8・逆恨みを望まない。
執務室の中に入ると、扉とは反対側に3人がいた。窓を背にして机に座っている角刈りのマッチョなおっさんがいるな、見た所45才位か。多分ギルドマスターだろう。絡みたくない感じという予想は当たったな……
他の2人は女性だ。1人は俺の意識を刈り取った金髪の受付嬢リリア、もう1人は知らない人だ。仕事の出来る銀髪眼鏡美人独身キャリアウーマンって感じだな。
ミレイユさんに机の前に来るよう促されるけど、なんか皆不思議な表情をしてるな。机の前に来るとギルドマスターが口を開いた。
「……君は?」
おい、どーいう質問だこれ?自分が呼んだんじゃないの?するとミレイユさんがフォロー。
「マスター、ケイマさんです。先程お風呂に……」
と、苦笑いで言う。
「おおお!ケイマか!分からなかったぞ!昨日医務室で見た時には物乞いか不審者にしか見えなかったのにな!昨日と今じゃ雲泥の差だなハハハハハ!」
余計なお世話なんですけど……あと何で初対面の人にいきなり悪口言われてんの?
「まあそれはいいとして。」
いいのか。
「自己紹介しなくてはな。俺はフォルクシアのギルドマスターをしているライオスだ。で、こっちが……」
「ギルドマスターの補佐をしております、エレオノーラと申します。以後お見知り置きを。」
銀髪眼鏡美人独身キャリアウーマンはエレオノーラさんか。しっかりしてそうだ。脳筋ギルドマスターに変わって書類仕事を担当してそうだな。
「エレオノーラには俺が苦手な書類仕事を任せていてな、実質的にはサブギルドマスターみたいなもんだ。」
やっぱりか。見たままの構図だったか。
「で、ここに来て貰った理由は2つある。まずはミレイユを助けてくれたことだ。本当に感謝している、ありがとう。」
皆が揃って頭を下げてくる。本当はあの場をスルーしようとしたとは言えないな……
「ミレイユは伯爵家の娘であり、王都での『嫁にしたいランキング』上位の人気者だからな、万一があっては皆が悲しむ。王都を代表して例を言わせて貰いたい。」
成程、ミレイユさんは貴族の娘さんだったのか。それに『嫁にしたいランキング』上位とは……誰が企画してんのそれ……ああ、守衛が去り際に敬礼してきたのも、街中でチラチラ見られていたのもそういう事か、納得だな。俺が不審者に見えたからじゃなかったんだな、良かった。
「ミレイユから事情は全て聞いた。あの3人は残念ではあったがな。」
「あの人達の遺体はそのままなんですか?」
「いや、彼らの内の1人は貴族の次男坊でな、その他は彼の取り巻きだ。身内が回収にいくらしいな。ギルドでは自己責任が原則だからな、うちでは回収はしない。あいつら、金でミレイユを雇ったまでは良かったが、ゴブリンソルジャーで済ませれば良かったものを……大方ミレイユに良いところを見せたくて調子に乗ってしまったのだろうよ。」
金でミレイユさんに近付くチャンスを買った訳か。まあやり方は人それぞれだな。
「もう1つの用件は、昨日君に怪我を負わせてしまった件だ。」
ライオスはちらっとリリアを見る。
「あの……昨日は本当に申し訳ありませんでした…あんな状態のミレイユを初めて見たので、冷静さを失ってしまいました……」
まあ嫁にしたいランキング上位ってことは、ミレイユさんが性格良いって事だろうし、今ので同性にも慕われていることが分かるな。
「怪我も治して貰いましたし、済んだ事ですから今後はお気になさらず。」
「しかしだ、君はまだギルドの冒険者登録をしていない。つまり一般人だ。エレオノーラ、ギルド職員及びギルド所属冒険者が一般人に対して暴行等を行った際の罰則は何だね?」
「はい、懲戒解雇、又は冒険者資格の剥奪及び追放です。」
エレオノーラさん、眼鏡を指で上げながら淡々と話すな……リリアさんの場合は懲戒解雇か。え?懲戒解雇!?
重いな、一流企業の社員だからな……逆恨みとかされたら厄介だぞ。折角見つけた人里から速攻で出て行かなきゃいけなくなる。ほら、リリアさんも俯いちゃったぞ。あれは「こいつのせいで……!」とか考えてるパターンだ……
「いや、怪我も治して貰いましたし、俺が気にするなって言ってるんだからいいんじゃないですか?誰も得しない事は止めましょうよ。それで話はおしまいにしましょう。」
リリアさんをクビにしても俺は何にも得しないし。リリアさんも美人受付嬢だからファンもいるだろう。つまり逆恨みしたリリアさんとリリアさんのファンにダブルで嫌がらせを受ける可能性があるって事だ。それは回避すべきだな。
そう言うと、皆が俺の顔をじっと見つめてきた。やめてくれ、おっさんに見つめられるのも嫌だが、数年に渡ってコミュニケーション放棄してきたから美人3人に見つめられるのもかなりキツいんだ……
「そうか……思ってた以上に心の広い男の様だ…………若いリリアにチャンスをと考えてくれるのか。今回は良い勉強になったな、と。」
「ケイマ殿、正直申しますと、ギルド職員として優秀なリリアが抜けるという事態はかなりの痛手だったのです。あなたのお心遣いに本当に感謝致します。」
「ケイマさん、お優しいのですね……」
「本当に……ありがとう……ございます……」
皆、俺の発言の解釈が純粋過ぎる!思ってたより濃い反応が返ってきちゃったよ!
「いえ…………若い方々にたった1度のミスで人生が悪い方向に変わってしまって欲しくはありませんので…………取り返せないミスもあるでしょうが、今回はそうでは無かった訳ですし。俺はただ、リリアさんに今回の件の反省を今後に生かして欲しいと思うだけですので。」
「うむ!ならば今回はケイマに免じてリリアはお咎め無しとする!」
「ええ、そうしてください。」
「しかしこれ程出来た男がこの王都に増える事は喜ぶべき事だ!どうだ?この王都で身を固めては?エレオノーラはどうだ?美人だがまだ独り身でなあ、この前も見合いの話が破談になってしまってな、やはり性格が少し固いのが……」
パアアンッ!!
「…………えぇ……?」
話の途中で、横にいるエレオノーラさんから凄い裏拳がライオスさんに放たれた。正直いきなりすぎて、今のは純粋にびっくりした。
「マスター……その話は……今する事でしょうか……?」
裏拳を繰り出した状態で、眼鏡をくいっと人差し指で上げながら、影を背負って見えるエレオノーラさんが冷たく話す。
「ハッハッハ!落ち着けエレオノーラ!冗談に決まってるだろう?」
エレオノーラさんの裏拳は冗談に見えなかったが……それを片手でしっかり止めてるライオスさんがいる。やはりギルドマスターは強いんだな。結構凄い攻撃だったように見えたけどな……
「ケイマは冒険者になるつもりなんだろ?ミレイユから聞いたぞ!」
「え?」
「ケイマの様な男は大歓迎だ!話はこれで終わりだからな、ケイマは冒険者登録していけ!リリア、今すぐ対応してやってくれ!」
「はい!わかりました!ケイマさんこちらです!」
指示を受けたリリアさんはライオスさんに
返事をすると、ニコリと微笑んで俺の手を取り、執務室を後にした。