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失意の底

 見るからに毒々しい果実や不気味なほどに鮮やかな植物がそこかしこに生い茂っている森。鳥の鳴き声だろうか、子供の夜泣きのように耳障りな音が森に木霊する。

 暗茶色をした髪の青年は肩を落とし、足を引きずりながら森の中を歩いていた。


 ――なんで……。

 ――どうして……。


 青年の心は動揺と困惑に支配されていた。疑問が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。


 『今日はそろそろ帰ろっか』

 数刻前に聞いた言葉が頭の中に蘇る。

 ――いつもと同じはずだった。日常と呼ぶにふさわしい、平凡な、それでいて幸せな時間が過ぎていくはずだった。

 森を進む青年の眼に周りの景色は映っていない。薄青の瞳には虚ろな光が宿るのみ。


 ここは森の中。つまり、いつ魔物に襲われてもおかしくない状況。にも関わらず彼は周囲をまったく警戒していなかった。飢えた魔物にとっては絶好の餌だろう。

 しかしそれも無理はない。彼の顔や手、衣服、腰に差した短剣には、最愛の人だった者の血がこびりついているのだから。


 ――もっと僕が気を付けてれば、あるいは防げたかもしれないのに……。

 青年はどうしようもないほどの自責に駆られる。自分次第で未来は変えられたのではないかと考える。だけれども、彼女を殺したこと、その一点については後悔はしていなかった。


 隣を歩いていた人が突然苦しみだし、頭を抱えて悲鳴を上げる。己の手で掻き毟った頬からは血が流れ、血走った眼はあらん限り開かれる。鈍い音がしたと思えば関節の無いところから手足が曲がり、果ては骨格が作り変えられる。

 いったい青年に何ができたのだろうか。唯一彼にできたのは、殺すことで苦しみから彼女を解き放ってやることだけ。


 森を抜け、視界が開ける。眼前には茜色の空と荒れた大地。森とは打って変わって草木の一本も生えていない。荒野には青年の陰のみが落ちている。

 朦朧としながらも変えるべき方向を間違えなかったのは冒険者としての経験の賜物か。

 ゆっくりと、引きずるように青年は歩を進める。


*****


 ――遅い……遅すぎる……。

 長い舌を出し入れしながらゴートは思う。


 縦に裂けたような瞳孔、竜の如き鱗を纏った体、屈強ながらも靭やかな尾。

 謂う所の爬虫類人族である彼は、白と黒を基調とした厳格な趣の軍服を身に着けていた。高い背丈と合わさり、思わず怖じ気づいてしまうほどの威圧感が漂っている。


 そんな彼の職業はこの国の門番。国といっても形骸的なもので、統治者がいるわけでもなく、各地から集まってきた人々で形成されている都市国家のようなものである。

 しかし、形骸的な国でも権力を持つ組織というのはある。魔法技術者たちが集まっできた組織――通称「ソーサリー」が一応の権力を持っていた。


 ――ま、ただの変態野郎の集まりだけどな。

 と、ゴートは毒づく。

 研究に熱心なあまり時たまどえらい事故を起こすこともしばしば。ソーサリーの施設が爆発するのは、この国にとっては日常茶飯事である。


 それでもソーサリーが権力を持っているのは、ソーサリーの創設者がこの国の外壁を作ったからだ。魔法によってつくられた外壁は目に見えないが魔物の侵攻を防いでいる。つまり、国を囲うように建てられた灰色の岩壁はただの飾りということだ。

 それでも「門番」という仕事があるのは外に行く冒険者たちを記録し、帰ってきたかを確認するため。ソーサリーが冒険者を管轄しているため、生存の有無は把握しておく必要があるからだ。


 ――その確認ができずにいる冒険者が一組……。

 ゴートは目を細め、舌なめずりする。こうすると獲物を狙っているようにしか見えないが、そういう訳ではない。

 ――なにもないといいが……いやに舌が疼く……。

 心配の表情だった。

 ゴートは夕暮れの空を見上げる。腕を組み、尾の先端で地面を軽くたたきながら彼は一組の冒険者の帰りを待ちわびていた。



*****


 ゼェゼェと青年は肩で息をしていた。肉体的な疲弊に加え精神的な疲弊が肉体にも影響を及ぼしているのだろう。


 ――あと少し……なんとか日没には間に合うか。

 青年は重たい足を何とか動かして前に進む。が、不意に足がもつれその場に倒れこんでしまった。


 ――地面が心地いい……。

 地べたに伏した青年は思う。四肢が重力に逆らう事を忘れたようであった。

 こうなってしまっては起きあがるのは難しいだろう。日が沈み夜になれば魔物の餌になるだけだと頭ではわかっていても、青年の躰は動くことを拒んでいた。


 青年はどうにか顔だけ起こし前を見る。霞んだ視界の遠くで何かがこちらに向かってきているのが確認できた。


 ――ここにきて魔物が出るとか勘弁してくれ……。

 腕に力を入れようとしても入らない。

 ――僕もここまでか……。


 と、どこかで自分が呼ばれたような気がした。ついに幻聴まで始まったかと、青年は乾いた笑いを漏らす。


「フィーーン」


 だんだんはっきりと聞こえるようになってきた。


「フィム・フィリカーー」


 今度はフルネームだ。

 その声に反応して青年は顔を上げる。魔物はもうそこまで来ていた。

 トカゲの魔物がこちらに向かって走ってきている。

 ――見慣れた軍服を着たトカゲが。


 どうやら自分は助かったようだ、ゴートなら人ひとりくらい背負って帰れるだろう、と青年は安堵した。

 ――そういえば爬虫類人族って走るときも二足歩行なんだ……。

 額を地面に着けた青年は場違いな新発見を噛みしめる。


「おい! フィン! 大丈夫……な訳ないが。しっかりしろ! おいフィン!」


 必死に呼びかけてくる声が遠ざかっていくように感じられた。

 ――少し休ませて、ゴート……。

 青年の意識はそこで途切れた。

このたびは読んでいただきありがとうございます。


いろいろとおかしな点等あると思いますが指摘していただけると嬉しいです。


それではこの辺で失礼します。

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