59・やり過ぎを望まない。
「OKだったぞ。」
「嘘だろ!?」
フェニがマシュー君と手を繋いだままアルフレドさんの執務室から何事も無かったかの様に出てきた。
「親の承諾は取った!さあいくぞ我が弟子マシューよ!」
「は、はいっ師匠!」
「師匠!?俺達家庭教師だからどちらかと言うと先生なんだけど!?フェニお前何を……」
「ハハハハハ!我がお前を人類最強、いや人外にしてやる!ハハハハハ!」
「せめて人のカテゴリーでお願い!」
不安になる言葉を残し、フェニとマシュー君は走り去って行った。
急に師弟関係を全面に出したり走り去って行ったり、一体アルフレドさんとマシュー君に何を話した!?
「アルフレドさん!」
バンッ!
俺はノックもせずに執務室に飛び込んだ。
「む?誰かと思えばケイマ殿じゃないか、どうしたんだ?」
「正気ですか!?」
「急に何!?正気に決まってるけど!?大貴族の当主に対して失礼じゃない!?」
「マシュー君に訳の分からん修行をさせようとしてるんですよアイツ!」
「ああ、なんだその事か。それなら了解したよ。マシューを鍛えてやってくれ。」
「フェニに何を言われたかは知りませんが、教えるの奴らですよ!?絶対にマトモじゃない!!」
「えぇ…?君がそれ言う…?」
「アイツら本当に酷いんですよ!?アルフレドさんマジで正気じゃないですって!」
「君も大概酷いし正気じゃないけどね…だがね、いいんだよ。」
「……どういう事ですか?」
「私にはね、子育ての才能も教育の才能も無かった様だ。もし親としての才能っていうものがあるなら、恐らくそれも持ち合わせてはいなかったのだろう。だから今思うと、ステラとマシューの事もジーナス家を繁栄させたいが為の道具としか見ていなかったのかもしれん………結局私が押し潰してしまったのだよ……」
「アルフレドさん…」
「それに、マシューが命を懸けて何かを成せる男になりたいと言ってきた。大貴族に相応しい人間になりたい、じゃなくてね。少し前にはそんな事を言う等は微塵も考えられなかったよ。だからせめて、私はマシューの意思を尊重してやろうと思ったんだ。」
「……いやでも、教えるのアイツですよ?」
「我々では閉ざす事しか出来なかったマシューの心を開いてくれた君達だ。私はこのまま君達にマシューを頼みたいと思っているんだ。」
…フェニを信じすぎ…洗脳でもされてんの…?
「まあ…アルフレドさんがそう仰るのでしたら…」
「頼んだよ、ケイマ殿。3ヶ月の間、マシューを導いてやってくれ。」
「…3ヶ月?」
え?何その期間?
「ん?フェニ殿が『3ヶ月だ。マシューを預かる。その期間で我が人外…ゲフンゲフン!いや、全てにおいて一流の人間に導いてやる。』と言っていたが?」
「そ、そうですか……わかりました、私も全力でマシュー君の力になります……」
くそぅ、フェニめ適当な事を……しかしこんな流れになってしまった以上、マシュー君が少しでも良い方向に変わる様に善処しなければ!
「3ヶ月後を楽しみにしているよ、ケイマ殿。」
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そして俺達はマシュー君を連れ3ヶ月の期間、王都の北にある森の中で短期合宿修行を行った。
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戦闘担当フェニの場合。
『ああああっ!?腕が!腕があああっ!?』
『マシューよ!我の炎で腕が消し炭になった位で喚くな!』
「位で」じゃねぇ!それ直ぐ近くに死が迫ってるレベル!
『ぐううう……!で、でも…腕が…』
『そんなのは我の血を付けとけば治る!いいか、見ていろ!』
そんな『唾付けとけば治る』みたいに言われても。腕が消し炭になって無くなってるんですけど…
『ほら!元通りだ!』
『う、嘘でしょ…』
フェニが指先を噛み切り、滲み出た血をマシュー君の無くなった腕の付け根に一滴垂らすと、光と共にマシュー君の腕が再生した。
『我は炎の他にも生と死を司る聖獣だぞ?この位で驚かれては困るな。なに、大丈夫だ。頭と心臓があれば大体これで治る。』
『助けてお父様ーーーっ!!』
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戦闘担当ウルフィアの場合。
マシュー君はまずウルフィアのキャラクターが大幅に変わった事に驚き戸惑っていたが、「うーん、ああいうものだから気にしないで」としか言えなかった。
『いいか?今からあそこにいるブラックベアを倒してこい。』
そんな命懸けの事、「パン買ってこい」みたいに言うの?
『………え?すみません、武器も無いし、僕は魔法もろくに使えないんですが……』
『武器ならあるじゃねえか。』
『はい?』
『男の武器はこいつしか無いだろ!』
ウルフィアは拳を握ってマシュー君の眼前に突き出す。
『あの……素手……ですか…?』
『他に何に見えるんだ?』
『………素手です……』
『そういうこった!よっしゃ行ってこーい!』
そう言ってウルフィアはマシュー君の腕を掴んでブラックベアの近くにぶん投げた。
『いやああああっ!?』
『怪我は心配すんな!フェニさんがいるから直ぐ治せる!あ、でも頭と心臓は残しとけよ!』
『言ってる事がおかしいですけど!?』
ウルフィアはスパルタだった。とりあえずマシュー君には頭と心臓が無事な様に頑張って欲しい。
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家事担当フォクシーの場合。
『マシュー様、料理において食材の切り方はそうではありません。先程申し上げた通りです。』
『いや、でもフォクシーさん…それはちょっと物理的に無理なのでは…』
『包丁で切った食材は、切ったと同時に食材をそちらのお皿に飛ばしながら行い、盛り付けも同時にするのです。』
中華○番!?アレ漫画の世界の話!現実で出来る事なのそれ!?
『料理道に伝わる奥義と言われています。』
『僕包丁握るのも初めてなんですけど…いきなり奥義なんですか…?』
『飛び級の理論です。いきなり奥義を取得すれば、ほぼ全ての料理に必要な技術を身に付けたも同然です。』
聞いた事無い理論!絶対に違う事だけは分かる!
『まぁ私は出来ませんが。』
そしてやれって言った本人が出来ないとか!
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魔法担当レインの場合。
『今から私が言う様にやってみてください!』
『はい!レインさん!』
『まず身体中にある魔力をお腹の辺りにグァッって集めて、それを手の平にギュインって移動させて、それをボファッって出す感じです!』
語彙力!?しかも頼みの擬音の付け方も下手とか!
『……え?す、すみません…もう一回いいですか?』
『あれ?マシュー君には解りづらい説明でしたか?』
「マシュー君には」じゃねーだろ。満場一致で解りづらいよ。
『す、すみません…もう少しその…初心者の僕にも分かりやすい説明でお願いします…』
『あ!そういう事でしたか!すみません私のイメージでお話しちゃいました!ならマシュー君に分かりやすい様に説明しますね!』
『はい!』
『まず身体中にある魔力をお腹の辺りにドファッって集めて、それを手の平にズモモモって移動させて、それをダゴンッって出す感じです!』
悪化した!?
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勉強担当ケイマの場合。
『…という仕組みで火は燃えるんだ。理解出来た?』
『……』
『?どうした?』
『…うぅ……』
マシュー君は急に泣き出してしまった。
『え?え?何?ど、どうした?俺何かした?』
『……いえ、違うんです。ケイマさんの命懸けでは無い修行を受けていると……やっぱり平和って尊いな、命って尊いなって思えて……思わず涙が出てしまいました。』
や、病んでる……
『そ、そうかー…まあ……アレだよ……その年でその事に気付くのは大したもんだよ………がんばろうな!』
『はいっ!』
この3ヶ月でマシュー君が斜め上のおかしな人格にならない様に、せめて俺だけは常識人でいなければ!
こうした修行を昼夜問わずに行い、日々は過ぎて行った。
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そして3ヶ月後………ジーナス家にて。
「速いものだな、あれからもう3ヶ月か。」
アルフレドさんを目の前に、俺達はソファーに座っている。そして、先日と違うのはアルフレドさんの隣には奥さんらしき人が座っているという事だ。
メイドのサラさんは後ろで人数分のカップにお茶を注いでいて、その隣には執事のカインが少し険しい表情で控えている。
「アルフレドの妻のロザリアと申します。この度はマシューの指導をして頂いてありがとうございます。」
ニコニコと優しい雰囲気の女性だ。……予想外だ…まさか奥さんまで出てくるとは…だが考えてみれば当然か…………終わった……
「アルフレドから聞きました。気の弱いマシューが命を懸けてなんて………あの言葉、私の心にも響きました。マシューは…変わる事が出来ましたか?」
「ええ、それはもう。むしろそれだけは力強く頷けます。」
「戦闘から炊事洗濯勉強まで、全てが一流に仕上がったのを我が保証しよう!」
「ふふふ、楽しみだわ。ねぇアルフレド?」
「ああ、そうだな!ケイマ殿、早くマシューに会わせてくれ!」
「わかりました……マシュー君!入って来て良いよ!」
『わかりました兄者。失礼します。』
「兄者!?え!?マシューって兄者とか言うタイプの子供だったっけ!?ケイマ殿!ケイマ殿!?ちょっとこっち見てくれ!」
アルフレドさんに聞かれるが、俺は扉に顔を向けたまま敢えてスルーした。
ガチャリと扉が開き、入ってきた。
ケンシ○ウが入ってきた。
『………………』
俺達とは明らかに一人だけ画質(?)が違う、世紀末の救世主的な男が部屋に入ってきた。
身長は2メートル近くあり、裸の上に着ているジャケットは肩の辺りからビリビリに破れ、筋肉隆々な腕を惜しみ無く皆に晒している。
『……………』
時が止まるジーナス家の人々。
サラさんなんかは注いでいるお茶がカップから溢れ出ているが、そのまま動かない。
そんな救世主的な男が両親の前に立つと、スッと片膝を付いてしゃがむ。
「父上、母上、このマシュー只今3ヶ月の修行より帰還致しました。……父上?母上?」
『いや誰!?』
ですよねー……
やり過ぎちゃった。




