62・朝から騒がしいのは望まない。
マシュー君の修行(?)を無事(?)終えてから1月程経過した今日。俺は冒険者ギルド内に併設されている飲食が出来る一角で、バルカノというコーヒーに似た飲み物を味わいながら、ゆったりと朝のこの時間を満喫している。
冒険者ギルド内ではいつもの様に多くの冒険者達やギルド職員が慌ただしく動いたり叫んだりしている中、こういったゆとりの心を持つ事が、周囲の喧騒も騒がしさも何も聞こえない、穏やかな心を育んでくれるのだ…………
「ケイマさあぁん!!フェニさんが目が合ったという理由だけで他の冒険者を燃やそうとしちゃってます!フェニさん止めて!そちらの冒険者さんも泣いて謝ってますから!!」
「ケイマ殿……レイン殿が食べたお菓子のツケが大分溜まっておりまして…………えぇ、金貨10枚程……はい……今もまさに豪快に食べている最中なんですが、ほとんどはケイマ殿がいない時に…………えぇ……そうです……」
「きゃあああっ!!お弁当の生肉料理をバカにされたフォクシーさんと冒険者達が口論から殴り合いに(一方的)!!それを見たウルフィアさんも急にすごい(邪悪な)笑みで参戦して冒険者達と殴り合いに(一方的)!!」
……………………。
うむ……窓ガラスに射し込む朝の陽光が、俺の1日の始まりを爽やかに迎えてくれている様だうひひひひひ…………
「ケイマさん!!お願いだから止めさせてくださぁいっ!!」
朝から必死で泣きそうな表情を見せながら冒険者ギルド受付のリリアさんが俺の肩を激しく揺さぶる。1日の始まりがそんな事では、爽やかな朝が台無しですよ?
「ふふふ、分かってますよリリアさん。バルカノが零れてしまいますよ。」
「あっ……す、すみません…つい……」
「落ち着いてください大丈夫ですよ、ほら……見て下さい窓の外の空を……………………あれが宇宙船ヴァルヴァロスですよ。」
「…………はいっ……?」
「今から俺は宇宙の救世主として惑星オメガから来た宇宙船ヴァルヴァロスに乗って宇宙海賊MUGIWARAの一味を千切っては投げ千切っては投げする俺tueeeeeの美女ハーレムの旅に出るぅいひひひひひ。」
「ケイマさんそっち行っちゃダメぇぇ!!直ぐに戻って来てぇぇぇ!?」
さっきとはまた違った意味合いの必死な表情で、ちょっとした攻撃ばりに首を痛めそうな程ガクガクと俺の肩を揺するリリアさん。
「……はっ……?お、俺は今一体何を……?何か嫌な事があって……夢を見ていたような………ちょ…首が痛いですリリアさん………?」
「それに関しては本当すみませんでも私多分何一つ間違ってない!!」
「で、どうしたんですかリリアさん?何かありましたか?」
俺は首を左右にストレッチしながらリリアさんに聞いてみる。
「いや、何かありましたかじゃなくて…………あぁ……いえ、もう終わっているみたいなのでもう大丈夫です……」
「え?そうですか?何かお役に立てずすみません。」
「えぇ……本当にそうですね……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。」
いや……今なんかちょっと鋭い棘が……
「……そうですか。さて、そろそろ今日の仕事を…………しかしちょっとその前に首を治して、ポヨ。」
「ピッ」
ポヨがピョンと俺の頭の上に乗り、うっすら発光し始めると首の痛みが取れていく。さすがはホーリースライム(自称)、回復魔法便利だなあ。
「ありがとうポヨ。もう大丈夫。」
「ピッ!」
「じゃあ俺は今日の仕事を探してきますね。」
朝からやたらと疲れた顔をしているリリアさんにそう言うと、俺は立ち上がり依頼書の掲示板に向かって行った。
何やら今日の冒険者ギルドの中では床に寝ている人達が多いなぁ……と思いながら。
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「さて……今日は何をするか……」
雑務等が依頼として貼られている、その他の依頼書掲示板に一通り目を通しながら考えていると、
「ケイマよ、今他の冒険者に面白い事を聞いたぞ!」
問題児その1が意気揚々と俺の隣にやって来た。
「面白い事?」
「そうだ、何でも近々この王都で『天下一大武道会』というものがあるらしい、我らも参加するぞ!」
危なっ。なんてギリギリな名前。
際どい所を攻めたがるそのセーフティバント精神、逆に命名したやつを誉めたいわ。
『えっ!?』
フェニが天下一大武道会の話をした瞬間、冒険者ギルド内が凍り付いた。
「えっ?」
え?何この空気?
すると、受付に戻ろうとフラフラと疲れた足取りで歩いていたリリアさんが、ゆっくりとこちらを振り向く。
「…………………………てたのに………………」
「えっ?なんですか?」
「…………ケイマさん達には絶対に聞かれない様に……情報封鎖したりして、みんな頑張ってたのに……!」
「えぇぇ……?」
何だかとても悔しそうに話すリリアさん。
一体何すかそれ……俺の預り知らぬ所で新しいイジメが始まってたんすか……?
「そこに倒れている冒険者に、『お前らなんて、アーレスさんにボコボコにされてしまえ!』と言われてな。」
「アーレス?誰それ?」
「我も知らんからそれも問い詰めたら、『天下一大武道会優勝者だ!この国最強の冒険者だ!お前らなんか手も足も出ない!』と言うのでな、色々追い詰め……ゲフンゲフン!……いや色々問い詰めたら、近々その件の天下一大武道会があるらしいではないか。」
「へぇ、そうなのかー。」
「ならば合法的にそのアーレスとか言うやつをボコボコに出来る機会が訪れる訳だ。」
「いや、ボコボコにする目的の大会ではないんだけれども……」
「しかし最後に行き着くのはそれだろう?」
「いやまぁ……そうなんだけどさ……もうちょい爽やかな言い方が……」
『決着を着けてやる』、とか『最強は誰かを教えてやる』みたいな?
「そうだな…………『足で使うレベルのボロ雑巾の様にしてやる』とか、『冒険者辞めてパン屋に転職したくなる位再起不能にしてやろう』が良かったかな………もしくは『我を見るだけで反射的に生まれたての小鹿の様に足をガクブルさせながらおしっこ漏らす位にしてやる』と言う感じで言えばカッコ良く決まったか?」
あぁもうこいつは!!
「ほらぁ!!だから……あぁ……こう…もう………………それ!!」
「どれ!?」
「やっぱりこうなる!!」
突然リリアさんは困った様な怒った様な、やるせない様な、降って湧いた理不尽な何かをどこに逃がせば良いか分からない、そんな複雑な感情のせいで完全に破綻した語彙力を俺達にぶつけてきた。
「ちょっ……リ、リリアさん…落ち着いて……」
爽やかな朝…………明日は来るかなあ?
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