冒険譚の終わり
「――――」
背の高い木々が作り出す薄闇の中、青年は声にならない叫びを上げながら短剣を奔らせた。
生まれた銀閃は女の体に深々と刻み込まれる。得物を握りしめる青年の手には、柔らかな肉を切り裂いた確かな感触が伝わってきた。
容易く引き裂かれた躰はぐらりと傾き、遅れてドシャリとした水気の多い音が響く。
女はその場に倒れて動かない。
目に涙を溜めた青年は血濡れた短剣を見つめ、うつ伏せになっている女の下へと近づく。
女は血の海の中で微かに呼吸をしていた。海は徐々に広がり地面に染み込んでいく。
――こうするしか方法はなかった……。
青年は女を殺めたことを後悔はしてない。
――彼女は殺すべき存在だから。
青年は血の海に膝を着く。女の体から流れ出る血は温かい。
胃が締め付けられるような臭いが鼻腔を刺激する。しかし青年はそれらを厭うことなく女を抱き寄せた。その眼はもう二度と開くことはなく、だんだんと躯から生気が抜けていくのがわかる。彼の両の手では掬いきれない。無慈悲にこぼれ落ちていく。
青年は泣く。世界で最も愛した相手を殺すことになった運命を呪って。
青年は叫ぶ。見るも無惨な姿になってしまった女を見て。
慟哭は虚しく空気に溶け、やがて耳の奥に音が残る。青年は女をそっと地面に横たえて去り際に彼女の姿を目に焼き付けることにした。
――最愛の相手の姿を。
――見るだけで吐き気を催す異形の姿を。
10/6 追加