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死を賭して(2)

 ――なんだあの出鱈目な魔力は……。

 フィンは少量の魔力を起こしテーレムを見て驚愕した。テーレムの体内で魔力が暴れ荒れ狂っている。対魔特化剣スレイヤーに絶えず吸われていても勢いが衰える様子はない。

 魔力は生命力と深く関わっている。あの魔力の熾し方はそれを無視したものだという事はフィンにもわかった。


 テーレムの滅茶苦茶な魔力に反応したのか、数本の触手が獲物を絡め、嬲り、握り潰せんと伸びる。

 テーレムは得物を両手で握りしめ豪快に薙ぐ。純然たる力で以て彼女は触手を叩き切る。

 対魔特化剣スレイヤーの切れ味は良くないため荒く引き千切ったような傷口からは赤い体液が噴き出した。特に毒という訳でもないが、嫌でも血液を連想させるそれは、見ていて気持ちのいいものではない。


 それを半身に浴びながらテーレムは立て続けに剣を揮るう。

 三本の触手を切り伏せたところで地面から次々と触手が湧き出てきた。フィンも加勢しようとしたがテーレムの言葉に止められる。


「今から一発放つから下がっていろ」


 彼女の魔力を一杯に吸い、『飢え』が満たされた魔導石は光の強さを増していく。


「ふっ」


 敵に狙いを定め、呼吸と共に剣を振り下ろした。

 そこから一直線、生み出された炎は線上の触手を喰らいながら獣のように駆け抜ける。地面の焦げた臭いが辺りに立ち込め鼻を突いた。


「ではあそこに辿り着くのはどちらが先か、勝負しようではないか」

 

 テーレムが剣で指し示した場所、そこは花が咲いたような頭に当たる部分で触手型ペンタクルはそこに魔導石が埋まっている。


「おおかた周囲の魔物でも食べたんだろう。触手の再生速度、大きさ、強度、どれを取っても通常のものとは段違いだ。新型兵器を使ったところで一人二人でどうこうなる相手じゃない。

 はっきり言って私たちに勝ち目はない」


 テーレムは至って客観的に状況を分析する。いっそ清々しいまでに勝ちの目がない戦いであった。


「だが生憎と賭ける命は二つある。生きることを捨てた命がな」

「文字通りの消耗戦ってことだね」

「私が勝ったらお前を殺す。お前が勝ったらお前を殺す。少しはお前もやる気が出るだろう」

「テーレムって案外冗談が好き?」

「冗談ではないぞ」

「はいはい」


 フィンは対魔特化剣スレイヤーを地面に突き立てる。かわりに腰から短剣を取り出した。

 血で汚れた愛用の得物はフィンの手に馴染む。

 焚いた魔力を体に流し、剣まで行き渡らせる。触手を切るには十分な威力になるだろう。


「行こうか」

「あぁ」


 二人は駆ける。減ることの無い触手、勝ち目のない巨大な相手に戦いを挑むために。


*****


 フィンの胴よりも太い触手が地面へと叩きつけられる。地面は爆発したように陥没し、もうもうと砂煙をあげる。

 これでは受け止めることもできないとフィンは顔をしかめる。

 四方八方、足元の地面、死角からの攻撃はどうしても判断が遅れる。フィンの体には細かい傷が増えていく一方だった。

 ――これじゃ攻撃のしようがない。いや、切っても減らないなら攻撃する必要はないのか。危険な時か進行方向にある時だけ斬り倒せばいい。


 フィンは触手をひたすら避けながら考える。

 そのフィンの考えを掻き消す様な爆音が戦場を震わせた。

 フィンは目だけをその方向に向ける。そこでは三回の呼吸に一回のペースで爆炎が上がっていた。魔力量に物を言わせて近づく触手をことごとく焼き払いながらテーレムは進む。

 ――こりゃ殺されちゃうかもなぁ……。

 他人事のように考えながらフィンは触手を避ける。と、フィンを狙っていた触手の動きが一斉に止まった。


 フィンは短剣を前に構え最大限の警戒をする。突如として動きを止めた触手、その内の一本が先端をテーレムに向けた。フィンはハッとして声を飛ばす。


「テーレム!」


 フィンが言い終える前に尖った触手が打ち出された。まるで棘のように鋭く尖ったそれはこぞってテーレムに向かう。

 フィンが手を伸ばす。

 テーレムの耳に声が届く。だが遅かった。


 彼女の脇腹に触手が深々と突き刺さる。それを真似するかのように他の触手も肩を、腿を、腹を貫いていく。そのたびに彼女の体は力無く揺さぶられた。

 テーレムの目は驚愕に見開かれただ茫然としている。ごぽり、と彼女の口から鮮血が噴き出す。

 フィンは彼女の名前をあらん限りの声で叫んだ。

 彼女の体は持ち上げられ、糸が切れたように頭が下がっている。触手に貫かれた傷口からおびただしいほどの血が彼女の肢体と剣を赤く染めていく。磔に掛けられた聖女のように、白い肌を鮮血が滴り流れ落ちる様はいっそ扇情的なまでに凄惨な光景だった。

 フィンは動くことができなかった。足はおろか眼球さえも、あまりの衝撃に動かせない。

 ――そんな……。


「……フィン、私はこのくらいでは死なない。

 ……生憎と丈夫にできているんでね」


 血反吐を吐き出しながらテーレムは言葉を紡ぐ。だというのに彼女の口角は上がっていた。

 ゆらりと右腕が持ち上がり、テーレムは腹に突き刺さっている一本の触手を掴んで、握り潰した。グシュリと嫌な音が鳴り、緑と赤が辺りに飛び散る。


 潰された触手は痛みに耐えるように蠢きのた打ち回る。


「だが身動きが取れるようになるまでには時間がかかりそうだ」


 その言葉には覇気がある。少なくとも吹けば消えてしまう命という風ではないらしい。

 彼女は鈍色の大剣を切っ先を本体に向けて持ち上げる。

 その先端に小さな炎球が生まれた。彼女から吸い取った魔力を糧にして炎球は時間と共に大きくなっていく。余程の高温なのか、テーレムの体に突き刺さる触手はそれだけで燃え始めていた。


「道くらいは作ってやる」

「まぁしょうがないか……」


 フィンは短剣をしまい、地面に突き立てたままだった対魔特化剣スレイヤーを抜き取った。瞬間、体から力が抜けるがフィンはそれを気合で補う。


「風よ(アネモス)」


 なけなしの魔力を使い、脚に魔法を付与した。

 炎球は膨らみ切り、光度が一際増して、特大の焔が放たれた。


*****


 鈍色の剣を両手で持ち、焼き開かれた触手の間をフィンは駆け抜ける。両脇では短くなった触手が早くも再生を始めていた。

 フィンは触手に捕まることなく本体のほど近くまで辿り着く。そしてフィンは緑の巨体を登るために跳躍した。


 さすが敵の根城なだけある。本体から生える幾本もの触手がフィンに伸びてきた。

 ――一回でも捕まればアウトだ。

 フィンは触手を避けることだけに集中する。

 フィンは止まることなく幹の様に太い触手型ペンタクルの体を脚力だけで登る。目の前に新しく三本の触手が生えたかと思うと、左右正面から一斉にフィンを強襲した。

 フィンはそれを避けきるのは無理だと判断し、剣を横に薙いで触手を切り伏せる。だがそれは手落ちだった。


 端からそれを狙っていたとでもいうように、剣を振り抜いてがら空きになった脇腹に触手が飛んでくる。フィンは何とか身を捩り体に風穴が空くのだけは回避したが、それでも肉をごっそりと持って行かれた。


「がぁっ……」


 激痛にフィンの視界が明滅する。

 遠のきかけた意識を手繰り寄せるため、フィンは奥歯で下を噛んだ。一歩、力強く踏み込んでフィンは前を向く。

 ――こんな所じゃ死ねない。ここまで来たからには相手に少しでも手傷を負わせなきゃ僕の気が済まない。


 フィンの口角が上がる。どこかの少女に似た好戦的な笑みだった。

 傷口から血が勢いよく流れ、次第に意識は薄れていく。フィンに魔力はもうほとんど残っておらず、いつ倒れてもおかしくない状況だった。

 それでも。

 魔力を限界まで絞り出せとフィンは自分に命じる。かちり、とフィンの中で何かが外れた。途端に枯渇寸前だったフィンの魔力量が跳ね上がる。

 通常、その人が使える魔力には制限が掛かっている。魔力は生命力と同義であるため生命の維持が出来る程度の魔力を本能的に残そうとする。


「風よ(アネモス)!」


 しかしフィンのそれは外れてしまった。生への執着を捨て去り、命を燃やしてフィンは全身に風を纏い、そして駆ける。

 フィンは触手を寄せ付けぬほどの速さで上へ上へと登っていく。纏った風に自分の体が耐えられないのか、フィンの頬や腕には裂傷が走る。しかしフィンはそれを気にも留めない。

 彼の意識は触手型魔物ペンタクルにのみ注がれていた。勝ち目などない戦いに命を、死を賭して彼は駆け登っていく。

 うねる触手を足場にして跳躍を繰り返し、ついにフィンは眼下に触手型魔物ペンタクルの頭部を収めた。

 花が開いたような緑の頭部。その中央で紫紺に輝くのは巨大な魔導石。頭部に触手は生えないのか、フィンを襲う気配はない。

 跳躍と入れ替わるように重力による落下が始まった。


 フィンは剣を掲げ頭上に掲げ両手に力を込める。

 魔導石に対魔特化剣スレイヤーを突き刺し触手型を打ち倒すために。


「うぉぉおおっ!」


 フィンは雄叫びを上げる。今やフィンの体は無数の裂傷で血みどろだった。限界まで魔力を引き出している代償なのか、目尻からも血が流れ出す。

 極限まで集中しているフィンには視界が赤く染まっていくことなど些細な事だろう。

 満身創痍、フィンは眦を決して剣を突き立てる。


 衝撃。そしてフィンの体から力が抜けた。魔法は解け風が霧散する。

 フィンの手から剣が滑り落ちた。


「……え?」


 剣はフィンの手を離れ触手型の緑肌に突き刺さる。

 フィンは茫然として自分の腹部に目をやった。

 緑の触手、両手でも掴みきれないほど太い触手がフィンの腹を貫いていた。目を動かせばその触手は魔導石の周囲から伸びている。


「ははは……」


 フィンの口から乾いた笑いが漏れる。どこかの誰かの様に触手を握り潰そうとしたがそんな芸当がフィンにできるはずもない。

 体が冷えていくような感覚。死がそこまで迫っているのをフィンは肌で感じていた。

 気道が詰まり咳き込むと生暖かい血が大量にこぼれる。ぼたぼたと下に落ちる鮮血は緑の上に赤い斑点を作っていった。

 ――あぁ……頭のねじでも飛んだのかな。不思議と痛くない……。

 世界から遠ざけられていくような感覚に身を委ね、フィンは瞼を下す。

 ――リルカ……今行くから……。

 そうしてフィンは意識を手放した。

あんまりバトルしていないことに書き終えてから気づきました。


次回、主人公死す! こうご期待! ……嘘です。


それでは次回もよろしくお願いします。

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