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少女はすぐに赤くなる

 夜、雲の切れ間から顔を出した月が闇に染まった大地を優しく照らし出す。

 その月光の下、一匹の獣ベスティアが血肉を貪っていた。魔物の餌と成り果てた肉塊がまき散らした血潮に、主人を失くした武器が傍に転がっている。

 その獣は異常だった。通常のそれとは比べ物にならないほど発達した体躯と爪牙。生半可な剣では斬ることも難しいであろう黒の体毛。

 獣は吼ほえる。喰らっても喰らっても満たされない渇きを持て余して。獣はひとり彷徨う。次なる獲物を探し求めて。


*****


 例の触手型魔物との戦いからそれなりの時間が過ぎた。フィンとエイファは今日も朝から草原で互いに剣と魔法を交わしている。これがここ最近の二人の日課になっていた。


 「このっ!」


 エイファはことごとく外れる自分の魔法に苛立ちを覚える。というのも、フィンが風を使って動く速さにエイファは魔法の照準を合わせられないでいたからだ。

 フィンは魔法を躱しながらエイファの懐に飛び込む。


「そこっ!」

「――かかった!」


 フィンの短剣がエイファに届く直前、エイファは即座に自分の足元に魔法を放つ。爆ぜた地面は土煙を上げて二人の姿を隠した。


「もらったぁぁああ!」


 すかさずエイファは腰から長剣を居合のように抜き放つ。フィンの足は止まっているだろうと確信して。

 しかしその思いは虚しく空を切った。


「惜しかったね」


 剣に手ごたえがないことを不思議がる頃には、フィンが後ろからエイファの首元に短剣の峰を当てていた。細腕を取って後ろに回し、身動きが取れない状態にして。


「…………」

「でも魔法を地面に撃ったときはびっくりしたよ。そこまでは良かった。視界は完全に遮られたしね。

 ただその後に大声を上げたら自分で自分の居場所を教えることになる。『もらった』なんて言えば何をしようとしてるかも大体察しが付くでしょ?」

「…………」

「まぁ嬉しくて声が出るのもわかるけどね?」


 フィンが戦闘のフィードバックをエイファに伝えている間、彼女はじっと俯き黙りこくっていた。


「え、エイファ?」


 黙ったままのエイファが心配になりフィンは彼女に声をかける。宙に舞った土煙が晴れ、エイファの様子がはっきりとする。


「おーい、エイファ?」

「……ふぅー……ごめんなさい。悔しくて取り乱したわ。一旦休憩しましょ」

「え? あ、うん……大丈夫?」

「何が? まったくもって平気よ?」


 フィンが拘束を解いて尋ねるとエイファは食い気味に答えた。


「それより私、汗を拭きたいから少しあっち見てても

らえる?」

「あ、はい。わかりました」

 なぜか敬語で返事をしたフィンはあさっての方向へ目を向ける。エイファは草の上に置いてあったタオルを手に取り顔を拭いて。


「っ~~~~~~!」


 ……盛大に身悶えた。例のごとく耳まで真っ赤である。

 ――私は何考えてるのよ! 練習中でしょ! なのに、なのに……後ろから抱きすくめられたみたいで……そ、その……なんというか、もう少し強く抱きしめてくれないかな……って私は何を……でもやっぱり体つきはしっかりしてたよなぁ……ってうわぁぁぁああああ。

 端的に言って少女は興奮し、羞恥心に身を焼かれていた。

 形としては『想いを寄せる人に後ろから抱き着かれた』という事実がエイファの心拍数を上げ、そのことに嬉しくなっている自分がたまらなく恥ずかしいのだろう。

 ――うぅ……こんな自分が恥ずかしい……。でも……でも全部の否が私にある訳じゃないよね。フィンは私の気持ちを知ってるわけだし、フィンが私に抱き着かなければこうはならなかったはずで……。

 しかしエイファとて年頃の少女だ。乙女な少女はこの羞恥に耐えうる術を持っていない。


「フィンのせいなんだから!」

「えぇ!? 何が!」


 このような結論になるのもまた、仕方のないことだろう。


*****


 陽が西に傾き始めた頃フィンとエイファは練習を終えて帰路に着いた。しかし真っ直ぐには帰らず、通りをぶらぶら散策してから宿舎に戻る。


「この国はいつも賑やかよね」

「ここは交易で発展した都市国家だからね。今も交易の中継地だからいろんな種族の人とか珍しい物も集まるんだよ」


 肌の色も背格好もまちまちな人が行き交う中、二人肩を並べて夕暮れの街を気ままに歩く。もう少し暗くなれば食事処から香ばしい匂いが立ち込め、街の酒場からは笑い声が溢れてくるだろう。


「むぅ、なんで笑ってるのよ」

「え? 笑ってた?」


 エイファに指摘されるまでフィンは自分の顔が綻んでいることに気が付かなかった。


「エイファが楽しそうだから僕もつられちゃったのかな」

「そう……」

「あら? フィンさんにエイファじゃないですか」


 通りを歩くフィンとエイファに一人の女性が声をかけた。


「あ、シルビィさん。どうも」

「こんな所で奇遇ね」


 金髪翠眼で特徴的な耳を持つ端麗な彼女は、この国の冒険者を管轄する部署の代表としてソーサリーに勤めているシルビィであった。


「シルビィは何してたの?」

「私は仕事の休憩に外をぶらついていたところですよ。

 エイファは……あら、気づかなくてごめんなさい。デートの邪魔をしてしまいましたね」

「で、ででデートだなんて、そんなわけないじゃない! ただ練習帰りにフィンと散歩してるだけよ。そう! 散歩!」


 まるで自分に言い聞かせるように声を大にしてエイファは言う。


「そう、散歩なのね。でも散歩にしては貴方、フィンさんのことをチラチラ見てたみたいだけど?」

「は、はぁ? 別に見てないし! 全然これっぽっちも塵ほども見てないから!」

「あらそう? エイファったら随分熱心に……」

「だぁー! ほら、もういいでしょう。それ以上あることないこと言ってみなさい。ただじゃおかないわよ」


 シルビィのからかいにエイファは肩で息をする。


「ごめんなさい、ついエイファが可愛くって」

「私で遊ぶんじゃないわよ」


 言い返す言葉には力がなかった。


「うふふ、お詫びと言ってはなんですがソーサリーにいらしてください。お茶を淹れますから」

「ありがたくそうさせてもらうわ……」

「それじゃお願いします」


 まだ陽は沈み切っていない。街は夜への準備を済ませ、魔石灯がぽつぽつと灯り始める。三人は笑いながら継ぎはぎだらけの奇天烈な建物に足を向けた。

今回も読んでいただきありがとうございます。


エイファの可愛さが伝われば幸いです。


それでは次回もよろしくお願いします。

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