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踊りつかれたその後で(2)

「――ってフィンに言われて……」

「よし、殺してくる」

「ま、待って! ストップ!」


 殺気を迸らせるテーレムをエイファは必死に引き止めた。


「いいんです。ちょっと受け止めきれなかっただけですから。話したら楽になりました」

「まぁ、あいつがリルカに一途なのは今に始まったことじゃないが、それでも言い方ってものがあるだろう」

「リルカさんのこと知ってるんですか?」

「まぁな。リルカは私の妹みたいなものだからな。転化したと知ったときは少なからず驚いたよ」


 テーレムは昔を懐かしむような目をしていた。


「だからリルカを殺したのがあいつだと知った時は複雑だった。監視任務にかまけて殺そうとしたことも何度かあったくらいだ」

「監視?」

「あぁ、私はシルビィに言われてお前たちをずっと監視していた。悪かったな」

「そ、そうだったんですか」

「お前の恋する乙女具合も見せてもらったぞ。鏡の前で自分の容姿を気にする様はなかなかに良かった」


 その言葉にエイファの顔は一気に沸騰する。


「な、ななな」

「大丈夫、お前は十分魅力的だ。悲観することは何もない」

「なに言ってるんですか! 覗き見なんてひどいです!」

「仕方ない。監視しろと言われていたのだから」

「完全に楽しんでるじゃないですか!」

「まぁそう怒るな。まだ本調子じゃないんだから」

「誰のせいだと……」


 エイファがプルプルと震える。


「お前はお前のやりたいようにすればいい。お前は命まで掛けてあの男を助けたんだ。

 それにあいつだってお前の事をまったく気にかけてないはずはない。でなきゃあんなに心配そうな顔はしないさ」


 今まで二人を一歩離れた所から見てきたテーレムが言う。


「私からは以上だ。早く戻って何か言ってこい」


 そう言ってテーレムはその場を後にする。


「なんでそこまでしてくれるんですか?」

「うん? そうだな……監視してきたことの詫びかな。あとはお前は私の妹みたいなものだからな」


 エイファが何か聞こうとする前にテーレムは行ってしまった。


*****



「リルカさんが転化したことも、フィンがリルカさんのことを大切に思ってることはわかった」


 二人が寝かされている部屋に戻ってきたエイファはフィンのベッドに軽く腰掛けて話す。


「フィンが私を利用したことは気にしなくていい。結果としてそうなったっていうだけだから。

 それと、フィンが私の事を交渉の材料としか見ていないとしても、それでも私はフィンとの冒険が楽しかった。だから私は諦めない。

 いつか……いつかフィンを惚れさせてみせる!」


 エイファは高らかに宣言した。

 初めはあんなに嫌いだったはずなのに、なんで彼の事を好きになってしまったのかエイファは考える。

 彼が強かったからだろうか。

 彼に助けられたからだろうか。

 彼の真剣な眼差しに惹かれたのだろうか。

 彼と毎日のように過ごしてきたからだろうか。


 おそらくはそのどれもが正解で、だがそのどれも的を射たものではない。


「……エイファは最初に僕と会った時なんて言ったか覚えてる?」

「最初? ソーサリーでシルビィに紹介された時のこと?」

「そう。あの時エイファは僕に『迷惑を掛けないなら野垂れ死んでくれても構わない』って言ったんだ」

「あ、あの時は言葉の勢いっていうかその……うぅぅ……フィンの意地悪!」

「だからエイファが助けてくれた時は妙に嬉しかった」

「……そ、そうなんだ」


 ――その笑顔だ。その笑顔はずるい。

 エイファは耳まで赤くして俯いてしまう


「エイファが想いをぶつけてくれて、我儘を言ってくれたから僕は今ここにいるんだ」

「……私はフィンの事なんて考えないで助けた。だからフィンにとっては迷惑なことなのかもしれないけれど……」

「そんなことない。感謝してるよ」


 エイファのセリフを遮ってフィンは続ける。


「だからありがとう。それに少し嬉しかったんだ」

「えっ?」

「男って馬鹿でさ、死にそうだって時でも告白されると嬉しくなっちゃうんだよ」


 ――そして往々にしてその相手に好意を抱く。

 単純だろ? とフィンは笑う。

 そんなフィンにエイファはすっかり参ってしまった。


「だからこれからも一緒に冒険しよう」

「うん……」


 フィンの提案にエイファは頬を緩ませ首を縦に振った。


「ちょっとフィンさん! なにエイファにプロポーズしてるんですか!」

「やっぱり殺す」


 タイミングが良いのか悪いのか、シルビィとテーレムが洒落にならない殺気を放ちながら部屋に入ってきた。


「ぷ、ぷろぽーず……」

「エイファ! 今は顔を赤くして黙っちゃ駄目だって! ちょ、ちょっと待って二人とも……まだ傷が治ってな……」


 イレギュラーな言葉に沸騰して弁解を忘れるエイファと慌てふためくフィン。剣呑な二人が威圧感を放つ。

 即刻誅伐とならなかったのがせめてもの救いだろう。


*****


「なるほどそういう事でしたか」


 なんとか説明を聞き入れてもらい、フィンは先日の戦いに次いで九死に一生を得た。彼の病衣は冷や汗でぐっしょりだった。


「で、二人は何しに来たんですか?」


 このままでは死ぬかもしれないと感じたフィンがすかさず話題を逸らす。


「そうそう、二人の状態をチェックしに来たんでした。

 フィンさんちょっと傷の具合を見せてくださいね。テーレムはエイファを見てあげてください」

「わかった」

「じゃぁフィンさん、ちょっと失礼しますね」


 フィンの思惑通りになったシルビィはそう断ってフィンの包帯を解いていく。


「ふむ……傷は完全に塞がりましたね。あとは魔力量ですが……こちらはまだかかりそうですね。魔力が十分に回復するまでは絶対安静ですからね?」


 フィンの魔力量を確認してシルビィは再度忠告する。


「エイファはもう大丈夫だろう。だがもう暫くはここにいることになると思う」


 隣のベッドではテーレムがエイファの腕の具合を見ながらそう言った。


「なんで?」

「まだやらなければならない検査が残ってるからな」


 そう、と呟いて「テーレムはもう大丈夫なの?」と聞き返す。


「私は大丈夫だ。それより後ろを見せてくれ」

「背中はなにもないわよ?」

「いいから」


 そう言ってテーレムはエイファをうつ伏せにして病衣に手をかける。


「ちょ、ちょっと! フィンはこっち見ないでよね!」

「ご、ごめん!」


 フィンは慌てて背を向ける。部屋に衣擦れの音が響き、上下一体となっている病衣がテーレムの手によって剥がれた。


「シルビィ……」

「えぇ」


 華奢だが柔らかなそうな背中。背筋から腰、臀部にかけての流麗な曲線。余計な肉はついておらず、程よく引き締まった太腿とふくらはぎ。

 シルビィの指がエイファの白磁のような背中に触れ、そっと線を描くように動く。


「……んっ」


 シルビィは突然の感触に困惑したような声を漏らした。首だけ動かして後ろを見ると二人が背中を凝視している。そのことがエイファに形容しがたい羞恥心を抱かせた。

 だが、雪を欺くほどの背中を前にしてシルビィとテーレムの表情は険しい。シルビィの手が左の肩甲骨の下あたりで止まった。その場所には爪ほどの大きさの痣がある。


「エイファ、ここ痛くない?」

「ん? 大丈夫よ?」

「そう……良かったわ」


 普段と変わらない口ぶりで聞くシルビィの隣でテーレムは無表情でエイファの背中を見つめる。


「ごめんなさいね。ありがとう」


 そしてシルビィは「そろそろ戻りますね」と言って部屋を出ていく。


「エイファ、もういいかな」

「あ、ごめん。もういいわよ」


 ずっと背を向けて沈黙を貫いていたフィンがシルビィの退出で再起動した。


「ずっと気になってたんだけどエイファとテーレムって知り合いなの? 結構親しげに話してるけど」

「女にはいろいろあるのよ。ですよね?」

「あぁそうだな」


 楽しげに笑う二人にフィンは首をかしげる。


「では私も行く」

「テーレム、まだ聞きたいことがたくさんあるんだけど」

「直にわかるさ」


 テーレムは何かを含んだように笑って言った。


「じゃあねテーレム。フィンと戦ってくれてありがとう」

「なぜ礼を言う。私は助力などしていないし、あまつさえ殺そうとしたんだぞ?」

「それでもありがとう。なんか言いたい気分だから言っただけ。あまり気にしないで」

「そうか、では貰っておこう。私もお前たちの武運を祈る」


 テーレムはそれだけ言うと部屋を後にする。浅紫の髪の下には微笑をたたえていた。

今回も読んでいただきありがとうございます。今回で二十回目の更新となりました。


段々と近づきつつある結末まで、もう少しお付き合いくださいませ。


それでは次回もよろしくお願いします。

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