かくも残酷な真実は唐突に
「個体数の激減という主としての危機的状況が強化種を生み出した? ではなぜ個体数がこうも急に減ったのか……」
「シルビィさん! 触手型ですよ!」
フィンがハッと顔を上げて言った。
「なぜ今それが出てくるんですか?」
「この間の触手型魔物、僕たちと戦う前に他の魔物を捕食したんです。それもかなりの範囲で。その証拠に、僕たちが森を抜けてノルテ湖に向かうまでの間、一匹も魔物に遭遇してません」
「触手型の発生が今回の事態の遠因に……?」
――随分と面倒な置き土産ですね……。
緑の災厄が残した副産物にシルビィは軽い頭痛を覚える。
「それでその強化種から逃げる途中で獣型の大群に出くわしまして……今思うと、あの大群は強化種が率いてたんじゃないかと思うんですよね」
「他の魔物への指揮能力を有していると……」
「いや、そんな気がするだけです。ただ今まで一匹も見当たらなかったのに突然大量発生するとは考えにくいですし、何よりタイミングが良すぎます」
二人が逃げてくることを予想して大群が配置されたようにフィンには思えた。
「それで大群を抜けたと思ったらエイファが急に倒れて……」
「そうでしたか……」
「やっぱり魔法の使い過ぎが原因ですか?」
――魔物の迎撃を一人で引き受けていたんだ、エイファの負担は相当だったはず……。
「まぁ簡単に言えばそういう事になりますね。それでフィンさん、その強化種についてもう一度聞きますがエイファの魔法は効かなかったんですよね?」
「えぇ。二回目は避けたと思いますけど……」
「良かった……」
シルビィは一息ついて、
「その強化種には魔法が通用するという事です」
そう言った。
「どういう事です?」
「一回目の魔法でエイファの魔法を避けなかったのなら、二回目も避ける必要はありません。ですから一定以上の威力を出せれば通用するという事です。
しかしその一定値を上回る威力が出せる対抗手段は限られてしまいますが……」
「対魔特化剣ですか?」
フィンは前に使った灰色の刀身に魔導石が埋め込まれた大剣を思い浮かべる。しかしシルビィは首を横に振った。
「確かに有効ではありますがそもそも剣を避けられてしまいます。加えて対魔特化剣の出力が通じるかも未知数……」
「じゃあどうするんですか」
フィンの質問にシルビィは笑顔で答えた。
「エイファを使いましょう」
シルビィの言葉にフィンが固まる。耳から入った言葉を脳が理解することを拒んで、完全に思考が停止していた。
「時期的にもこれがベストだと思いますし、何より対抗手段は限られてますから」
――なんだ? ……この人は何の話をしてるんだ? エイファ? 使うって言ったか?
フィンなど構う様子もなくシルビィは続ける。フィンは単語と単語が繋がらず、ただただ混乱するばかり。
「とりあえずエイファの所へ行きましょうか」
そう言ってシルビィは席を立つ。フィンは言われたようにするしかなかった。
*****
私は外を知らない。壁の外どころか家の外も知らなかった。
一歩も外に出ることは許されず、人と会うこともなかった。親ですら私と接する機会は……。
ザッとノイズが走り、頭に浮かんだ映像に砂嵐が混じって乱れる。
見覚えのない暗い部屋、液体の中で揺蕩う自分、確かに感じる手足の感覚。
――何……なんなのこれは……?
エイファは脳内に流れ込んでくる映像から目を逸らしたくなる。だが出来なかった。そもそも塞ぐ手も目もなかった。慌てて自分の体を確認するが、そんなものはどこにもない。
『お前は欠陥品だ。まぁ初めて造るのだから当然と言えば当然か』
『お前は造られた存在。魔物を滅ぼすためだけに生まれたただの兵器』
脳内に直接響いてくる聞いたことの無い声にエイファは叫びたくなる。
と思うと目の前の映像が切り替わる。
『リルカが転化した……』
――フィン?
聞きなれた声に反応して顔を上げると、そこには見知った暗茶色の髪をした青年がいた。目は伏せられ、傍から見ても意気消沈していることがはっきりと伝わってくる。
――報告に一旦戻るか。
いきなり別の誰かの心情が入り込んできた。驚きと共に義務感に駆られるような感覚。それに隠されるように怒りと悲しみが渦巻いている。
エイファは自分の知らない心の動きに嘔吐感が込み上げてくる。自分以外の誰かが無遠慮に中に入り込んでくるような、そんな感覚。
突如として世界が暗転する。黒を塗りつぶしたような空間、自分という存在さえ疑いたくなるほどの闇。自分は右を向いているのか、左を向いてるのかわからず錯乱しそうになる。
不意に心臓を誰かに握られたような、そんな感覚がした。
――いや、縛られている?
そう気づくと同時に心臓が絞められる。打ち付ける苦痛に耐えるように叫ぶが声は出ない。心臓を絡め取られ、そのまま潰されてしまいそうになり……。
――がばりと毛布を跳ね除けて起きた。
「夢……?」
荒い息を繰り返す。汗で前髪が額に張り付き、背中を冷たいものが伝う。
「夢……だよね?」
心臓の動悸が収まらない。夢の中で感じた心臓の痛みがいやに生々しかった。冷や汗で体がぶるりと震える。寒気から身を守るように床に落ちた毛布を拾って、それにくるまる。
するとまたしても脳内に言葉が響いた。
『エイファ・ミーレス。それがお前の名前だ』『お前は自律型魔力兵器、レーヴェン・アールジェ』『兵器として生まれ兵器として死ぬ。兵器として死ねなければ、いずれは魔物に身を落とす。そういう風に出来てるのだ』
いくつもの言葉がフラッシュバックのように頭を駆け巡る。それと同時にエイファは確信した。さっきのは夢ではないのだと。
――あぁ、そういう事だったんだ……。私は人じゃない。生きる兵器……。昔の記憶はただの作り物……。
諦観の滲む瞳で己の手に目を落とす。
――そしてたぶん、私はもうすぐ死ぬ。
泣く気にもなれなかった。兵器としての自覚が蘇った事で、自分に残された時間がそう長くないことも何となくだがわかった。
――私はどうしたらいい? フィンにはなんて言えばいい? 私が人間じゃないと知ったら嫌われるに決まっている。今すぐにでもお礼を言いに行きたいのに行けない。私は顔に出やすいみたいだから、きっとすぐに気づかれる。
エイファは毛布を頭から被り体を小さくする。その時部屋の扉が叩かれた。
*****
「エイファ? 起きてますか? 入りますよ?」
返事が返ってくる前にシルビィは部屋の扉を開け、中に入る。フィンもそれに続いて部屋に足を踏み入れた。
「エイファ、大丈夫?」
「出てって!」
ベッドの上で毛布を被ってうずくまった少女が声を上げる。
「エイファ、フィンさんと貴方に少し話があるんだけど」
「いいから! 私はわかってるから! シルビィはフィンを追いだして!」
「え? わかってるって何? エイファは何か知ってるの?」
この場でただ一人、状況を呑み込めていないフィンが狼狽える。
「単刀直入に言います。エイファはソーサリーが魔物に対抗するために作り出した兵器です」
フィンには衝撃の事実が、エイファには駄目押しとばかりに現実が突きつけられる。
「そして今回貴方たちが遭遇した獅子の魔物、獣型強化種への対抗手段としてエイファ、貴方を用います」
シルビィが冷淡に、酷薄とも取れる声音で淡々と告げる。部屋には静寂が鎮座する。
「は……はい? シルビィさん、なに言ってるんですか。エイファもなんで黙ってるんだよ……」
「フィン……どうやら私、人間じゃなかったみたい」
エイファは毛布から顔を出してそんなことを言う。
――なんで……どうして……泣きそうな顔で笑ってるんだよ……。
「エイファ、貴方に与えられた選択肢は二つです。迫りくる脅威から世界を守るために兵器として利用されることを選ぶか、兵器として利用されることを拒み転化するのをただ待つのか……」
「正直私には世界だとかそんなことはどうでもいい。でも、それがフィンを救うことに繋がるなら……」
そこで言葉を区切り息をつく。
「繋がるなら、利用されてやるわよ」
八重歯が覗く。けれどその表情は今にも泣き出しそうで、無理して気丈に振る舞っているのは一目瞭然だった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
遂にエイファの正体が明らかになりましたねぇ……。ラストまでお付き合いいただければ幸いです。
それでは次回もよろしくお願いします。




