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踊りつかれたその後で

 聖堂。この部屋を表すのに一番ふさわしいのはこの言葉だろう。

 清潔感のある白の床と壁、高い天井と、そこ埋め込まれた鮮やかなステンドグラス。そして整然と並べられた寝台。


「こんな立派な部屋で寝かされると、かえって落ち着かないわ……」

「同じく……」

「それにテーレムはなぜか別室だし」


 病衣を纏って寝台に寝かされている二人はそう言葉を交わした。ほとんど、いや、二人以外にこの部屋で寝ている者はいない。二つを除いたすべての寝台は空だった。

 真紅の髪をツインテールにした少女――エイファと暗茶色の髪色の青年――フィンは、ここ、ソーサリーの管理する施設で入院、治療を受けていた。エイファは顔に綿紗を張り付け、腕に包帯を巻いている。フィンに至っては腕に針を通され、腹部で包帯をぐるぐる巻きにされ、エイファの倍ほどの綿紗を張り付けている。何とも痛々しい様子であった。


「まぁ私の場合、フィンが隣で寝ているっていうのもあるんだけど……」


 エイファは顔を枕に押し付けてもごもごと喋る。

 そう、寝台こそ別な物のフィンとエイファは隣同士であった。これだけ広いのだから少しくらい間隔を空けても良さそうなものだが。


「なんか言った?」

「な、なんでもない! それにしても、私たち良く生きてたわね」

「ソーサリーの人たちも驚いてたもんね」


 そう、触手型魔物との戦闘から戻った三人は揃いも揃って重傷だった。

 テーレムは腕の脱臼と腹部の杙創に骨を何本か。エイファは広範囲に及ぶ火傷。フィンは腹部の大きな杙創に大量の出血、さらには極度な魔力の低下といった具合である。


「まぁ実際、あと少し遅かったら僕は駄目だったと思うけどね」

「まったく……」


 その触手型魔物ペンタクルとの激闘から早くも一週間が経った。この一週間、三人は絶対安静を命じられ、半ば軟禁のような状態で過ごしている。エイファとは目覚めるのが早かったが、一番重傷だったフィンは昨日の午後に意識を取り戻したばかりだった。


「……」

「……」


 二人の間に沈黙が流れる。フィンもエイファも互いの距離感を図りかねているのだろう。


「……そういえばエイファ」

「な、なに!?」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫だから! それでどうしたの?」


 やはり会話にも固さが残る。まぁあんなことがあった上、一週間も間が空いてしまえば気まずくなるのも致し方ないのかもしれないが。


「エイファには僕が先発隊として行くことは言ってなかったのにどうしてわかったの?」

「えっと、その……たまたまよ? 本当にたまたま偶然フィンの部屋に行ったら誰も居なくて、それでゴートなら知ってるかなと思って門まで行ったけどゴートも居なくて。そしたら別の門番がゴートは先発隊で出てったよって教えてくれたの。

 それで大急ぎでシルビィに問い詰めたらフィンも先発隊として戦いに行ったって……」


 エイファはそこで言葉を区切る。


「なんで言ってくれなかったの? 一言くらい声かけてくれてもよかったじゃない」


 大きくはないが確かな怒気を孕んだ声でエイファは言った。


「これは僕の問題でエイファには関係のないことだ。エイファ、君だけは巻き込んじゃいけないと思ってたから。

 それに言ったら絶対に反対されるしね」

「当たり前よ! そんなの止めるに決まってる。百歩譲って私も行くって言うわ」


 またしても沈黙。耳が痛くなるほど静謐な時間が流れる。


「……私じゃだめなの? 頼りにならない?」


 静寂を破ったのはエイファの弱々しい声だった。


「そういう訳じゃ……」

「だったら何よ! ちゃんと話してよ!」


 エイファは激昂する。涙混じりの声が部屋に響いた。

 ――話そう。

 自分の気持ちを話してくれたエイファに応えるためにも、フィンは全てを話すことを決断する。例えそれがエイファを傷つけることになってしまっても。


「……エイファ、僕には好きな人がいる。そして僕はその人を……殺した」

「えっ……」


 フィンに想い人がいる、フィンが人を殺したという二重の衝撃がエイファを襲う。

 その眼は驚愕に見開かれていた。フィンは誠意を以て事の顛末を語る。

 愛する人が「転化」し、自分が殺めたこと。

 転化の事実を伏せるためにシルビィと取引したこと。

 取り引きの条件としてエイファと共に冒険する事になり、結果的にエイファを利用する形になったこと。

 そして先発隊に志願した理由。


 エイファと出会う前から今日にいたるまでをフィンは目を閉じ訥々と語った。


*****


 ソーサリーの上層階にある仄暗い一室。出入り口は一つしかなく、壁は頑強そうにできている。その部屋には言葉を交わす幾つかの人影があった。


「それでは先発隊で収集した新型兵器のデータ報告を頼む」


 白髭を蓄えた老爺が口を開いた。


「はい、今回の戦闘において対魔特化剣スレイヤー・試用型プロトタイプはその性能を十分に発揮しました。魔導石の回路は問題なく機能し、魔力の吸収速度も良好。対魔特化剣の使用による魔力の枯渇は考えなくていいでしょう。

 また魔法の威力は申し分なく、発動にかかる時間ラグもほとんどありません。」


 老爺より肌にハリがある男が答える。


「そうか、わかった。そちらはどうなっている」

「はい、魔力兵器においては二機のうち一機は間もなく臨界点を迎えるため切り捨てる予定でしたが予定外の帰投によりこちらで処分します。もう一機については予想以上のスピードで成長しています。回収する時期はそう遠くないかと」


 そう答えたのは金髪を背中まで垂らした翠眼の女性。手元の資料を見ながら報告する。


「わかった。時期を見誤るなよ」

「もちろんです」

「それでは冒険者たちの待機命令は解除し、触手型ペンタクル魔物の危機は去ったと発表するように。

 三人で討伐したとなれば大騒ぎになるからな」

「了解しました」


 ここはソーサリーの上層階。一般人や並みのソーサリー職員には決して立ち入ることができない場所。つまりソーサリーの上層部が集まる場所であり、この国を動かしうる力を持つ場所。そんな場所で人知れず、魔物殲滅の準備は着々と進んでいく。


*****


「――これが事のあらまし。そしてこれが真実だよ」


 全てを話して疲れたのか、フィンは大きく息を吐いた。呼吸で圧迫され腹部んだのか、少しだけ苦しそうな表情をする。

 フィンは眼だけを動かしてエイファを見るが、どんな顔をしているのかは髪に隠れてわからなかった。


「少なからず僕は君のことを利用してたんだ。エイファを助けたのも打算的な考えがあってのこと。

 個人的な感情で助けたわけじゃない。だから、エイファが僕に向けてくれた好意は紛い物だ。僕は君のことを交渉の材料としか見ていない」


 フィンの胸に傷以外の痛みが走った。


「フィンは……本当に……そう思ってるの?」

「うん」

「そっか……ごめん、ちょっと出てくる」


 エイファはそう言って起き上がり部屋を出ていく。部屋から続く廊下を歩きながらエイファは乾いた笑いを漏らした。

 自分のあずかり知らないところで取り決めが行われていたこと、そのことを告げられることはどれほどの衝撃だろうか。エイファは知らず、涙をこぼす。

 廊下を早足で歩き、どこをどう曲がったのかもわからないほどに歩いてエイファは窓の前で足を止める。

 窓からはこの国の街並みが見渡せた。


「だめだ……ちょっと消化できそうにないや……」


 エイファは窓枠に寄りかかり、腕に顔をうずめて嗚咽を漏らす。

 背中は震え鼻をすする音が誰もいない廊下に響く。

 エイファの脳裏には、これまでのフィンとの冒険が蘇った。

 フィンとの最悪な出会いに、泣かされた模擬戦闘。迷路のような森で覚えた緊張と高揚。フィンの実力を目の当たりにし、窮地を救ってもらったこと。そして今回の触手型魔物の討伐。


 フィンの根底にはリルカの存在があり、行動原理も全てリルカのためであった。そこにエイファの存在はないのだ。

 ――なんだ……最初から無理だったんだ……。

 フィンとリルカの間には長い時間をかけて築かれたものがある。エイファには到底敵うはずもない。


「ずるいですよ……生きている人間が思い出の中に生きる人間に勝てるわけないじゃないですか……」


 エイファは非難がましくぼそりと呟いた。


「なんだエイファ、泣いているのか?」


 突然、エイファの後ろから声がかけられた。エイファはびくりと肩を揺らし急いで涙をふき取ると、そこには怪訝そうな顔をしたテーレムがいた。


「な、泣いてなんかいません!」

「目を腫らしながら言われてもな……」

「それよりテーレムさんが何でここにいるんですか」

「いや、たまたま通りかかっただけだ。で、なんで泣いてるんだ?」

「それはその……」

「話くらいは聞いてやる」

今回も読んでいただきありがとうございます。


感想、指摘などお待ちしています。それでは次回もよろしくお願いします。

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