新たな冒険譚の幕開け
この世界に突如として異形の魔物が表れたのは、もう数えられないほど前のことである。
人と数多の種族はことごとく蹂躙され、日々の安寧は瞬く間に奪われた。海が涸れ、大地が侵され、国が滅びるまでにそう時間はかからなかった。
唯一魔物への有効な対抗策として「魔法」があったが、魔法の発動は完全に才能に依存してる。ある日突然使えるようになる訳でもなく、親が使えるからと言って子が使えるとも限らない。
加えて魔法は無制限に使える訳でもないので、ひどく燃費が悪い。
そんな使い勝手の悪い対抗手段を改善すべく、この国ではとある魔法技術者が声を挙げた。魔法が使える者や魔法に精通した者を集め、魔法の効率化を目指して作られた組織。それがソーサリーの始まりである。
ソーサリーによって魔法の原理が解明され、効率よく魔法を使うための詠唱などが開発された。
そして「魔導石」の発見と特性によって革命が起きた。
魔導石は負担の少ない魔法ならば半永久的に保存・発動することができる。魔法壁の製造から日常生活の灯りに至るまで、これまでの生活が大きく変わることとなった。
また魔法が使えない者も魔導石を使って魔法が使えるようになった。この場合は魔導石にかかる負担が大きいため、魔法を発動した後はひび割れて効力を失ってしまう。しかし魔法を使える者が増えたということの意義は大きい。これにより魔物に押され気味だった状況は少なからず好転した。
そして現在ソーサリーは魔導石の耐久力を上げ、対魔物の切り札にすべく研究を進めている。そしてその魔導石は魔物の体内で生成される。
「魔導石」を魔物から取り出す冒険者。代価として冒険者に報酬を払い、生活を保証するソーサリー。利害が一致した両者は共に歩んできたのだった。
*****
翌日、塔の鐘が日の出から三回鳴るころにフィンはソーサリーへ赴いた。周囲の景色から浮いている外観はソーサリーを体現しているようである。
フィンが扉を押し開けて中に入るとそこにはシルビィと少女が立っていた。
「おはようございます」
淀みのない所作でシルビィがお辞儀する。それに合わせて金髪が一筋、さらりと垂れた。
フィンも頭を下げて挨拶を返すが、視線は隣の不機嫌な様子の少女に向いていた。
「ねぇシルビィ、これがあなたの言ってた教育係? なんだかパッとしない男ね」
少女はフィンをそう評して言った。
「こんなのに私の教育係が務まるわけ?」
「こらエイファ、人を物扱いしてはいけませんよ」
シルビィは柔らかい声で微妙にずれた注意をする。「エイファ」と呼ばれた少女は唇を尖らせて、品定めするかのようにフィンを見ていた。
高い位置で二つに分けられ黒のリボンで結わえられた真紅の髪に、やや吊り気味な小豆色の瞳。薄桃の唇からは時折、八重歯がのぞいた。
普通なら奇抜に映るであろう髪色だが、彼女の場合そう感じないのは染料で出した色ではないからだろう。艶やかなその髪は透明感さえ思わせた。
「えぇと……シルビィさんその子が」
その容姿に少しばかり目を奪われながらフィンは尋ねる。
「はい、そうです。エイファ、自己紹介してください」
少女は一歩前に進み、胸に手を当てて自己紹介をする。
「私の名前はエイファ・ミーレス。本来ならこの私に教育係なんて不要だけど、いちおう挨拶はしておくわ。せめて私の足だけは引っ張るんじゃないわよ? 引っ張らなければその辺で野垂れ死んでくれても構わないから」
なんとも大層な自己紹介であった。
「すみません」
シルビィは申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。
「いえいえ、二人はどういった関係なんですか?」
言葉尻から二人が親しげな様子であったことを不思議に思ったフィンはそう尋ねた。
「エイファとは昔からの顔なじみなんです。ね?」
シルビィはにこやかに答えて同意を求めるがエイファはそっぽを向いてしまった。
「そうでしたか。それで僕は何をすれば……」
「今後については貴方に一任します。最初は座学から始めるもよし、実戦で学ぶもよしです」
「はぁ? 座学なんて絶対にイヤ。さっさと外に行きましょ」
「……エイファ?」
「な、なによ……」
顔に暗い影を落として笑うシルビィにエイファがたじろぐ。
「仮にもフィンさんは貴方の教育係です。すべてとは言いませんが貴方は従う姿勢を見せなければなりません」
「は、はい……」
「それからフィンさん、貴方にも責任というものが生じます。くれぐれもエイファを死なせることがないよう」
「も、もちろんです……」
フィンも気圧されながら頷いた。ハーフエルフであるシルビィは寿命も長い。人の倍も生きると得も言われぬすごみが出るのだろうか、とフィンはそんなことを考えた。
*****
――なにか嫌われるような事したかな?
フィンは自分の後ろを歩くエイファの様子に首をかしげる。チラリと後ろを確認すると、そこには半目でこちらを睨む少女の姿があった。
出会って間もなく、交わした言葉は無いと言っていいほど。フィンには思い当たる節などあるはずもなかった。
そのまま歩いてくと、二人の視界には門が現れた。門はこの国に一つだけで北側に位置している。フィンはここにいるであろう人物を訪ねて来たのだった。
「よぉフィン、今日からお前が教育係か。なんつーか似合わねぇな」
門の傍まで行ったところで、軍服姿の爬虫類人族がフィンに挨拶をした。
「自分でもそう思ってる」
カカカと特徴的な笑い方をするゴートにフィンも笑いながら首肯する。
「そんでそっちの嬢ちゃんが……」
「ひっ……」
ゴートはシュルシュルと細い舌を出し入れさせ、目を細めながらエイファの方へ視線を向ける。フィンを盾にするようにして様子を窺っていたエイファは驚いて身を固くした。
自分の倍以上の大きさのトカゲが獲物を狙うような表情をしたら萎縮するのも仕方ないだろう。
「取って食ったりしねぇから大丈夫だ」
「そ、そんなの知ってるわよ! 子ども扱いしないで!」
「それは悪かった。俺はゴートだ。門番をやってる。フィンとは……顔なじみだ」
「私はエイファ。エイファ・ミーレスよ。それと私はそこの男が私の教育係なんて認めてないからね!」
ビシッとフィンを指さしながらエイファは声高に宣言する。
「随分な嫌われようじゃねぇか。早めに謝っといたほうがいいぜ?」
「僕が何かやらかした前提で話さないでよ」
笑うゴートにフィンは肩をすくめて答えた。
「それでゴート、一つ相談なんだけど、何から始めればいいかな」
「んなもん知るか。……まぁ互いの実力を知るためにも模擬戦闘の試合なんかどうだ? 今なら俺が審判やってやるぜ?」
「それでいいかな? ミーレスさん」
「わかったわ。でも私が勝ったらあなたには『教育係』をやめてもらうからね」
「カカカ、ずいぶん強気なこった。フィンも新米に負けるようじゃ世話ねぇな」
「わかったよ。それじゃぁ僕が勝ったら……そうだな……一つ言う事を聞いてもらおうかな」
「可能な範囲でそうする」
「よし、そうと決まれば行くぞ」
話がまとまったところで三人は門を抜けて外に出る。
風がサァッと吹き、新緑の草が舞う。快晴の青の下には草原が広がっていた。
フィンは久しぶりの光景に目を細め、エイファは初めての景色に目を見開き、ゴートはくぁと欠伸をする。
「そんじゃ準備が出来たら始めるぞ。魔法でもなんでもいいから相手をギブアップさせるか気絶させたら勝ちだ」
草の上にごろりと寝転びながらゴートが言う。
「了解」
「わかりました」
二人がそれぞれ返事をする。
フィンは平静と変わらぬ様子で、エイファは八重歯を覗かせて好戦的に笑う。
風が吹き抜ける草原。空は底抜けに蒼く、綿雲がのんびりと泳いでいる。
太陽が最も高い位置に来る頃、試合は始まろうとしていた。
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