取り引き
前回のソーサリーの事情聴取から三日。フィンはソーサリーに再度呼び出された。
この三日間、フィンは退廃的な生活を送っていた。何をするにも気力も湧かず、窓から見える雲の流れを目で追って過ごすだけの日々。
食事も取らず部屋に籠りっきりだったため、ゴートはおろか初対面のシルビィにもわかるほどフィンはやつれて見えた。
「おはようございます。本日お呼びしたのは今後のあなたの処分についてです」
今日は前回のように大勢ではなくシルビィだけがフィンの対応に当たっている。ゴートも前回同様、壁際で成り行きを見守っていた。
――やはり殺人の罪で処罰されるかな。よくて一生牢獄、悪いなら死刑だ。
フィンは朦朧と考える。
「ですがその前に伝えておかねばならないことがあります」
フィンはシルビィが発する言葉を半ば聞き流していた。可憐な唇が紡ぐ言葉はフィンにとって空虚な響きでしかない。
「冒険者――リルカ・ファルネルの転化の件、大変残念でした」
この言葉を除いては。
シルビィの言葉がフィンの脳内に留まり幾重にも反響する。驚いて顔を上げたフィンの視線の先には唇を噛みながらうつむくシルビィがいた。
「冒険者管轄代表として哀悼の意を捧げます」
そう言ってシルビィは深々と頭を下げる。
「な、何を言っているんですか。リルカは僕が殺したんですよ? 僕が、この手で」
フィンは声を荒げる。
――ソーサリーに転化の事がバレれば国中に知られる。それだけは命に代えても避けなきゃ……。
「転化なんてそう簡単になるものじゃない。貴方は何を言っているんですか!?」
「貴方には監視を付けると言いましたが、その監視はここを出た時から始まっています。つまり貴方とゴートが帰りにした会話の内容も伝わっています。
そしてなぜ貴方が罪を被ろうとしたのかも察しがつきます……」
フィンの顔に狼狽の色が浮かぶ。
リルカが転化したということがソーサリーに伝われば公表されるのは必至。
「もちろんこの事実は公表されるでしょう」
シルビィは淡々と説明する。ゴートは壁に寄りかかりながら腕組みをし、目を閉じていた。眉間にはしわが寄っている。
フィンはなんとか阻止できないかと考えるがなにも浮かんでこない。視力を奪われ闇の中に放り出されたような心持ちであった。
「ですがフィンさん、私は冒険者管轄代表です。そして偶然にもこの場に私以外のソーサリー職員はいません」
先ほどまでの冷たい雰囲気から一転、穏やかな表情になるシルビィ。笑いを含んだ笑顔で彼女は白々しく言う。
怪訝そうに顔をしかめたフィンと目があった金髪のハーフエルフはウィンクした。
「取引をしましょう」
フィンの返事を待つことなくシルビィは続ける。
「私は冒険者を管轄する部署の代表。言い換えればトップです。転化の事実を公表するか否かは私に一存されています。
つまり貴方が望むように転化の事実を隠すことも可能です」
ぴんと立てた人さし指を振りながらシルビィが滔々と語る。
「ですがもちろんただでやるほど私はお人好しじゃありません。いろいろ偽装するのも大変ですし……。
そこで! ぜひ貴方にお願いしたいことがあるんです。どうです? 悪い話じゃないと思いますが」
シルビィがにこやかに笑いかけてくる。
「こちらこそお願いします」
フィンは考える素振りすら見せなかった。迷う余地なし、といった風である。
「お願いの内容は聞かないんですか?」
「どんな内容でも僕の返事は変わりません」
「分かりました……では取引成立ということで」
「ありがとうございます」
フィンは深く頭を下げる。
「それでお願いの内容ですが、貴方には新米冒険者の教育をしてもらいます」
「……え?」
「最近は厄介な魔物が増えるなどして冒険者の数が加速度的に減っています。それに加えて生活が豊かになったこともあり、冒険者を志す人も減ってきています。
そこで新たなプロジェクトとして、新米の冒険者と経験を積んだ冒険者で組んでもらうという案が採用されました。
というわけで、貴方には明日から新人の教育係としてチームを組んでもらいます。これが私からのお願いです」
それは、どんな鬼畜なお願いかと身構えていたフィンにとっては拍子抜けするものだった。
――暗殺の依頼の一つや二つは覚悟していたけれど……。
「それでは明日、この建物の一階にてお待ちしています。リルカ・ファルネルについては安心してください。それでは」
そう言ったシルビィは席を立ち、出口に向かって歩いていく。
「おいシルビィ。お前が勝手にそんなことしていいのかよ。信用していいのか?」
今まで口出ししなかったゴートがシルビィの背中に声をかけた。気心の知れた、そんなような口振りである。
「えぇ大丈夫ですよ。こう見えても私、けっこう偉いんですよ? エルフは悪知恵も働くんです。ハーフですけど。
それに貴方の弟子なら少しくらい幅を利かせてもいいでしょう」
振り向いておどけて言うシルビィにゴートは鼻を鳴らす。
じゃあねと言ってシルビィが出ていくまでフィンは頭を下げていた。