理由
――僕は何をしているのだろう。
枕に顔をうずめながらフィンは思う。愛する者を殺すことが本当に正しかったのかと、今になって自問する。
あれが最適解だと、あれが最善で最良だと理性が訴えても感情は納得しない。
できる事ならばリルカの後を追って逝きたいとフィンは切望する。と同時に、なぜ自分はこうして生きているのだろうという思いを胸中に抱いていた。
なぜあの場から戻ってしまったのか。絶望に打ちひしがれながらも生きることを選んでしまったのか。あそこで自分も死ねばリルカの転化の事実は誰にも知られなかったのではないか。
フィンはそこまで考えて首を振った。どっちにしろソーサリーが冒険者の死亡に気づかないはずもない。
心に大きな穴が開いてしまったような、大切な何かが欠け落ちてしまったような喪失感にフィンは苛まれる。それはおそらく、生きる意味を、生きる理由を失ってしまったことに因るものだろう。その葛藤を少しでも和らげようと、フィンは今日のエイファとの一幕について考えを巡らせることにした。
エイファには膨大な魔力の量と卓越した技術に加え、剣の扱いにも慣れている。まだ年端もいかぬ少女にはそぐわぬ実力であると言えるだろう。
――エイファがこっそり魔力を焚いてるのはわかっていた。だから僕は彼女が間合いに入った瞬間に風を起して彼女の得物を吹き飛ばそうとした。けれど……。
「魔法が……使えなかった」
掌を凝視しながらフィンが呟く。
フィンは魔法を使わなかったのではない。使えなかったのだ。そうしてエイファの剣が振るわれ、フィンはほとんど反射的に魔力をぶつけた。
咄嗟のことに魔力を調節できず、結果としてエイファは泣き出すほどリアルな幻覚を体験した。
「魔力が少ない……」
彼女が何気なく発した一言がフィンの中で引っかかった。
フィンには魔法の才能がある。それをゴートに教えられ、彼は魔法を使えるようになった。魔力の量が極端に多いというわけでもないが、決して少ないという事は無いはずである。
――魔力が急に減った時の倦怠感もないし、『風』は使えた。ただエイファが嘘を言ってるようにも見えなかったしな……。
しかし魔法が使えなかったのは事実である。偶然か、それとも……。
眠気が押し寄せてきたのか、フィンは頭に靄がかかっってきたように感じる。これ以上は考えても答えは出ないと判断し、フィンは瞼を閉じた。
*****
魔物は「獣型」と「触手型」の二つに大別される。
「獣型」は小柄なものが多いが大群を成して人や家畜を襲う。個々の力はそれほどでもないいが数の暴力でもって押し寄せる。はぐれの一匹倒すうちに群れに囲まれて蹂躙される、というのはよく聞く話である。
他方「触手型」は一年に数匹しか発生しない。が、天を仰ぐほどの巨体を持ち合わせ、一国を数日で破壊しつくすほどの脅威である。存在が災厄と言っていいほどなため、「触手型」が発生した際には総力を持って迎撃する必要があるのだ。
そして魔物に共通して言えることは、明確な急所がないという事だ。
魔物には再生能力が備わっているため、脚や触手の一本を切り落としたくらいでは死なない。しかしその再生能力も万能ではない。再生が追い付かないほどのダメージを負わせることができれば魔物は灰となる。
つまり、魔物との戦闘においては、一発で相手を屠ることが重要になってくる。その最たる手段が魔法というわけであった。
「そんなことは当たり前でしょ? 知らないで冒険者になる人がどこにいるのよ」
「あはは……」
国の周囲に広がる草原に出てきたフィンとエイファはそんな会話を交わす。
「まさか魔物との戦いに必要な知識を教えるためだけに外に出たんじゃないでしょうね?」
「…………」
「はぁ……まったく。それじゃぁ剣で打ち合いでもしましょうよ。どっかの誰かに怖い思いをさせられたおかげで昨日はうやむやになっちゃったし」
「そ、それは悪かったって」
半目になりフィンをねめつけながらエイファが言う。
「それじゃぁ今回は魔法の使用はなしでやろうか」
「わかった」
「えっと……すんでで止めてね?」
「善処はするわ」
エイファの八重歯がニッと覗く。
「それじゃぁ行くわよ!」
その言葉を皮切りにエイファはフィンとの距離を詰め、長剣を居合で抜き放った。フィンはそれを腰から抜いた短剣で受け止める。刃同士が激しくぶつかり、甲高い音が草原に流れた。
「良い剣筋だ」
フィンが素直に感心するが、エイファはそうは捉えなかったらしい。彼女の瞳に更なる闘志が宿った。
ギリギリと押し合う二人。だがやはり力はフィンの方が強い。徐々にエイファの剣をフィンが押し返し始める。
「まだまだ!」
エイファはが一瞬、押す力を緩めた。フィンの重心が前に傾き、体勢が前のめりに崩れる。エイファはその隙を狙って剣を横に薙いだ。
「おっと」
フィンは崩れた重心に逆らうことなく体を動かし、エイファに密勅するほどに近づくとエイファの剣の根元を短剣でいともたやすく抑えた。
「なっ!」
そしてフィンはエイファの手を掴み足を払う。今度は逆にエイファが体勢を崩される結果となった。
フィンはそのまま後ろに倒れるエイファに得物を突き出す。
エイファは倒れる勢いでそれを蹴り上げた。フィンの手から短剣が離れ、宙を舞ったのち地面に落ちた。
「もらった!」
体勢を立て直したエイファがフィンに斬りかかりながら勝利を確信したように言った。
しかし同時にフィンもエイファの側頭に蹴りを放っていた。
――駄目だ避けられない。
エイファはそう思いギュッと目を瞑る。
「うーん……引き分けかな」
そこでフィンの止めがかかり互いの攻撃がピタッと止まる。
「はぁぁーー……」
剣を降ろしたエイファが大きな嘆息をついて地面に座った。
「私、剣にも自信があったんだけどなぁ……」
「いやいやいや十分強いよ。というか僕が負けたら面目丸潰れだし」
「それでも悔しいものは悔しいの!」
「でもこれだけの実力なら僕が教えられることなんてないと思うんだけどな。
あとは実際に魔物と戦って経験を積んでいくしかないね。明日からは実戦でやってみようか」
「ほんとに? やったわ!」
エイファが嬉しそうに上体を揺らす。
フィンもエイファの隣に腰を下ろした。
「ねぇエイファ」
「なによ」
「エイファはどうして冒険者になったの?」
「私? そうねぇ……外の世界が見たかったから……かしら」
柔らかな草を風が撫でる。エイファは流れる髪を耳にかけながら言う。
「私、知らないことをそのままにするのが嫌いなのよ。だから外の世界を自分の目で見てみたいと思って。
それで……なによ」
「いや、素敵な理由だなと思って」
「そういうフィンはどうなのよ?」
「僕? 僕はいい生活ができると思ったから……かな」
フィンは苦笑いを浮かべながら答える。
「何笑ってるのよ。詳しく聞かせなさいよ」
「はは……機会があったらね」
エイファは頬を膨らませ不満げな顔をする。
フィンはそれに気づかないふりをして草の上に仰向けになった。
「そういえばエイファ、エイファは魔法が急に使えなくなることってある?」
「聞いたことないわね。どうしたの急に」
「いやちょっと気になって」
「まぁ魔力が切れれば使えくなるけど」
「普通はそうだよね」
――でも魔力はある。
土の香りを感じながらフィンは自分の内に確かに魔力があるのを感じ取る。
――ただ調子が悪かっただけなのかな?
魔法は才能に依存しているため、ある日突然使えるようになることはないが逆もまた然りである。
快晴の空、太陽はようやく西に傾き始めていた。
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