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わがまま少女は異形と踊る(2)

 エイファは魔力を滾らせ体に巡らせる。柄を握る手から魔力が吸われていくがエイファには特に問題ないようだった。

 フィンを連れて全力で逃げるという考えもエイファの中にはあった。ただその場合、触手が成した壁を破った上で瀕死のフィンを抱えなければならない。

 であれば目の前の魔導石にこの対魔特化剣を突き立てた方がいいとエイファは判断したのだ。


 エイファが魔導石に向かって走り出した。その動きを皮切りに触手もエイファの腕を、足を、首を絡め捕ろうと伸びてくる。

 エイファの手から光弾が射出された。それは触手を的確に撃ち落していく。

 風穴が開いた触手は痙攣するようにして動きを止めるがそれも束の間、一呼吸の間に再生してしまう。

しかし今のエイファにとって一呼吸は十分な時間だった。

 わずかに開いた触手の間をすり抜け、エイファは魔導石を視界に捉える。ただこのまま突っ込めばフィンの二の舞になる事は目に見えていた。

 エイファは腰から愛用の長剣を抜き放ち魔導石めがけて投擲する。長剣が魔導石に触れる直前、緑肌から鋭い触手が伸び長剣を弾き飛ばした。やはり罠の類なのだろうとエイファは確信する。

 次第に触手の密度は高くなっていきエイファはいったん後退する。


「これじゃきりがない……」


 フィンの命は一刻を争うというのに突破口が開けない。エイファの額を汗が伝った。

 そんな彼女の焦燥を嘲笑うように動きに緩急をつけて触手が伸びる。


「くっ……」


 エイファは脚を踏ん張り、腰の捻りを使って剣を横に振った。剣に埋め込まれた魔導石の魔法が発動し剣の軌道上に炎が生まれる。

 扇のように広がった炎は触手を焼き切っていく。エイファは剣を突き立てて肩で息をする。焼け落ちた触手から新しい触手が生えてくるのを見てエイファは再び身構える。

 と、エイファは僅かな違和感を覚えた。今までと決定的に違う何か。


「余裕がある」


 それは本当に小さな差。エイファは今、足を止めて息を整えた。今までならばそんな余裕はなかったはずである。

 ――火?

 エイファの頭の中に一つの仮説が浮かぶ。それを確かめるべく彼女は対魔特化剣から炎を放った。


「やっぱり……。再生速度が遅くなってる」


 触手は炎による損傷の際だけ再生速度が微かに遅くなっていることにエイファは気づく。

 ――これならいけるかもしれない!

 しかしその確証を得ている時間など残されていない。一か八かの勝負である。だが今のエイファが打てる最善の手である事は間違いないであろう。

 エイファは手を前に突き出し魔力を限界まで高めていく。

 ――触手は燃やされると再生速度が落ちる。なら再生した傍から触手を燃やせばいい。燃やす範囲は魔導石とその周辺。それなら罠も出てこないはず。

 すべては推測で、確たる事実など一つもない。しかしエイファはこれが最善手だと信じ、魔法のイメージを具現化するために言葉にする。


「想起するは燎原の火。灰さえ喰らう不滅の炎。消えることなく焼き尽くせ。魔力を糧に業火となれ!」

 

 言葉が終わると魔導石の周囲を取り囲むように炎の円が出現した。その領域内にいた触手は炎に呑まれ焼き尽くされていく。しかし炎が消えることはない。そこで燃え続ける炎によって触手は焼失と再生を際限なく繰り返していた。


「これで終わりよ!」


 エイファは対魔特化剣を握りしめ炎の中に飛び込んだ。

 肌が、喉が焼ける感覚。眼球が急速に乾き、焦げた臭いが鼻につく。それらを振り払ってエイファは魔導石の下まで駆ける。

 そしてエイファは特大の魔導石に向けて対魔特化剣を力強く振り下ろした。

 キン、と硬質な感触がエイファの手に伝わる。深々と突き刺さった対魔特化剣の魔導石は強い輝きを放ち、それに吸い取られるように触手型のものは輝きを失っていく。

 エイファは剣から手を離し炎の中から出る。気道が爛れているのか、うまく呼吸ができなかった。

 

「エイ……ファ……」


 フィンは伏して浅い息を繰り返す。エイファから貰った回復薬のおかげで傷は塞がりつつあるが、肉が再生するときの疼くような激しい痛みがフィンを苛んでいた。

朦朧とする意識と霞んだ視界の中、エイファが一人奮戦する姿をフィンは目に焼き付ける。

 ――もしここで僕が死ねばどうなるだろう。エイファの奮闘のすべてが無駄になる。エイファはどんな顔をするだろうか。怒った顔だろうか。また泣くのだろうか。エイファの頑張りを無駄にしないためにも。助けに来てくれた礼をするためにも。我儘を一回くらいは聞いてあげてもいいかな……。

 理由、大義名分というのはそれだけで力になる。気力が持てるのだ。

 

「フィン!」


 エイファはフィンの下へ駆け寄ると心底安堵したような表情を浮かべる。

 フィンはそんなエイファの顔を見て形だけでも笑って見せる。


「うぐっ……」


 ごごごと地鳴りのような音が辺りに響く。その衝撃でフィンは身を固くした。

 何事かとエイファが辺りを見回すと、対魔特化剣を突き刺した箇所から早くも灰に変わり始めていた。

 ぐらりと、巨体が巨体が揺れ動く。灰になっていく速さが尋常ではない。それだけ対魔特化剣が魔力を吸っているという事だろう。


「早くここから離れるよ! ほら、掴まって!」

「あぁありがとう……」


 エイファの肩を借りてフィンもどうにか立ち上がる。

 そして二人は触手型魔物の頭部から一斉に飛び降りた。登ってきた道を滑るように降りて行ってもいいが途中で崩れた灰に巻き込まれると危ないと判断したのだろう。


「……ってちょっと待って! 着地をどうするか決めてなかった! フィ、フィン、ちょっとストップ!」

「もう遅いと思うよ……」


 時すでに遅し。フィンとエイファはすでに空中に身を放り出している。  


「うきゃぁぁああ!」

「耳元で叫ばないで……傷に響く……」


 強烈な浮遊感が二人を襲う。


「エイファ……僕に捕まって。たぶん何とかなるから」

「うぅ……魔物を倒したのに帰り道でお陀仏とか私はごめんだからね!」

「うん、大丈夫」


 二人は空中で身を寄せう。ふと視線を上げた二人の先には壮大な光景が、言葉で表すと陳腐に思えるほどの景色が広がっていた。

 群青と茜の繊細なグラデーションに彩られた空。寒々しく荒れた大地。そして地平線に沈みかけた温かな陽光。

 衰弱の一途をたどる世界はかくも美しい。


「綺麗ね……」

「そうだね……」

「ずっとこのままでいたいくらい」


 もちろんエイファの願いが叶うはずもない。二人の空中旅行に終わりが見えてきた。

 手を伸ばせば届きそうなほどだった空も今では遠く及ばない。

 だんだんと地面が迫ってくる。


「フィン! た、頼むわよ!」


 エイファはフィンの腹に手を回し、しがみついて目を瞑ている。フィンはこの際、傷が開きかけたのは黙っておくことにした。

 そしてフィンは慣れ親しんだ言葉をつぶやく。


「風よアネモス」


 フィンとエイファの体を包むように風が吹いき二人の落下速度を軽減させる。

 エイファを抱きかかえてフィンはゆっくりと着地した。


「エイファ、もう大丈夫だよ」


 未だにしがみついているエイファに声をかける。


「え? あ、本当だ。ってなんで魔法なんか使ってるのよ!? ただでさえ魔力が尽きかけてるってのに何考えてんの!」


 エイファはものすごい剣幕でフィンを怒鳴った。


「なんだ生きていたのか」

「あはは……そうみたい」


 片腕をだらりと下げた浅紫の髪をした女性、テーレムが歩いてきた。触手の攻撃でところどころ破けた服にフィンは目のやり場に困る。


「そうか……では」

「そ、それだけは待って! フィンは本当に死にかけだから!」


 殺気を放つテーレムにエイファは急いでストップを出す。その反応に彼女は怪訝そうな顔をする。殺気を収めたテーレムはフィンとエイファを交互に見たあと大きく頷いた。


「ふん、エイファを盾にするとはいい度胸をしてるじゃないか」


 テーレムが額に青筋を立てる。


「いや、違う、そうじゃなくて……」


 フィンが弁明しようとしたが大きくよろめいた。


「ほら、瀕死なのは変わらないんだから大人しくしてる!」

「はい……」

「テーレムも!」

「わ、わかった……」


 エイファの注意に二人はたじろぐ。


「テーレムはソーサリーに通信魔法で連絡して。そしたら救援が来るまでここで休んでいましょ」


 乾いた赤茶色の大地に灰が降る。頭上を仰げば触手型魔物が完全に灰化していた。

 触手型の体が崩れ、風に流されてそれは細かく散っていく。やがて触手型は跡形もなく風に運ばれて跡には鈍色の大剣が残るのみだった。

今回もありがとうございます。それからPV1000突破ありがとうございます。


これからもファンタジーという激戦区の中でなんとかやっていけたらなと思います。


それでは次回もよろしくお願いします。

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