変人奇人に囲まれて
テーレムが廊下を歩いていくと突き当りでシルビィが彼女を待っていた。
「随分長かったわね」
「そんなことはないだろう」
笑うシルビィにテーレムの表情が揺らぐことはない。彼女は待っていたシルビィを突き放すように歩いていく。シルビィはその後を追いながら会話を続けた。
「二人のことが気になるの?」
「捉え方によってはそうなるかもしれないな」
「素直じゃないんだから」
「黙れ」
にやにやしながら顔を覗くシルビィをテーレムは一蹴する。
「むぅー……これでも私は貴方の上司に当たるのよ? もうちょっと敬意を払うとかないの?」
「そんなことをやる暇があるなら少しでも早く仕事に取り掛かりたいんでね。
それともなんだ。慇懃無礼に振る舞った方がいいか?」
「それじゃ結局だめじゃない」
終始テーレムがシルビィを冷たくあしらう構図で話が進む。だが二人にとってはいつものことであった。この二人が部下と上司という関係になってからそれなりの年月が経つ。となれば、雑な言葉のやり取りでも傷つくようなことはない。
まぁシルビィの性格に因るところも大きいとは思うが。
「それよりシルビィ。エイファが彼の下へ向かうよう仕向けたのはお前か?
エイファが来た時に聞いた。シルビィに教えてもらったと」
「そんなことないわ。エイファは大事な子だし、行かせたくもなかった。
ただしつこく聞かれてるうちにボロが出ちゃったってだけよ」
「なら森を抜ける最短経路を通信魔法でガイドしたのも頷けるな」
「そうね。だって死なれたら困るもの」
テーレムは口元を歪めシルビィを一瞥する。シルビィは相も変わらずにこやかであった。
*****
腹の底に重く沈むような機械の駆動音が鳴り響く部屋。中央には巨大な機械が鎮座していた。
ガラスの筒の両端を金属が覆ったカプセルのような機械。中は人ひとりが横になれるほどの広さがあり、両端の金属部には幾本ものチューブが繋がれている。そしてその機械の周りを三、四人の男たちが忙しなく動いていた。
「それじゃテーレム、最初で最後の仕事よろしく」
「あぁ」
シルビィが一声かけるとテーレムは中央の機械に歩み寄ると彼女は自分の服に手をかけた。
暗い部屋の中でライトアップされたようなその場所でテーレムは自分の体を覆う布を剥いでいく。
男たちの盗み見るような下卑た視線を一身に受けるがテーレムに表情の変化はない。続けて下も脱ぎ捨て、髪と同じ色の下着だけなる。照明を浴び、日に曝さらされたような光景が男たちの劣情を掻き立てた。
「ほらテーレム、下着も脱いで」
この状況を作り出した張本人から、さらにそれを煽るような指示が飛ぶ。その声音は平静のそれと変わらない。テーレムもわかっているといった様子で指示に従った。
ホックをはずし、ショーツを屈むようにして下げ、一糸纏わぬ姿になる。程よいふくらみと引き締まりが両立した体。テーレムが恥らわないのをいいことに男たちは息を荒げ、その肢体を目に焼き付けんとする。
「なんだお前ら、この私に興奮しているのか? これでも私は人外だぞ? ……あぁ、ソーサリーは変人奇人の集まりだから仕方ないのか」
彼女の顔に浮かんでいるのは恥辱ではなく憫笑だった。
「随分大きくなったわね――」
シルビィがテーレムの姿を見て言うが、その言葉が指すのは背丈でも胸でもない。
「――背中の痣」
テーレムの背中一面に広がった青紫の痣。その色と広がりから外的なものが原因でないことは見て取れる。他の場所が健康的な肌色をしているだけあって背中の異様さが際立っていた。
「だろうな。見えないが感覚でわかる」
「痛く無いの?」
「今のところは、な」
「そう。それじゃ始めましょうか」
シルビィの声で男たちは思い出したように動き出し、テーレムはその機械の中に入り仰向けになる。男たちに指示するシルビィの声がくぐもって聞こえた。
「テーレム」
シルビィがガラス一枚を隔てテーレムに話しかける。
「貴方が帰ってきたのは正直驚いたわ」
「死に損なって悪かったな」
「そんなことない。戻ってきてくれて嬉しかったわ」
嬉しそうな、安堵にも似た表情でシルビィは笑う。
「――貴方に蓄積されたデータの回収は諦めていたから」
「……そういえばお前もソーサリーの人間だったな」
テーレムは金髪のハーフエルフを呆れたといった風に睨む。
どうせ時間は決まっている。これが寿命というやつだ、とテーレムは諦観にも似た思いだった。
「なにか心残りはない?」
「特にこれといったものはないな」
「そう……それじゃご苦労様でした」
その言葉が終わると同時にテーレムの意識が沈んでいく。
――初めから、生まれた時から決まっていたことだ。今更そのことについて思うところは何も無い。
故に彼女には後悔も未練もなかった。
テーレムは自分の体と意識が離れていくような感覚に身を任せる。
――ただ。
瞼の裏に真紅の髪の少女と、少女が思慕を寄せる青年の姿が浮かぶ。
――ただ一つだけ心残りがあるとすれば。
テーレムは薄れゆく意識の中で。
――殺しそびれたなぁ……。
そんな益体もないことを考えた。
*****
抜けるように青い空に白雲が細くたなびいている。そんな快晴の空の下、枯れた大地では狼に似た異形が跋扈していた。光を呑み込むような黒い体表、赤く染まった眼に映るのは己の餌のみ。裂けた口から覗くのはぬらぬらと光る牙と赤く熟した咥内。
そしてその獣型魔物ベスティアを蹂躙するかのように灰に変えていく冒険者が一組。
「エイファ、後ろは任せたよ!」
「あ、こら! 病み上がりが突っ込むんじゃないわよ!」
血塗れた短剣を片手に駆ける暗茶色の髪をした青年が、一匹二匹と魔物を屠っていく。
そしてそれを諌めつつも魔物をまとめて灰にしていく少女。放った魔法の爆風で二房の真紅の髪が後方へと流れる。
「フィン、なんかテンション高いわね」
「そう? あー……でも久し振りだからやっぱり嬉しいのかな。
ゴートに酒を奢るためにお金も欲しいし……」
「まったく……」
この国の門番でフィンの師でもある爬虫類人族のゴートがフィンの見舞いに来た時は大変ご立腹の様子だった。
来るや否やフィンの胸ぐらを掴み彼を叱り飛ばした。その場はエイファのおかげで事無きを得たが、機嫌を直すためにフィンはゴートに酒を奢ると約束をしたのだ。
「それに何より体を動かしたくて」
「それは私も一緒」
エイファがニッと笑う。彼女のトレードマークでもある八重歯がきらりと光った。
「私だってずっと動いてなかったし、しばらく魔法も使ってないから暴れたい気分なの」
「……僕は下がってるから精一杯どうぞ」
フィンが下がりエイファは魔法を行使する。魔力を燃やし、突き出した右手に集め、放つ。
大出力の魔法が辺り一帯の魔物を掃除した。焼き尽くされた大地には灰と淡く輝く紫紺の魔導石だけが残る。
二人は転々と落ちている魔導石を回収しながら言葉を交わす。
「調子はどうだった?」
「少し足が重いかな。あとは大丈夫。エイファは?」
「私はなんか魔力が詰まってるような感じがするのよね。魔力の流れが滞ってる感じ。まぁそのうち良くなるでしょ」
他愛もない会話をしながら拾った魔導石を腰のポーチに詰めていく。
「んー……それじゃ行こうか」
屈んで強張った背中をほぐすようにフィンが伸びをする。
「そうね。ほら帰るわよ」
「え、うわっ」
エイファがフィンの手を取って歩き出す。よほど恥ずかしいのだろう、フィンの手を引く彼女の顔は朱に染まっていた。
少し前ならば言葉を交わす度に顔を紅あかくしていエイファだが、今では調子をすっかり取り戻していた。
――うぅ……露骨だったかな……。
ただ一点、変わったことと言えば、エイファがほんの少し積極的になった事だろうか。
フィンを振り向かせようと健気に頑張る少女がそこにはいた。事あるごとに恥ずかしくてのぼせそうなのを堪えながらエイファはフィンにアプローチを仕掛けている。
そんなエイファをフィンは微笑ましく思う。恥ずかしいならやらなければいいのにという言葉は胸の内に仕舞っておくことにした。
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