7・暴力を望まない。
瞼の上から陽の光が当たり、俺は目を醒ました。ここはベッドの上か?金髪の受付嬢の蹴りで倒されたから、ギルドの医務室か何かか。この異世界では初見の人間に警戒する事にしよう。
しかし眠った経緯はともかくとして、久々に熟睡した様な気がするな。蹴りのダメージも無いみたいだし、スッキリしてる。
俺がベッドから起き上がると、ちょうどミレイユさんが医務室に入ってきた。
「あら、目が醒めましたか?」
「ええ、ついさっきですが。」
ミレイユさんは風呂にでも入ったのか、顔や体に付いていた汚れはもう無く、服も教会の神官の人が着ている様な白く神聖な感じの服だ。それがまたミレイユさんの清楚な美しさを引き出してる。こんな人をおんぶしていたのか……思い出の中にしまっておこう。
「昨日はリリアが申し訳ありませんでした……」
「え?リリア?ああ……あの人ですか。いや、お気になさらず。」
あの金髪の受付嬢はリリアって言うのか。要注意人物に認定だな。
「とりあえず治癒魔法で怪我をしていた所は治療したのですが……」
「治療してくれたんですか。それなら特に何も言うことは無いですよ。」
「そう言って頂けるとありがたいです……」
ミレイユさんはやはり申し訳ないと言う感じで話すけど、元々あなたのせいではないんですがね……
「あ、そうです。浴槽にお湯を沸かしていますので入ってください。服も代わりの物を用意しましたので。」
「……浴槽。風呂ですか!」
「はい、ギルド職員が主に使うものですが。今用意してきましたので、ご案内しますね。こちらです。」
「では遠慮無く。」
「あ、それと、終わりましたらギルドマスターがお会いしたいと言っていたのですが、よろしいでしょうか?」
「え?……ええまぁ、構いませんよ。」
「では後程そちらもご案内致しますね。」
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「……ふ……ぅあああぁぁ……」
あ~、やはり風呂は良いな……入った瞬間に疲れがお湯に溶けていく様だ……ホント風呂を考えた人に賞をあげたい。何賞か知らんけど。しかもこの異世界に風呂があるとか、相当ファインプレーだよ。
お湯で頭も体も洗えたし、置いてあった剃刀みたいな小さなナイフで髭も剃れてサッパリしたし。もう不審者には見えないだろ。……しかし、なんか風呂に入ると色々考えたくなるな。ここから風向きが変わるといいなあ、いや、俺自身が変わらないといけないのか。どうも人に対して懐疑的になってしまう……………………おっと、そろそろ上がるか。
ーーーーー
風呂にから上がって、吸水性の若干怪しい布……多分タオルなんだろうけど……で、体と頭を拭いて用意された服に着替える。ふむ、地味目な色合いとシンプルさのある正に『庶民的な』服だな。着方は多分元の世界と同じ様に着れば良いよな?
「ミレイユさん、お待たせしました。」
風呂から上がり再び医務室を訪れると、ミレイユさんは本を読んでいた様で顔を上げる。
「……まあ…………!」
驚いた様子でじっと見られているが……おや?まさか服の着方を間違えてるのか……?ズボンが前後反対とか……いや、わからん。ここは平然としていよう。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、何も……お髭を剃られたんですね?」
「はい、何かサッパリしたかったので。鏡を見ながらでは無かったので、勘でやりましたが。変に剃っちゃいましたかね?」
「いえ!そちらの方が……いいと……思います……」
うわ……ミレイユさん俯いちゃったよ……しかも最後の方声小さくなってるし。失敗してるなら逆にそう言ってくれれば……
「で、では!ギルドマスターの執務室へご案内しますね!」
バッと顔を上げて扉へ向かうミレイユさんの耳は赤くなっていた。
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「ここがギルドマスターの執務室です。」
コンコン
「ミレイユです。ケイマさんをお連れしました。」
「ミレイユか、入れ。」
野太いおっさんの声だな……最初の洞窟で会ったマッチョなスキンヘッドの頭と、元の世界で毎日取り立てに来ていた借金取りを連想させるな。入るのを躊躇いたくなる声だ……
しかし金髪の受付嬢の洗礼を受けて理解してる。あれが冒険者ギルドの新人への流儀ならば、きっとガチムチのギルドマスターが入った瞬間に襲ってくる位あるだろう。まあ下っ端であれだ、ギルドマスターならそれ位やるかもしれない。
「失礼します。」
ガチャ
「え?」
俺の心構えを余所に、ミレイユさんがさらっと執務室に入ってしまった。
「?ケイマさん、どうかしましたか?」
「いえ……何でも……」
そうか、何も無いのか。
まぁ……常識的に考えてみたら、無いよな。一流組織の長ともあろう人が、呼びつけておいて殴りかかるとか、どこの世界にも無いだろ。なんか変に頭沸いてたな……とりあえず入るか…………