魔物狩り
外から戻ってきた二人はゴートに報告をし宿舎に帰ってきた。最後までエイファはフィンに一発も当てられずに終わった。ゴートは汗をかき土で汚れたエイファと、至ってきれいなフィンの姿に豪快に笑っていた。
パチン、と部屋の明かりがつく。宿舎の自室に帰ってきたエイファはそのまま寝台に倒れこもうとも思ったが、自分が汚れていることを思い返し、その衝動を何とか堪えた。
「ふぅーー」
代わりに長い溜息をつく。
――疲れた……。
初めての本格的な冒険ということもあって緊張していたのか、足を取られやすい森のせいか、フィンとの練習によるものか、いずれにせよ相当の疲労がエイファには蓄積されていた。
エイファは上半身から順に防具を外していく。袖なしで背中の開いた白のインナーと短いパンツ姿になったエイファは、床に腰を下ろし今日一日ですっかり汚れてしまった防具を手入れする。
――やっぱり私じゃフィンに勝てない。今日だって全然ダメだったし何よりフィンは本気じゃなかった。
フィンを本気にする事さえできない自分が、エイファは腹立たしく悔しい。
――それにフィンは私のことを子ども扱いする。何にしてもどこか手加減しているような、一歩引いているような……。
防具の手入れを終え収納にしまうとエイファは寝巻を掴み、体を洗うために併設されているシャワールームへ向かおうとした。
と、部屋を出る直前、エイファの姿が鏡に映る。それを見てエイファは何の気なしに足を止めた。
――私ってそんなに子供っぽいかしら?
顔をぺたぺたと触りながら、エイファは鏡の中の自分を見つめる。
真紅のツインテールに吊り気味の小豆色の瞳。傍から見ればどれだけ低く見ても整った顔立ちなのだが、エイファはそんなことを気にする。訳もなく頬をぐにぐにとつねってみても鏡には変な顔をした自分が映るのみ。
――もしくは体?
エイファは一歩下がって全身を鏡に映して確認する。
華奢な体からすらと伸びる手足は細く柔らかな曲線を描く。体を捻ってみれば、薄い背中と肩甲骨が鏡に映り、肌は穢れを知らぬ雪のように白い。
その体に無駄なものは一切なく、しかし魅力的なものは余るほどある。
あるのだが、エイファはそれらに気づくことなく、自分の体の一点で視線を止めた。
そこは控えめながらも流麗なふくらみを持った場所。程よく発育した胸には、あどけなさと艶めかしさが混在する。
――やっぱり男の人は大きい方がいいのかしら……。確かに大きくないけれど、これは年相応よ。
エイファはそう思うことにした。なぜだかそう思っておいた方がいい気がしたのだ。しかし落胆は隠せないのか、エイファは自分の胸をフニフニと触る。そこで彼女はようやく、なぜ自分の容姿を気にしているのかという事に考えが至り、一人で勝手に赤面する。
さっきまでの思考を忘れるためにエイファは頭を振り部屋を出た。苛立ちと羞恥と、釈然としない気持ちを抱えてエイファは大股で歩いて行った。
*****
「今後、私のことは子ども扱いしないで!」
昼前、宿舎の一階でエイファは開口一番、フィンにそう言った。
当のフィンは突然のことに状況が呑み込めていない様子である。
「えっと……子ども扱い?」
「そう! 私の方が年下だからって手加減したりしないでってこと!」
「そんなつもりはなかったんだけどなぁ……。でもまぁ無自覚にしろエイファがそう思うのなら気をつけるよ」
「わかればいいのよ。で、今日はどうするの?」
フィンの返事で気が収まったのか、エイファが今日の予定を尋ねる。
「今日からは本格的に魔物と戦って実戦経験を増やしていこうと思うんだけど、どう?」
「いいじゃない! そうと決まれば早く行きましょう」
「まぁそう焦らないで」
勢い勇んで出ていこうとするエイファをフィンが引き止める。
「エイファ、スペアの武器はなにか持ってる?」
「持ってないわ」
「それなら何か買っておいたほうが良い。ナイフの一つでも、あるのとないのとじゃ違ってくるから」
「じゃあ適当に買ってくるわね」
「うん、お互い準備が整ったら門に集合で」
「了解」
そう話して二人は一旦別行動を取ることになった。
「さて、ちょっと試してみるか」
フィンが独り言ちた。
昨日、フィンはまたしても魔法が使えなかった。
一番最後に魔法を使ったのはリルカを殺した翌日、ソーサリーに呼び出されたときだ。それからフィンは二度、魔法の発動に失敗している。
「風よ」
その言葉と共にフィンは自分の手が風を纏う姿を想像する。すると、今までの失敗が嘘のようにすんなりと魔法が発動する。
しかしフィンは大して驚きもせずに短剣を取り出して再び唱えると、風の範囲が短剣まで及んだ。
「やっぱり使える……」
だというのにフィンの感情の変化は乏しいものだった。というのもフィンは昨夜、一つの仮説を導き出していた。
それは。
「戦闘を目的とする魔法は発動しない」
短剣を元に戻しフィンは思案顔で言った。それは誰に向けたものでもなく、自分で再確認する意味で言葉にしたのだろう。
――なぜかはわからないけれど今ので確信した。僕は戦闘での魔法の使用ができなくなっている。もし仮にそうだとしたら、僕は冒険者としての大きなアドバンテージを失ったことになる。
「まぁ別にいいんだけれど……っと、そろそろ門に向うか」
予備の短剣に薬品類、魔法を保存した魔導石、フィンは自分の装備を一通り改め宿舎を出た。
謎は解けたが問題は何一つ解決していない。魔物との戦いで魔法が使えないという大きな不利を背負った状態でこれから魔物の討伐に挑むというのに少しくらい焦ってもいいはずだが、フィンにその様子は全くなかった。
楽観的に考えているのか、それともなにか打開策があるのか、フィンの表情からはなにも読み取れない。
*****
「エイファ、大勢の魔物との戦闘はできるだけ避けてほしい。どうしてもって時は一匹ずつ確実に仕留めるのが定石。
もしくは囲まれる前に魔法で薙ぎ払うのも有効。まぁエイファくらいなら囲まれてても使えるかもしれないけど」
「ふふん、任せておきなさい」
「それから深追いはしないこと。いいね?」
「わかったわ」
フィンがエイファに複数の魔物との戦い方を説明しながら二人は西にまっすぐ歩いていくと、徐々に草が薄くなっていき赤褐色の地面が顔を見せ始める。やがて草木の一本も生えない荒れた大地が姿を現した。
「随分と殺風景な場所ね」
足の裏から伝わる感触も乾いたものになっていた。
「そうだね。でも視界は開けてるし障害物になるようなものもない。僕としては戦いやすい場所だと思うよ」
「でも逆に言えば私たちも逃げられないってことでしょ」
二人は会話をしながらそれぞれの得物を取り出す。二人の視線は小規模な獣型魔物の群れに注がれていた。まだこちらには気づいてない様子である。
「まぁ周りを気にせず魔法を使えるのはいいかもしれないわね」
エイファは右手を前に突き出して魔法を行使する。生み出された炎の塊はゆっくりと成長し、それをエイファは魔物に向けて雑に放った。
魔物たちが異変に気づいた時にはもう遅かった。一匹の魔物に燃え移った炎は連鎖するように群れを焼き焦がしていく。
そしてそれを皮切りに、まだ遠くにいた魔物たちがこちらに集まってくる。
「それじゃ始めようか」
「えぇ、思いっきり暴れるわよ!」
魔物は己に向かってくる一人の青年を認識する。その青年からは何の脅威も感じられず、魔物は涎を垂らして喜んだ。餌が自分から近づいてきてくれる、と。
餌を向かい入れようと口を開けた時、魔物の視界から青年が消えた。どこに行ったと横を向いた瞬間、世界がぐらりと傾いて地面に落ちた。
魔物の視界の隅に短剣を握った青年と頭の無い魔物の胴体が映る。
獣型魔物は頭を切り落としても再生能力が働くのか、切り落とした断面が不気味に蠢いている。それを意に介さずフィンは胴体を切り裂いていった。
魔物の再生能力も万能ではない。やがて再生が追い付かなくなり魔物は灰となった。
「こんなもんかな」
灰に埋もれた魔導石を拾い上げてフィンは数える。
「へぇ……魔法を使わなくても魔物って倒せるのね」
「まぁ魔物に有効なのが魔法ってだけだからね、魔法じゃなきゃ倒せないって訳じゃないよ」
「なるほどね!」
エイファは向かってきた魔物に魔法をぶつけながら相槌を打つ。
「それにしても、数が多い!」
エイファがそう言うのも無理はない。さっきから倒しても倒しても魔物が減る気配は全くなかった。それどころか徐々に増えているのではないかとさえエイファは思う。
「それが獣型の厄介なところだよね。……エイファ! 後ろ!」
「え?」
数が減らないことへの苛立ちか、僅かばかりの気の緩みか、エイファは後ろで牙を剥く魔物に気づいていなかった。
「くっ!」
フィンはエイファを突き飛ばして魔物の剛爪を短剣で受ける。
「フィン!」
突き飛ばされたエイファが尻餅をついて叫ぶ。エイファはすぐさま援護しようとするがそれは叶わなかった。
「グォオオ!」
「ウグゥゥ……」
「ゴァァアア!」
好機とばかりに魔物たちはフィンとエイファをそれぞれ取り囲む。二人は完全に分断されたのだ。
「くっ!」
まずい状況になったと、フィンは歯噛みする。エイファがいくら強いとはいえ、多対一の戦闘は経験していないだろう。数の暴力というのは実力差を容易にひっくり返す。
目の前で唸る魔物に短剣を突き刺して息の根を止める。フィンは素早く四方を確認するが、完全に魔物に囲まれてしまっていた。
「グルァアア!」
その中の一匹がフィンに向かって前足を振り下ろした。その爪に触れたら最後、肉はずたずたに引き裂かれるであろう。
フィンはそれを最小限の動きで躱し、空いた腹に蹴りを見舞った。魔物は体をくの字に曲げ、数匹を巻き込みながら吹き飛ぶ。
「エイファ、少しだけ我慢してね」
魔物たちはフィンとの距離をじりじりと詰め、フィンの逃げ場を確実に狭めていく。
「……行くよ」
いつになく真剣な声音。フィンが短剣を携えて走り出す。魔物たちもそれに反応するように吠え、自らの血肉にしようと遅い来る。
振り上げられた足が叩きつけられる前にフィンは魔物の懐に潜り、短剣を根元まで突き刺すとそのまま尾の方へ向けて走らせる。
「まずは一匹」
すれ違いざまに前足を切り落として胴体を蹴り上げる。ゴキリと嫌な感触がフィンの足に伝わった。
「二匹」
開いた口に短剣を差し込み横に振りぬく。絶叫する間に切り刻む。
「三匹……四匹……五匹、六匹七匹」
魔物の断末魔が重なり合うように響く。四方を取り囲んでいた魔物の数はみるみる少なくなっていく。
まるで独楽のようにフィンは向かってくる魔物を切り刻み、魔物たちを確実に、迅速に屠っていく。
「……二十三、二十四」
そしてフィンは、たった一人で中規模の獣型魔物の群れを殲滅した。足元には灰と魔導石、そして灰になりかけの魔物が転がっている。
「はぁっ……はぁっ……」
短剣を振り、こびりついた血肉を振り払う。
「エイファは……」
素早く視線を走らせると、魔物の群がりがフィンの目に映る。
――やっぱり魔法が使えないと厳しい。エイファに死んでもらっちゃ困るんだ!
「風よ!」
フィンがここまでしてエイファを助けようとするのに、彼個人としての感情は関係ない。
フィンはシルビィとの取引のため、リルカのためにエイファを守ろうとした。もしエイファが命の危機に晒されればシルビィが裏切らないという保証はない。
リルカのために、自分のために、フィンはエイファを守りたいと強く願い叫んだ。
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今回で十話目の更新となりましたー。
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