逃走劇(2)
フィンはエイファを抱えたまま魔物の大群の中を縫うようにして走る。魔物は次々と光の矢に貫かれて灰に姿を変えていくが、何より数が多い。エイファはフィンの腕の中で近づく魔物に魔法を打ち込んでいく。
「エイファ、今更だけど、エイファの魔法に当たる、心配は?」
後ろばかり気になって失念していた事を息を切らしながらフィンは問う。
「言ったでしょ、『我が願い』って。狙うのは魔物、だけよ」
エイファも息切れしながら返す。魔法の行使で手一杯と言った様子だ。
「そりゃよかった」
フィンは絶えず視線を動かしながら道を探る。魔物の下を潜り、背を蹴り超えて、魔物同士をぶつけて、すれすれのところを疾走する。
「どういたしまして」
エイファも休むことなく魔法を射出する。フィンの死角を補い、フィンの進む道を先読みするようにして攻撃していた。
そしてようやく魔物の密集地帯を抜ける。エイファが最初に放った魔法も止んでいる。制限時間内にはクリアできたようだ。
「エイファ、一回下ろすよ」
獣型の大群から離れ、追っ手がいないことを確認してフィンは魔法を解いた。額には大きな玉の汗が浮かんでいる。複数回に渡る魔法の行使によってフィンの魔力量は底を尽きかけていた。
それはエイファも同じ。息をする度にゼェゼェという音が混じっている。魔力量に自信のある彼女でもやはり厳しかったようだ。
わずか数分の間にいくつもの死線を乗り越えた二人は相当疲弊していた。
「街まではあとどれくらい?」
「一時間も歩けば見えてくると思うよ。あいつは……追ってきてないみたいだね」
フィンは後ろを振り返り獅子がいないことを確かめる。
「フィン……」
「どうしたの?」
エイファの呼びかけにフィンが視線を戻す。
「ごめんなさい……うぐっ……ちょっと無理しすぎたみたい……」
エイファは胸を掻き毟るように抑え、力が抜けたように膝を着きそのまま倒れ込んだ。眉間にしわを寄せ苦しんでいる。
「エイファ? エイファ!?」
フィンはすぐさま駆け寄りエイファを仰向けにして頭を支える。
「おい、エイファ! しっかりしろ!」
フィンが声をかけるが呻くだけで返事はない。首の動脈に指を添えると脈が不規則になっていた。
――魔力量が減りすぎたのか!?
フィンは急いで腰のポーチからマジック・ポーションを取り出しエイファの口に含ませる。しかしエイファの様子に変化はない。
――それらしい外傷はない。一刻も早く戻らなくちゃ。
「エイファ! すぐにソーサリーに連れて行く! それまで堪えろよ!」
フィンはマジック・ポーションをもう一本取り出し喉に流し込む。空になった容器を投げ捨て、エイファをそっと抱きかかえる。そしてこの日何度目かの言葉を叫ぶ。
「風よ!」
回復した魔力を全開にしてフィンは風になった。
*****
フィンは全力で荒野を駆ける。一歩進むたびに風が砂を巻き上げていた。そして力を緩めることなく草原を渡る。フィンが踏んだ小さな草花は鎌鼬に遭ったように切れていた。
「おいゴート、なんだありゃ」
「あん?」
外を見ていた緑鬼族の同僚に呼ばれてゴートは外に目を向けると、何かが物凄い速度でこちらに近づいてきていた。
「なんだありゃ?」
まったく同じ感想を漏らしながらよくよく目を凝らす。
「止まれー。止まらなければ魔法を撃つぞー」
緑鬼族が声を張り上げて警告するが止まる気配は一向にない。
「んー……ってありゃフィンじゃねえか? 腕に抱っこされてるのは……エイファか」
それに気づいたゴートは急いで同僚を止める。そして両手を大きく振って止まれと呼びかけた。
「ごめんゴート、急いでるんだ」
突風に腕で顔を覆い目を瞑るとそこにはフィンがいた。
「またあとでね!」
「あっおい!」
ゴートは慌てて引き留めようとするがすでにフィンは走り出していた。伸ばした手が諦めたように下ろされる。
「エイファ、もうすぐだからね……」
ゴートの制止を無視してフィンは門をくぐりソーサリーへとひた走る。エイファはまだ苦しそうにしていた。浅く速い呼吸を繰り返している。道行く人たちの間を通り屋根を伝って直線に走る。何かが通ったと知覚できてもその姿を捉えられる者はいない。
やがてちぐはぐな色をした建物が見えてくる。フィンは魔法を解き、最後の一蹴りでソーサリーの目の前に降り立った。
「シルビィさん!」
フィンはソーサリーに入ってすぐさま声を張り上げる。
「あら? フィンさん?」
幸運なことにシルビィは近くにいた。不思議そうな顔をして近づくがエイファがおかしいことに気づくと表情を険しくしていく。
「シルビィさん! エイファが!」
「エイファ! しっかり! 誰か救護係を呼んできて! すぐに運ぶわよ!」
シルビィの一言で建物内が騒然とする。どこからか担架を持ってきてエイファはそれに乗せられた。フィンは運ばれていくエイファに付いていこうとするが職員に後ろから抑えられて止められる。
「フィンさん、あとは任せて下さい。ここまで連れてきてくれてありがとうございました。
今はゆっくり休んでください」
シルビィが力強い声でフィンに声をかける。その言葉に安心したのかフィンは力が抜けたようにへたり込んだ。
呻き声を上げるエイファが職員に囲まれて運ばれていく。張っていた気を緩めたのか、魔力を使いすぎたのか、フィンの意識はそこで途切れた。
*****
簡素で清潔感のある個室。エイファはそこに寝かされていた。汗は収まり、呼吸は落ち着いている。絶えずしわの寄っていた眉間も元に戻っていた。
すぅすぅと規則的に胸が上下するエイファの傍らにはシルビィと数人の女性職員が立っている。
「思ったより早かったわね……今の容体は?」
「薬を打ったのでしばらく安静にしていれば大丈夫です。直に意識も回復するでしょう」
「そう……」
「移植はどうなさいますか?」
「タイミング的には今がベストだものね……お願い」
「了解しました」
「それじゃ私は少し外すわ。あとはよろしくね」
そう言われた職員たちは頭を下げ、シルビィは部屋を出ていく。
「それでは始める」
そう言った職員は手にしていた容器から拳大の魔導石を取り出した。別の職員の手がエイファに伸び、左胸、心臓がある辺りに手を置き検めるように撫でた。
シルビィはカツカツと早足でフィンの下へ向かう。フィンはソーサリーの入り口近くの椅子で休んでいた。
「シルビィさん、エイファは……」
フィンはシルビィを見つけると不安げな表情で聞いた。
「命に別状はありません。しばらくしたら目が覚めると思います」
その答えにフィンは脱力して深く息を吐き椅子に寄りかかった。頭を後ろに傾けて「良かったぁ……」とこぼす。
「いったい何があったんですか?」
「あぁそうでした……えっと、まずは魔物について話しますね……」
向かいの椅子を引いて腰かけながらシルビィが問うと思い出したようにフィンは事の顛末を話す。
獣型に酷似しているが体格、能力共に通常の獣型とは一線を画す魔物との遭遇。その魔物はフィンの攻撃を避け、エイファの魔法もダメージを与えられなかったこと。そしてその魔物が多くの冒険者を返り討ちにしたのだろうということ。
「獅子……ですか。推測の域を出ませんが、おそらくその魔物は強化種でしょう」
「強化種?」
顎に手を当ててそう結論付けたシルビィにフィンが聞き返す。
「はい。獣型魔物の中には稀に異常発達した個体が生まれることがあります。それらをソーサリーでは強化種と呼称しています」
「なんで生まれるんですか?」
「原因はわかりませんが獣型に何らかの危機があった場合、それを克服しようとして発達するようです」
「獣型の危機……」
しばしの沈黙のあと、
「「…………あっ!」」
二人の声が重なった。
「「獣型の減少!」」
今回も読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




