レーヴェン・アールジェ・ストラグル
フィンの体は反射的に硬直する。
――目の前にはエイファ。なぜか顔が近い。それとこの唇に伝わる感触は何だ?
突然の出来事にフィンの脳の処理速度が急速に落ちる。
「んっ……えへへ」
はにかむようにエイファが笑う。自分でも大胆な行動に出たと思っているのか、頬は熟れた林檎のようだった。
「エイファ……」
「どう? びっくりした?」
「う、うん……」
「惚れた?」
「一瞬本気で惚れかけたよ」
「え?」
「……え?」
なんとも間抜けな会話である。
「そ、そうよね。この私にキスされたんだもの、惚れて当然よね」
「うん、危なかった」
「……何でそんなに素直なのよ! もっとこう慌てふためいたり、距離を取るとかあるでしょ?」
「あ、うん、ごめん」
フィンのリアクションに納得がいかないのか、エイファは低い声で唸る。フィンも驚いてはいるのだが、エイファに見とれてそれどころでは無かったというのは黙っておくことにした。
「もうこれで思い残すことはないわ。だから、フィン」
そう言ってエイファはフィンに短剣を差し出す。これで自分を刺し殺せということだろう。
フィンはそれを受け取り、その刃に目を落とす。
「これが私の最後のお願い」
「……本当にいいのか」
「ちょっと我儘が過ぎたかしら……。死にたくないから、今のままで死にたいから好きな人に殺してもらう。私一人の命で魔物を殲滅できるというのに……」
「いいじゃないか」
フィンはエイファをしっかりと見据えて言う。
「年頃の反抗期なら普通だよ。ただちょっと話の規模が大きいだけだ」
そう。これはただの少女の願い。救いのない状況で選んだ苦渋の決断。定められた運命へのちっぽけな足掻き。
造られた時から期限は決まっていて、縮こそすれ決して延びる事はない。
戦いのためだけに生まれて使い捨てられる命。
そんな魔力兵器の少女のささやかな抵抗。
フィンはエイファをかき抱く。
「ふぃ、フィン!?」
「エイファは僕にとって、とても大切な存在だ。この気持ちも一種の好意なのかもしれない」
「フィン……」
「だから僕は……エイファの願いを叶えたい」
エイファからフィンの顔は見えない。ただ何となく想像はできた。
「そう……ありがとう……」
そう言ったエイファは口からゴボリと血を吐き出した。その背には短剣が深々と突き刺さっている。
エイファの背中に回したフィンの手には、馴染んだ得物が握られていた。
「エイファ……エイファ……」
フィンの視界が涙で滲む。腕の中にいる少女が徐々に脱力していくのが感じられて、フィンはエイファを一層強く抱きしめた。
「フィンが泣いてくれるなら……私のアプローチも……効果があったのかもね……」
痛覚が鈍っているのだろう。血の気の引いていく顔でエイファは笑う。その笑顔は儚げで、今にも散ってしまいそうな華のように美しい。
「最後はこんなだけれど……私は満足してる……。それもこれも……全部フィンがいてくれたから……。だからフィン、ありがとう……」
「くっ……」
フィンは涙と咽びを堪えようと唇を噛む。
「さよなら」
その言葉を最後に、エイファの瞼は閉じられた。眠りについたと見紛うように、自然に。
それを見てフィンはエイファの背中から短剣を引き抜き腰に戻す。
「あぁ、さよなら……」
エイファを地面に寝かせ、自分もその隣に寝転んで言った。沈み始めた太陽は大地を色づけ、世界を暖かな色で包む。
――あぁ、また大切な人を守れなかった。さすがにもう立ち直れそうにないや……。
未だ血が滴る短剣をフィンは取り出す。
――さよならって言ったばかりなのに、エイファに怒られるかな……。
隣で眠る少女を見ながらフィンは切っ先を己の胸に当てる。二人分の血を吸いこんだ短剣はぬらぬらと輝いて見えた。
そしてフィンは力を込めて――。
魔物によって世界は蹂躙された。人々は抵抗を試みるがゆっくり、けれど世界は確実に滅びへの道を辿っている。
そんな世界の片隅で必死に生きた冒険者の青年と少女のお話。
願いは叶わず、大切な人の死によって擦り切れた心が壊れた青年。
突如として未来が閉ざされ、自分が造られた存在であると知っても幸せだと語った少女。
もがいて足掻いて、けれど未来は変えられなくて……。
これは冒険者の青年と魔力兵器の少女が共に紡いだ抵抗譚。
完! 結!
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。無事、完結することが出来ました。
ですが本番はここからです。ここから改稿、修正をして物語を磨いていきたいと思います。
また、完結に際して一言でも感想をいただけたら嬉しいです。
それではここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




