少女はすぐに赤くなる(2)
陶器のカップに淹れられたハーブティーをフィンは口に運ぶ。爽やかな香りは舌の上を通った後、鼻腔をくすぐるようにして抜けた。
「やっぱりシルビィが淹れるお茶は美味しいわね」
「初めて飲む味ですけど美味しいです」
「ありがとうございます」
ソーサリーにあるシルビィの自室に招かれた二人はお茶を堪能していた。
「でもいいんですか? 勝手にお茶会なんか開いて」
「大丈夫ですよ。私、これでも偉いんです」
――胸を張って言うような事じゃないわよね。
――それって職権乱用なんじゃ……。
と、二人は思うが当のシルビィは気にする様子もない。
「それにほとんど仕事もないですし」
「暇なの?」
「いえ、暇という訳ではないんですけど……仕事のしようがないというか、やりようがないというか……」
どうにも煮え切らない様子でシルビィが答える。
「実はですね、ここ最近になって獣型魔物の数が急速に減っているんですよ」
「やっぱりね」
エイファは声に出したがフィンも内心で納得する。
このところ魔物と遭遇する機会がめっきり減り、そのためにフィンとエイファは練習に勤しんでいたのだった。
「魔物が減るのは喜ばしい事じゃないですか」
「それはそうなんですけど……かわりに戻ってこない冒険者が増えているんです」
「そんなの魔物の餌になっただけでしょ。いつもの事じゃないの?」
エイファが淡々と述べる。
「おそらくはそうでしょう。ですが……」
「出た冒険者がそろって戻ってこない、と」
フィンが言葉を引き継ぎ、シルビィはそれに頷いた。
「触手型が発生した様子もないですし、獣型の数は従来より少ないので外は比較的安全な状態だと思うのですが……」
シルビィは困りましたと言ってカップを傾ける。軽い調子で言ってるが、冒険者を取り纏める彼女にのしかかる責任や重圧は大きいだろう。
「なら私たちで調べるわよ」
テーブルに手を着き立ち上がってエイファは言った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だって」
「でも危険な目に会ったら……」
シルビィは心配そうな視線を向けるがエイファはそれを一蹴する。
「平気だって。フィンもいるんだから」
「それならひとまずは安心できますね」
ハーブティーを啜りながら黙って二人の会話を聞いていたフィンは、
「あのー……さっきから僕抜きで話が進んでるんですけど」
「初めに言ったじゃない。私『たち』って。それにどの道フィンは反対しないでしょ?」
「まぁそれもそうだけどね」
仰る通りでというような苦笑いを浮かべる。口元に運んだカップはすでに空になっていた。
「それじゃ明日にでも出発しようか。とりあえず行方不明になった冒険者の足取りを追ってみよう。
ゴートに聞けば教えてくれるだろうから」
シルビィは助かりますと言って頭を下げ、お茶会はお開きとなった。
*****
次の日の早朝、フィンとエイファは準備を整えて宿舎を出た。通りに人影は無く、夜の賑やかさの反動なのか、静謐な空気が辺りを満たしていた。
その空気を壊さないようにして二人は黙って門に向かう。門ではゴートが欠伸を噛み殺しながら立っていた。二人に気づいたゴートは軽く手を挙げ、二人も同じように返した。
「おぅ、二人して朝からどこに行くんだい」
背の高いゴートは眠たそうにしながら尋ねる。
「おはようゴート。ちょっと調べ物をしにね。
そこで聞きたいんだけど、直近で外に出た冒険者の行先は知ってる?」
「あ? あーっとどこだったかな……」
フィンの質問にゴートは眉間にしわを寄せ、腕組みして記憶を探る。
「二日前に魔物を狩ってくるって言って出てった奴がいたな。遠出するような装備じゃなかったのは覚えてる」
「何人だった? 実力は?」
エイファが矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「男二人に女一人のパーティーだったな。実力はわからねえがそれなりに場数は踏んでると思うぜ」
平然と魔物狩りに出かけた冒険者の一団の様子からそう判断する。
「そうか……ありがとう。二、三日で帰ると思うからよろしく」
「おう、気をつけてな。エイファもフィンの事頼むぜ」
「任せておきなさいって!」
エイファは胸に手を当てて返事をする。
「それとフィン、酒奢ってくれてありがとな。また今度奢ってくれや」
「ゴートに酒を奢るのはこれっきりにさせて……酒樽ごと呷る人は初めて見たよ……」
そのために貯めたとはいえ、全部の金が酒に変わるとは思ってなかったフィンが呆れたように言った。
「カカカ、まぁこれに懲りたら馬鹿な真似はやらねぇことだな」
「肝に銘じておくよ」
軽口を叩いて笑うゴートに見送られながら、二人は朝露に濡れる緑の上を歩いていった。
「……で、魔物の魔の字も見つからない訳だけど」
「さすがにおかしいわよ……」
陽もとっぷりと暮れ、フィンとエイファは野営することにした。
「いつもはそこらじゅうにいるのに今日に限って見当たらないなんて」
「まぁ何かが起こってるのは間違いなさそうだね」
フィンは焚火に細枝を放り投げて言った。細枝はパチパチと音を立てて焼かれていく。
二人は森から少しばかり離れ、乾いた丘陵地帯で夜を明かすことにした。魔物が少ないとはいっても森は魔物の巣窟である。夜の森には近づかないが吉、というのが冒険者の原則だ。
「焦る必要はないよ。そのための食料だしね」
「でも私、こうして野宿するのは初めてだからなんかワクワクする」
そう言ったエイファはフィンが取り出した携行食を嬉しそうに受けとる。二人は焚火を囲んで地べたに座った。
「ほら、満点の星空の下、仲間と共に一夜を過ごす……すごく冒険らしいじゃない?」
「気持ちはわからんでもないよ」
「この携行食だって初めて食べるし……あぐ、あまりおいしくないけど逆にそれがいいっていうか」
味よりも栄養を重視し、持ち運びやすいようブロック状に固められた携行食をエイファは口に運ぶ。初めて食べる携行食を味わうように咀嚼していく。
「んぐ……だって冒険途中のご飯、それも携行食よ? 美味しかったらそれはそれで複雑な気分にならない?」
生白い喉仏が呑み込みに合わせて動いた。
「ははは、そんな風に考えたこともなかったな。美味しく無くていい……か。うん、そうなのかもね」
この携行食も冒険の醍醐味だ、とエイファは言う。
――美味しくはないけれど嫌いじゃないのはそういう所にあるのかな。
「ねぇフィン」
「なに?」
「今度はフィンの話も聞かせてよ」
そう聞く声音はさっきよりも落ち着いたものだった。寝る前の子供が親に物語の読み聞かせをせがむような、そんな声。
「たとえば?」
「なんでも。今までの冒険話とか、フィンが駆け出しのころの話とか、リルカさんの話……とか」
「聞いてどうするの」
「どうもしないわよ。ただ……」
焚火を挟んだ反対側にエイファの顔がある。腕で抱えた膝の上に顔をちょこんと載せた彼女はフィンを真っ直ぐに見つめて言った。
「……好きな人の事をもっと知りたいって思っただけ」
はにかむようにして笑い、炎に照らされた前髪がサラと揺れた。
「もっとフィンと話がしたい。もっともっとフィンの事が知りたい。……ダメ、かな?」
「……そう聞かれて断れる人はいないと思うよ」
フィンの心臓が大きく脈打つ。一回そうなってしまえば、元に戻るまで時間がかかりそうな脈動。
そのせいで返事が一呼吸遅れてしまった。
それは反則だろう、とフィンは思う。聞けば皆が、種族関係なしに可愛いと断じるであろう笑顔。小豆色の瞳は熱に浮かされたように潤んでいた。
「そうだな……話すこと……でも話すような事あるかな」
「じゃぁ私から質問!」
フィンは目でそれを促す。
「フィンはリルカさんのことが好きだって言ってたけど、リルカさんはフィンのことどう思ってたの?」
「あー……自分で言うのもあれだけど……思い思われでした、はい」
フィンは顔の温度が上がるのを自覚しつつ答えるとエイファがたちまち色めき立つ。
「告白は? 告白はした? したならどっち?」
「いや……はっきりとはしてないし、されてない、です。
というか、毎日一緒に冒険してたし、彼氏彼女っていうよりは相棒って言った方がしっくりくるかな」
「じゃ、じゃぁききききき、キスとかは……?」
「……ノーコメントで」
フィンは意地悪そうに微笑んで答える。実際は毛ほどもしてないのだが、あえてはぐらかすことにした。笑顔に負けて口を割ってしまったことへの、せめてもの仕返しのつもりで。
エイファはフィンの思惑など知る由もなく、胡乱げな瞳をフィンに向けるのみである。
辺りは黒一色。その中で、会話と笑い声をを薪にした焚火が二人を明るく照らし出していた。
今回も読んでいただきありがとうございます。
前回に引き続き糖度高めでお送りしました。
それでは次回もよろしくお願いします。




