ったカルバスが言った。

 アタシは兵士の中にカルバスがいたことすら気づいていなかったのだ。

 そして――彼の言葉を聞いて、息が止まる思いがした。


 アタシは皆の役に立てないばかりか……

 皆に気を遣われているだけの厄介な存在だったのか――


 後で聞いた話だけれど、そのとき亡くなった兵士たちは皆カリンとカルバスが所属する部隊の仲間だった。候補生であったカリンを残して彼らは遠征に出ていて、戦場で多くの命が奪われて城に帰還した。そのとき、アタシがたまたま通りかかったことによるハプニングだったという。



 ここは城の裏手の洞窟――



 松明(たいまつ)が点々と焚かれている薄暗い洞窟には、人間でいうところの魔族の墓がある。アタシたち魔族は死んだら魂を悪魔の元に帰すための慰霊祭を行う風習がある。戦争になり、多くの死者が次々に埋葬されることから、近頃は洞窟のかなり深くまで進まなければならなくなってきている。

 

 洞窟に入って15分程歩いただろうか。そこに彼らはいた。

 彼らはアタシの姿を見るなり、どよめいた。


「ひ、姫様……なぜここに!?」

「このような場所に姫様がおいでになるとは……」

「お世話役の者たちは何をしていたのかっ!」


 松明を持った黒装束姿の兵士が口々に戸惑いの声をあげている。

 そこへカルバスが歩み出てきて――


「お嬢様、先程も言ったように拙者達はお嬢様の前では泣く事を禁じられているゆえに……この場に来られてはカリンでなくとも困ってしまいます。どうかお戻りく――!」


 カルバスはアタシの姿を見て言葉に詰まる。

 その時、アタシは雨に打たれて全身がずぶ濡れだったから。

 

「ごめんなさいカルバス。アタシ……皆がこんなに辛い思いをしていることを何も知らなかった……ごめんなさい……」


 アタシはこの世界に誕生して初めて人前で泣いた。髪から流れ落ちる雨の滴と涙が混じり合って、次から次へ頬を伝わって流れていく。


「お嬢様……」


 カリンもアタシに気付いて近寄ってきた。

 アタシは膝を付いて顔を覆った。彼女に合わせる顔がないと思った。


「花飾り……? 手に持っているのは花飾りですか?」


 カリンの言葉でアタシはここへ来た目的を思い出した。何もできないアタシができる唯一のこと――花飾りをカリンのお友達の墓に飾ろうと作ってきたのだった。


 アタシはカリンに花飾りを渡そうとしたが、彼女は首を横に振る。

 

「それはお嬢様がお供えしてください。その方がサランも喜びます。サランはいつかアリシアお嬢様と会ってお話がしたいって言っていましたから――うっ……す、すみません……ッ!」


 カリンは手で顔を覆って涙がこぼれないように俯いた。

 アタシはカリンを抱きしめる。

 そして――


「悲しい時に泣くのは当たり前のことでしょう? アタシの前で泣いちゃだめなんて誰が命令したのか知らないけれど……悲しい時にはちゃんと泣いてくれるカリンが大好きよ?」

「お嬢様――」


 アタシも思いっきり泣いていたのでよくは分からないが、周りの大人達の嗚咽が聞こえてきたので、その場にいたほとんどが泣いていたのだろう。

 



 その日以来、洞窟にあるお墓の1つ1つに花飾りをかけていくことがアタシの日課となった。お父様は少し寂しそうな顔をしていたけれど、初めて見つけたアタシの生きがいに賛同してくれた。


 これは冬のある日のこと――


 城の前広場には城で働いている人をはじめ、兵士や訓練生の子供たちまでもが総出で何か作業をしていた。石を積んで、土を入れ、花壇を作ってくれていた。


 アタシが驚いて声をかけると、皆こちらを振り向いた。

 重労働で疲れているはずなのに――

 泥だらけの顔で笑顔を向けてきた。


 アタシはぞっとした。

 カリンの涙を初めて見たあの日のことがフラッシュバックした。


 でも、不思議――


 皆、自然な笑顔なの――


「皆、アリシアお嬢様の笑顔に救われた者たちです。お嬢様の笑顔は我々魔族の希望故に……皆率先して働いてくれております」


 バラチンが執事服姿で声をかけてきた。

 アタシは魔王の娘。アタシが笑顔でいれば皆が元気になれる。

 そういうことだったのか……


 アタシはそれからも死者が出る度に花飾りを作り供えた。

 広場の花壇は日に日に増えていき、色とりどりの季節の花々がお城に咲き乱れた。




 そう――


 アタシは魔王の娘――


 アタシが笑顔でいれば――


 いなければ――


 いなければならないのに……


 それなのに……


 ……


 遠くで誰かがアタシを呼んでいる。


 アタシの名を呼ぶあなたは誰?


 アタシは……死んではいけない。


 まだ死んではいけないのだ。


 上も下も分からない混沌とした空間でアタシは手を伸ばした。

 すると誰かがその手を握り引っ張った。


「お嬢様、よかったぁぁぁ――……」

「お嬢様よくぞご無事で……」


 カリンが抱きつき、カルバスが声をかけてきた。

 濁流に飲み込まれた直後、カルバスがアタシの手を引いて助けてくれたのだ。


 でも――


「お嬢様……悲しい時にはいっぱい泣いて良いのですよ」

「ユーキが、ユーキが死んじゃったぁぁぁー……」


 カリンの言葉を聞いた途端に涙が一気に吹き出してきて止まらなくなった。アタシは彼女の胸に顔を埋めて泣き叫んだ。


 ひとしきり泣いて、呆然とし始めた頃――


「拙者、思うのですが……ユーキ殿は濁流に呑み込まれたぐらいで死ぬような人間ではないと思うのです!」

「カリンもそう思います。あの人は何と言っても魔族の救世主に選ばれた方ですよ? それにあのたくましさ……きっと殺しても生き返るかもなのですよ!」


 2人の言葉を聞いて、そうかもしれないと思い始めた。

 そうよ、ユーキはそんな簡単には死にはしない。きっと生きている!

 アタシは胸に手を当てて、悪魔ルルシェに祈りを捧げた。

 そんなとき、カルバスが――

 

「あなたが2カ月もの間、城を抜け出したときカリンがどれだけ心配したかご存じですか!? もうあのような事は勘弁してくださいよ!」


 カルバスがアタシのことを『あなた』と呼ぶのは本気で怒っている証拠。

 アタシが救世主を呼ぶために2ヶ月間放浪の旅に出たことを言っているのだろう。

 

「分かったわカルバス。もうアタシ独りでどこかに行ったりはしない。どこに行くにもユーキとあなた達2人と一緒よ! それでいい?」

「あっ……拙者としたことが……何という暴言を……」


 カルバスは顔を真っ赤にして俯いた。

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